2013年8月、元町映画館で鑑賞した時の感想呟き纏め。
表面追うだけでも、それはもう痛切に燃えるラヴストーリーなれど、この構成は矢張り色々深読みしたくなるよね…
何故に二部構成?
しかも第一部なんて、がっつりと今を残酷なまでに描いてる。
第二部のサイレントな演出の狙いは?
オープニングの挿話のあのトーンであったり。
この愛に溺れつつ、引っ掛かりが棘として沢山。
原題の“TABU”は果たして山の名前だけなのか?
まぁ、普通に描いてたら唯のメロドラマだもんなぁ…
あぁする事で浮かび上がる背景にこそに目を・耳を凝らしたい。
映画は映ってるものが全て。なれど、見るのに術が必要な時もある。
“愛は死をも越えた”なオープニングからして、この物語はゴメス監督が好きな“亡霊”の如き速度と温度へとこちらを引き摺り込む。
失われ行く記憶、生産されなくなったモノクロフィルムでの撮影、嘗てのポルトガルの繁栄…
しかし、愛は死をも越えるのであった。
だからこそのこの構成、編集…
色彩がなくなる事でそこに見えていた筈の光と陰が、そして温度が浮き立つ様に、声がなくなる事でそこに漂ってた想いは際立つのでは?
映画に刻まれる情報量が増える度、受け取る私達は不感症になって行ってたのではないのだろうか?
『熱波』で採られた手法のベクトルは決して後退などではなく、話題の貞子3D2なんかを突き破った先へと我々を誘う。
後半の手紙のやり取りも素晴らしい。
あの映像とのズレが生むもの。
少し『アガタ』を思い出した。
語り口でこうも印象変わるものか!な、観方もあるし、一方でその語り口そのものへフォーカスしても面白い。
勿論唯々“熱波”に呑まれるのこそ理想的なのかもしれないけれど、それにしてはユニーク過ぎるのだ。
しかし、あのピアノ曲素晴らしいな。
軽やかで、チャーミングで、浮遊し続け、決して辿り着けない事の自覚ある狂熱のロマンチシズム。
