関西映画館界隈のオルタナ劇場“塚口サンサン劇場シアター1”の思い出。
『太陽の王子 ホルスの大冒険』
2013年7月、塚口サンサン劇場で鑑賞した時の感想呟き纏め。
『太陽の王子 ホルスの大冒険』に関しては、こんなにもジブリ色強かったっけ?と、(見たと言う)記憶を疑いつつ、そのダイナミズムに呑み込まれたシアター1はエラいこっちゃ!でありました。いやぁ~ヤバいわ、こりゃ。
飛行石と血の宿命に囚われた少女、
小動物(だけ)が友達、
命の飛沫上げる波、
落下、
巨神兵???
フィルムで観て特に唸ったのは、あの蝋燭の光だな。あの揺らめきを当時の技術で描くには相当な労力と感性を要しただろう…
勿論波も凄いし、魚や狼の蠢き、巨神兵宛らの…
うわっ、もっかい観たい!
と、宮崎監督の色が迸ってはいますが、そこはそれ、高畑監督。
閉鎖的な環境下に於ける非常にいやらしい人間の業が、性が滲み出る様は流石。
勿論未だ未だマイルドではありますが。
まぁ、この頃は仲良かったんだろうなぁ(苦笑)。
例えばジブリが近年復刻に力入れている、高畑・宮崎両氏が嘗て熱狂したであろうアニメーション達への愛も溢れてるんだよなぁー
『雪の女王』であったり、『動物農場』であったり、あっ!てぐらいストレートにサンプリングしてる。
数々の愛して来たアニメーションへの批評も哲学もポップにサンプリングして落とし込む。
って観点からだけでなく、ホルスの大冒険はパーフリなんだよな。ヘッド博士か?
でも、そう、夏休みは終わるのだ。
じゃあ、どっちが猿か?
そりゃもう…
制約だらけではあるものの、そこにどうイマジネーションを捻じり込むか?凄まじい闘争の歴史である。
そしてジブリが出来た。
が、しかし、ブランド化するとは大誤算であったのだろうなとも。
この夏から秋に掛けての国を上げてのジブリ祭の、その原点と言うにはあまりに“出来過ぎた”大傑作!
若さ故の迸る情熱と溢れる野心、そしてど真ん中に愛!
まだまだアニメの世界では後進国であった我が日本の、その後の大きな幹を担う事になる巨星二人が、まさにホルスさながらに救世主にして先導者としてアニメ大国へと導くべく歩みと闘いのまさに原点でもある。
ホルス、宮崎駿的モティーフと高畑勲的テーマが、こうもあからさまに、しかし幸福に共存出来ている事にも改めて驚嘆した。
ジブリでも(だからこそ?)ついぞ描けなかったのに…
『パンダ コパンダ』&『パンダ コパンダ 雨ふりサーカスの巻』
2013年7月、塚口サンサン劇場で鑑賞した時の感想呟き纏め。
そしてパンダ コパンダ!まさかこれまで観れちゃうとは!
有名な話ですが、これって宮崎駿によるリンドグレーンの『長くつ下のピッピ』のアニメ化の企画が流れてしまって生まれたんですよね。
宮崎ピッピも観てみたかったけど結果オーライ?
と、言う訳で、パンダ コパンダには様々な宮崎駿的モティーフが散見出来る…ってか、後の作品は殆どこれの応用じゃないのか?ってぐらい100%駿汁満載。
ジブリの遥昔、はたまた短編ってスタイルなだけに、実は見たことないって人も多いのでは?
それにしても、劇場×フィルム上映が思いの外に童心を剥き出しに…お恥ずかしい事に声出して堪能した。
高畑勲の暖簾の下でホルス以上にやりたい放題の宮崎駿なんて図も。
ジブリ以降巧みにコーティングされてるであろう狂気に、時に恐怖すら感じた…
あのオープニング、竹やぶに囲まれた家の人里離れてる感、パパンダ&コパンダ&ミミちゃんのそれぞれの関係性、弁当の件やコパンダが行方不明になっちゃう辺りetc.
パパンダとミミちゃんの関係性にはマルコとフィオが滲むし、ミミちゃんの奮闘にはキキがやっぱダブる。
雨ふりサーカスは当然ポニョを思い出すしかないし。
あと屋根を転げ落ちそうなパパンダとかカリオストロだな~
そして、二本目ではサーカス団員演じてる山田康雄さんが勘違いされてしまうシチュエーションにもニンマリ。
これは観てのお楽しみ。
まぁ、兎に角『パンダコパンダ』は“ジブリの、トトロの、宮崎駿の原点”とか言う此方の期待をあっという間に破壊して、その奥でまだ煌めいてる童心を鷲掴むアナーキーな大傑作である。
イルカの顔して、すんなり塚口サンサン劇場地下のシアター3に潜り込めました。私がルパンです。
『ルパン三世 カリオストロの城』の面白さなんて私が語るまでもないだろう。
私個人も何度も何度もTV放映で接した作品だ。
が、しかし、まるで初見かの様に興奮し、そして泣いた。
愛されて来たであろう証明のフィルムのキズの向こうに、ジブリ以前の宮崎駿監督の若き情熱と才気を確かに観た!
↓カリオストロを前にしてはこんなベタな表現も詮方無し。
正直これ以後のジブリ作品なんかと比べれば色々粗いし、まだまだ凄腕職人から唯一無比な作家への過渡的な作品でもある。しかし、だからこその愛おしさと、チャーミングさがある。
息つく間もないダイナミズムの隙間を私達は愛したのだ。
例えばTVでは何気に見過ごしてる“間”とか“空間”が途端にそう在るべき意味もたげる。新鮮!
クラリスと次元&五右衛門が初(にして唯一)邂逅な名シーンの後だけに見過ごされがちな、ルパン&クラリスの時計塔への逃亡時のちょっと一息なあのシーンとか…劇場でないとあんなにグッとこないだろう。
あそこで一気に諸々が埋まって、2人の呼吸がシンクロする。色気あるな。
まぁ、でも、見返せば見返す程に、ラピュタと諸々ダブるよね~
構造は一緒。
“さらば愛しきルパンよ”も今や虚しく響く。
