http://www.bakuon-bb.net/go-west2012/kansai/koube.html
以前から気になっていた“爆音映画祭”が関西に来るってんで行ってまいりましたよ。
この爆音映画祭、随分前から名前は知ってたんですが、その成立や内容について詳しく理解したのは映画祭も直前に迫った時点で、何だか今まで勝手に“只デカい音で上映しているだけ”と思い込んでいたのが申し訳無い程に志高い試みだったのですね・・・
映画館で映画を観てて、確かに“音”への拘りって気になるのですよ。
シネコンなんかのPAはそりゃー迫力満点ではあるものの、それは“音量”の話であって、“音質”から“音響”“音圧”へまで配慮されている場所は稀で、当然その配慮は作品毎に変化しなきゃならないとまで考えたら、まぁ普通の映画館の設備&スタッフでは無理な話。
例えば音楽がテーマの映画や、兎に効果音やBGMがデカいハリウッド大作に限った事では無く、繊細な音響アプローチを施されている欧州や亜細亜の単館系作品にもその話は当て嵌まるのです。
音(≠台詞・音楽)の存在感がどれ程映画の景色や空気を変えるのか?その有意義なる問い掛けがこの映画祭である。
さて、映画祭に参加したとは言うものの諸事情に拠り参加出来たのは5/5だけでした(涙)。
まぁ、この5/5が、自分にはド・ストライクで!!!
先ずはの『キック・アス』!
キック・アス Blu-ray(特典DVD付2枚組)/アーロン・ジョンソン,クロエ・グレース・モレッツ,クリストファー・ミンツ=プラッセ
2010年代の早くもスタンダートと化した大傑作。
私も劇場で、そしてWOWOWの放送で存分に堪能し切った筈。だったのに・・・
より立体的に、より肉感的に、痛みと、その先の爽快感を、全身で新鮮に味わわせてくれて、初っ端からいきなり“爆音”の本質をまざまざと見せ付けてくれて最高!
一音一音の爆発から、その放物線、そして残響が空間に溶け込む瞬間まで。
リアリティ?いや、これは未曾有の未知なる体感である。
それにつけても、矢張りヒットガールは終始一貫最強に最高で、いよいよ本格的に始動した続編には期待と不安がはち切れそう!
そんで、興奮も冷め遣らぬ内に会場内に尋常じゃない人数が押し寄せ(KAVCにあんなに人が入るなんて!)ての『AKIRA』である!
AKIRA 〈Blu-ray〉/岩田光央,佐々木望,小山菜美
最早説明不要のジャパニメーションの中核。
もうこの作品から四半世紀。しかし、未だその興奮は世界を席捲中で、新たなる衝撃とフォロワーは後を絶たない。
只、世界での熱狂に反して公開時の国内での反響は、記憶が定かなら冷ややかなものだった筈で、そのギャップが埋まり出したのはここ10年程の、“Cool Japan”の逆輸入的展開がオリジナルをリアルタイムで知らない若い層に波及してからでしょう。
個人的には公開後のTV放送で何度か触れてはいたものの、劇場では初。
そのTV放送で見たのも下手したら20年近く前で、初見の感想は難解なイメージが先行したなー
原作はTV放送を見た後に手を伸ばしましたが、アニメーションでは描き切れなかったイマジネーションのその先のヴィジョンに見事呑み込まれ捲くりましたよ。
さて・・・
と、やっぱ、凄い!
オープニングの疾走からして一気に持ってかれる!
ネオ東京・・・その震災後の日本との怖るべきシンクロ率。
生命以上の息遣いと脈動を持つ画!
何と魅惑的な破壊!
そしてネクスト・レベルの意識!
正直原作読んだ後ではそこで重要なウェイトを占めていた人物やエピソードがダイジェスト的に端折られていて残念に感じてたものの、そんな多少の犠牲は後半のあのカタルシスの前には致し方無し。
原作のダイナミズムを抽出し、それをフィルムの世界に落としてみたら、どこまで暴れてくれるのか?
その実験は想像以上の成果を上げている。
革命的サウンドトラックな芸能山城組の功罪も再認識。
監督自身の手に拠るデジタル・リマスター×爆音の設備で立体的に奥行く背景から、再び立ち昇る新世紀のAKIRA譚。
これこそ、この映画祭の名刺代わりの一本であった。
そして・・・
『ドン・ハーツフェルト作品集 メランコリックな宇宙』である。
http://www.imageforum.co.jp/don/
この映画祭のラインナップを見た時、その画の線の細さからギョっとしたエントリーでしたが(お恥ずかしながら、この作家について知らなかった・・・)、これこそ爆音本来の意図をどれよりも体現した作品だったのは、あの奇跡の瞬間に居合わした我々の共通認識では?
触れると壊れそうな程の繊細さと、どんだけ打ちのめされても笑っているかの様なタフさ。
外に出す程でもない極私的なつぶやきが、不意に人生や宇宙の真理を突いている様だ。
過剰なヴァイオレンスとオフビートなユーモアが矛盾無く共存する「オヤシラズ」や「ビリーの風船」でもう鷲掴まれ、「リジェクテッド」と「アニメーション・ショウ・カートゥーン」で無防備にまで理論や倫理は解除され、そんなとこへ「人生の意味」から「きっとすべて大丈夫」「あなたは私の誇り」と怒涛の哲学的イマジネーションの洪水を流し込まれ・・・暫し人として崩壊した。
DIYだからこそのミニマルとマキシマムのその振り幅、画と音のイマジネーションとのぴったんこ具合、爆音での極上な献上は観客とドン・ハーツフェルトそれぞれを隔てた内面の境界線をとっぱらう。
彼の作品は動画サイトでも手軽に見れますが、劇場での公開を前提とした細部にまで拘った作りは、作品の本質に迫るに逃れられぬ術。あの街の雑踏にすら意思は張り巡らされています。
出来得る限り劇場で、更には爆音上映でこの才能に遭遇して下さい!
劇場でしか手に入らないパンフ(ってレベルの書籍ではない!)は、この巨大な宇宙へのまさにパスポートで、読んでいるこちらまで涙腺が刺激される熱い想いに充ちた土居伸彰氏の筆致は必読です!
こうなると「きっとすべて大丈夫」~「あなたは私の誇り」に続く“きっとすべて大丈夫”トリロジー三部作の最終章「なんて素敵な日」が気になって仕方無いね。
そして一日を〆括ったのは“アナログばか一代”。
まさかのあのマニアックな企画に会場はギュウギュウ詰め(笑)。
爆音の首謀者である樋口泰人氏に、音楽評論家の湯浅学氏、そしてゲストにロック漫筆家の安田謙一氏、と言う布陣。
で、最強の設備で3人の持ち込みアナログ盤やカセットテープを掛け捲り、私達が聴き捲くる。
只、それだけ。
これが面白かったんだから仕方無い。
ラリーズからマーヴィン・ゲイまで。
超カルトなランナーズの「甲子園」なんてのがツボでした。
ちょっと最前列過ぎて耳が痛い場面もありつつも、やっぱアナログ盤の音は侮れないや、な、最高の音楽体感。
あの日以来アナログ再考!であります。
と、一日わきゃきゃと子供に戻ってたのですよ。
合間合間や終演後の馴染みの方々とのあれやこれやの感想や検証も実りあるものでした。
爆音とは、映画が本来内包している空気や景色、匂いや温度、更には想いを曝す、“曝音”でもあったな。
これ以前・以後で映画は鮮やかに様相を変え、私達観客は再びまっさらに対峙出来る機会を得た。
こんなワクワクをありがとう、爆音映画祭。
また何処かで!!!