日々映画館に足繁く通って映画を追ってみても、当然ながら観たい作品を総て押さえるなんて事は不可能な訳で、観逃す作品、観たいのに近場では上映してくれない作品が、悲しいスピードで過去へと流れて行ってしまうもんです(涙)。
だから、最近はそこに運命論絡めてるのです。
“今はまだ観る時じゃなかったんだな。”
“いつか、きっと出逢うべき時来る!”
ほら、途端ドラマティックだ。
2013年10月、シネ・ヌーヴォでその時を得た。
『シベールの日曜日』を初めて知ったのは1990年の事。
ある雑誌で当時心酔し始めていた某ミュージシャンがこの作品をフェイヴァリッに上げていたのだ。
ほんの短いコメントではあったものの、そこで感銘を受けた私は、激しく見たい!と思い、思い、思い続け…23年の時が経た。
そして観終わり、深くモノクロームな溜息を吐き出し、場内点灯後も漂う強くも儚い余韻に後引かれ、報われた筈の焦がれてた想いが哀しみで凍る様に撃たれた。
沈黙から浮き出る響き、静寂を揺らす波紋…孤独を埋める(埋めようとする)想い。
そうならざるを得なかった少女と、そうしなくては生きていけない男。
ピエールのあの醒め切った瞳に、飛び込む無垢で無邪気な天使の如きシベールの天性の色香!そしてあの瞳に潤いと温もりが灯る瞬間には我が事の様に震えた!
しかし、あんな深いモノクローム、スクリーンに沁みて二度と消えないんじゃないのか?
まるで、想いそのものが焼き付いた様なフィルムでありました。
うさぎドロップみたいだなぁー
とか、
フランケンシュタインオマージュ?
とか、
もありつつ、
あの時にラディカルでもある心象と音響の共振には『蜂蜜』に近いもの感じた。
勿論『ミツバチのささやき』もだ!
『キャメロット・ガーデンの少女』への影響もあるか。
音楽は、そっか、モーリス・ジャール。
サントラ、うん、台詞やSEもまんま収録のそのものが欲しいぞ!
特に湖や、そこでの氷の描写と、音楽と音響、そして心象との相乗は、数多の名盤を凌駕する程だった。
2014年2月には神戸映画サークル例会『シベールの日曜日』もある様です。
