猿の惑星 創世記 | Electronic Dolphin Eats Noise

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空論上の九龍城

これは“尊厳”についての重厚なドラマである。
猿の惑星:創世記(ジェネシス) [DVD]/出演者不明


さて、困った。
私が口酸っぱく異を唱えてきた“エピソード0物”の最新作である。
所謂前日譚。
名作・ヒット作のその物語の前に何が起こっていたのか?何故あーなったのか?
いつの頃からか、映画界の潮流として根付きつつあるこの手法。
そりゃー、ある程度面白くなる事は保障されているし、どう語られるか?ってのは興味湧くよ。
だが、しかし、語られていなかった部分を、見たそれぞれがそれぞれのイマジネーションで補うのが映画の醍醐味であったし、だからこそ映画はそれぞれの想いの中で生き続けてきたんじゃないのかな?
1から100まで語られちゃったら映画は見終わった時点で完結してしまうんじゃないだろうか?
あと、作り手側にとってもあまりに安直な方向性に感じ、成長を望めない気がするな。

まぁ、今作もだから随分構えて劇場に向かったのである(結局文句言いつつも行っている私もどうかと思うけど・・・)。

で、困ったのである。

面白かったんだもん!!!
映画館でこんなにもスゲー!スゲー!スゲー!と声が漏れた事今まで無かったんじゃないかな(笑)。

SFとしても、ホラーとしても、アクションとしても、今考え得る最前線を驀進し、突き切っている程の驚愕エンターティメントである上に、上記した様にドラマとしての芯が強靭である。
ハリウッドはこれだから怖ろしいのだ。

当然ながらオリジナルである1968年の『猿の惑星』への愛とリスペクトに充ちてはいるものの、最終的には敵対心が勝っているんではなかろうか???
ここまでの物を創っちゃえば、もう“猿の惑星”の冠は邪魔でしかなかった筈。

オリジナルの“猿”が何故に人類に取って代わる存在になったのか?何故言葉や文明などを持ち得る進化を果たしたのか?
そこを取っ掛かりに組まれた物語は、現在の医学の最前線とリンクしつつ、未曾有のドラマを切り拓く。

何より驚異的なのがパフォーマンス・キャプチャーを駆使してCGIで描かれた猿達で、そのリアルさを越えての全く以って違和感のない存在感には遂にここまで来たか!と、恐怖すら感じる。
そして、そんな猿達の縦横無尽な動きを捉えるカメラ!凄まじい描写であっても目に全く“煩くない”その流麗さ!
ここ数年の映画に於けるデジタル革命の、最初にして最上の成果の誕生ではないだろうか。
放物線が終末への示唆を紡ぐエンドロールも(怖いけど)美しい。

是非是非劇場でひっくり返って下さいませ。



しっかし、これって考えたら『猿の惑星』前日譚ってより『モンキーシャイン』の最新版って感じだよね。