私がフードサービス業の記者になったきっかけは、直接的には学生時代の就活のご縁でありますが、本質的には父の影響です。

 

私は4人きょうだいの末っ子で、兄弟の順番は9歳上の兄、7歳上の姉、5歳上の兄ということで、きょうだいとは歳が離れています。

父は高校の書道の教員をしていて、また、短歌・詩歌、囲碁・将棋、詩吟等々多趣味で、私が幼いころの40代はとても多忙でしたが、大きな仕事を終えると外食をするのをとても楽しみにしていました。

 

しかしながら、外食に子どもたちを連れて行くにも、私以外は小学校高学年、中学生ということで付き合ってくれないために、そのたびに私を連れていきました。そんなことで、焼き肉、鉄板焼き、寿司、洋食・・・・・・青森市内の食べ物屋さんの名店は、幼心ながらも知り尽くしたような気分になっていました。

未就学児の時に、私はナイフとフォークを上手に使えたものだから、周りのお客さまたちは私のことをじろじろと眺めていたものです。

 

ある時、英語の文字が書かれて、お肉の絵が描かれた飲食店のドアを開けたら、店内のお客さまが皆アメリカの軍人でした。全員が一斉に私たちを見ました。

父はそれにひるんでしまって、すぐにドアを閉めてしまいました。

 

店内の空気がすがすがしい寿司店に連れていってくれて、父は店の若いご主人から「先生!先生!」と呼ばれ大層歓迎されていました。

その店は父の教え子の店で、高校卒業後寿司店で修業して独立開業したのだといいます。

私は従業員と経営者の違いが分かりませんでしたが、経営者になるということはとても晴れ晴れしいものだと思いました。

 

ねぶた祭りの夜、青森の歓楽街はどこもかしこも人込みでざわめいています。私は迷子にならないように父の手を強く握っていました。

そこで入ったラーメン店「柿崎」。父は「ここのラーメンは青森で一番おいしいんだ」と言って私に食べさせましたた。

 

外食はワンダーランドだ。

飲食店に入ることは、物語をめくるような気分です。

 

千葉哲幸の本 『外食入門』 は、フードサービス業の近代史を早く深く知ることができます。

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小生の書籍『外食入門』にカスタマーレビューが1つ加わりました。

書いてくださった方に心から感謝いたします。

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外食産業の中でも、とりわけチェーンレストランの歴史を知る上でこれ以上ない教科書的良書。

1970年代〜現在までの具体的事実に基づき、特にチェーンレストランの企業経営という観点で、業界記者歴35年の著者ならではの躍動感ある語り口で読みやすく包括的に、かつコンパクトにまとめられている。取り上げられている事実は企業名や個人名、事例に数字まで紹介されており非常に具体的であるし、当時の業界誌から象徴的な記事が抜粋してあったり、興味深いエピソードが挟まれていたりして読み飽きない。

ちなみに、レストランの市場規模は飲食店が14兆円、喫茶店・居酒屋が2兆円。経済センサスによればレストランの5分の3程度は個人経営に近いようなので、チェーンレストランの市場規模は6兆円程度と推定できる。内上場企業は96社で4.5兆円(本書より)。チェーンレストランは25.5兆円ある外食産業の25%程度を占める。小規模企業の数は年々少なくなっているので、チェーン店の割合は増えていくと思われる。

今、レストラン業界では市場規模縮小が危惧されているように思える。しかし、居酒屋だけを見ればそうだが、飲食店・喫茶店を含めて見れば市場規模は回復・拡大基調にある。中食も入れればなおさら。本書はそうした大きな視野で業界を俯瞰し、今後の可能性への期待を与えてくれる。業界の将来や企業経営を考える上で、手元に置いておきたい一冊。

 

千葉哲幸の『外食入門』は、フードサービス業界の近代史を早く深く知ることができる本です。

フードサービス業や業者さまの新入社員の皆さんに、是非読んでいただきたい本です。

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こんにちは。フードフォーラムの千葉です。

 

私はこの度、出版事業をはじめます。ライターや、スクール講師の仕事は継続してまいります。

 

私の手掛ける出版事業とは、フードサービス業界をベースにした、大きく2つです。

 

1つめは、フードサービス業界のサブカルカルチャー雑誌です。業界の展望を切り開く人に直球インタビューをする一方、フードサービス業の従業員とお客さまを結ぶ話題を多角的に盛り込みます。これらを、気鋭の識者、ライター、カメラマン、クリエイターとパートナーシップをとり、フードサービス業に関わることが「楽しくてたまらん」というカルチャーを発信します。

 

2つめは、ブランディングマガジンを制作受託します。自分で事業を起こして営業活動をより効果的に行いたい人が、自分の持ち味を初対面の人に15分で理解してもらう、小さな本です。図表や写真も加えて、さらに動画をつなげるなどして、より分かりやすく発信します。

このブランディングマガジンは、相場価格より低い金額で作成します。しかしながら、「価格競争力」で制作受託を増やそうとしているのではありません。私がこの事業を行うミッションは、自分で事業を起こした人に、生きていることが楽しいということを実感していただくことです。ですから、私は見栄を張りません。普通の生活を楽しく、感動して過ごすことをモットーに、同じ志を持つ人たちとパートナーシップをとって、これらの人々を応援していきます。

 

「いつから始めるのですか?」

 

その区切りとして、今日4月1日が分かりやすいと思い、今日ブログを再開しました。これらの事業の案件は既にスタートしてます。ホームページや広告チラシなどはまだつくっていませんが、これらは徐々にできて行けばよいでしょう。

これは、飲食店をつくるときに、専門業者につくってもらうのではなく、全部自分でつくっていくという感覚です。柱を立てて、壁をつくって、左官もやります。皿やシルバーを揃え、備品関連の搬入についても、仲間からアドバイスをいただきながら、自分で行っていきます。

店が完成し、走りだしてから、仲間やお客さまからのアドバイスをいただきながら、補修をしていきます。

専門業者に依頼することを比べると時間はかかりますが、お金が低くすみます。そして人間味があるものが出来ていくことでしょう。

「お金が低くすむ」「人間味がある」――これが狙いです。

 

私は1998年11月1日、ニューヨークシティマラソンに出場しました。

スタートはマンハッタンを遠くに見下ろすスタテンアイランドの大きな橋でしたが、スタートラインがどこなのか分かりません。周りの人に「スタートラインはどこにある?」と聞いても、誰も答えてくれませんでした。

スタートラインよりも、これから走ることが重要なのだから。

 

私の事業はコミュニティです。ですから「フードフォーラム」です。

 

私は奇跡的にも、30年間のサラリーマン生活で「フードサービス業」を一貫して継続することができました。この間、ライバル会社に転職するという経験もしました。ここのような環境で、フードサービス業界の実業の方々、サポーターの方々等たくさんの知人がいます。編集長を長く経験したことから、雑誌づくりに関わる、ライターさん、カメラマンさん、デザイナーさん、プロ校正の方、印刷会社の方等々、たくさんの知人がいます。

また、出版部長を4年間経験したことから、本をつくる実務と、法務的なことも勉強しました。

このように私は、フードサービス業の情報をまとめることに関してはあらゆることができます。

 

私は自慢するためにこのようなことを書いているのではありません。

自分が、このようなことを経験してきて、この間に自分に備わってきたことを発揮することを忘れていました。

出版事業をはじめる人の手伝いをいくつかしましたが、自分で誠心誠意行ったつもりでも、相手から理不尽な対応をされることが多々ありました。。

私は不愉快な思いをしたくありません。

 

「だったら、自分でやればいいじゃん」

 

そんなことに気付いたのです。

そこで、私は、自分で出版事業をはじめることにしました。

 

「そんなことを言って千葉さ~ん、出版社って今どき儲からないこと分かっているでしょ」

 

はい。そんなことは身をもって経験してきました。

ですから、新規参入している人の中には心の無い人もいるのです。

 

私の出版事業はコミュニティです。「ここに関わることで、ポジティブになれる」――私は、このような意識を抱いて、このような感情を共に抱く人たちとこれから一緒に生きていきます。「フードフォーラム」です。

 

このブログは、継続します。私がリスペクトしているフードサービス業界のことをメインに書いていきます。

 

今後ともよろしくお願いいたします。

 

千葉哲幸の本

『外食入門』は、フードサービス業界の近代史を早く、深く知ることができます。

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ブログを復活します。テスト。

■昨日に続く


「イル・フォルノ」の取材は、私がアルバイト君たちと一緒に新人研修を受けてから、どんどん多岐にわたり深くなっていきました。


今日は、その中で、「西新宿店」のパート・アルバイトのみなさんと座談会をしたことを振り返ってみます。


座談会に出席してくださったのは、


・ウエーター:男子(21歳)大学1年生


・ウエーター:男子(20歳)大学2年生


・ウエーター:男子(21歳)タレントを目指すフリーター


・バスガール:女子(23歳)大学4年生


・バスガール:女子(20歳)専門学校生


・ホステス:女子(27歳)


ウエーター・バスガール(バッシング=下げ膳を担当する人)は、皆さん求人表を見てお応募したそうです。


しかし、ホステス(お出迎えをする人)が同店に勤務することになったきっかけがとてもユニークです。


彼女は、有名私立大学を卒業後、大手商社に入社して「鉄鉱石部」というところでお仕事をしていました。


「イル・フォルノ」は学生時代からご利用だったということですが、その雰囲気にすっかりと魅了され、リピーターになり、熱烈なファンとなっていました。


その「イル・フォルノ」が、西新宿に出店するというお話をスタッフから教えていただき、転職を決意したとのことでした。


「イル・フォルノ」をこよなく愛し、「『イル・フォルノ』のファミリー」となったワケです。


バスガールのお一人は、インターナショナルな方で、西海岸に留学していた当時、サンタモニカの「イル・フォルノ」を体験していて、その素敵なイメージを記憶していました。


ホステスの方以外、みなさん共通して述べていたことは、勤務に着くまでの「座学」が長かったことに感動したことでした。


私の経験したマインドコントロールをはじめ、どんどん自分が「ホスピタリティのマインドを持ったサーバーになっていく」ことを自覚していったそうです。


みなさんは20歳~23歳。若者です。本当に若い。


はじめて勤務について、お客さまに接する際に緊張したそうです。当然のことです。


しかしながら、「『イル・フォルノ』の常識」が身についてついています(このブログのアーカイブをご参照)。


トレーナーの先輩スタッフが、いつもアドバイスを惜しみなく行い、優しく背中を押してくれます。


私は、「西新宿店」に2カ月間で20回以上通いました。


その間、同店のスタッフ同士のコミュニケーションや表情をつぶさに見させていただいておりました。


この経験と、座談会での会話の中から、私にはこのような言葉がひらめきました。


「『イル・フォルノ』は、人と接することの感動を教えてくれるもう一つの学校」


「褒められる職場が、心に潜在しているホスピタリティを呼び起こす」



私は、この座談会を終了して、それぞれ参加者の皆さんの、「お名前」「出身地」などを書いていただくために、一人の方に紙を渡しました。


すろと、全員がメモ帳を取りだして、すぐさま、自分の名前・出身地を書き出して、私に渡してくれたのです。


私がその時、みなさんに何を求めていたのか、すぐに察知して、全員が同じ行動をとったのでした。


私は、その瞬間に、またもや鳥肌が立ち、眼がうるうるとしだしました。


■まだまだ続く




■昨日より続く




これまで続いている「イル・フォルノ」のことは、『飲食店経営』1995年9月号、10月号と2号にわたって特集をしました。




そのための取材のメインとなったのは、オープンしたばかりの「新宿アイランドタワー店」でした。




このビルのことを「旧水道局」と読んでいて、再開発が完成形に近づいていましたが、西新宿はまだ昭和のかおりが漂っていました。




しかしながら、当時はバブルの負の遺産を引きずっていて、このビルには当初予定していたテナントが計画通りに入居されなかったようです。




「イル・フォルノ」西新宿店が入居した物件は、1階の路面で、窓が丸く張り出していました。




レストランとしては非常に斬新なレイアウトでしたが、これはドイツの自動車のショールームになる予定だったと伺いました。




「イル・フォルノ」の隣に、ファミリーレストランの「ロイヤル」が同時出店したのですが、これはロイヤルサイドで、このユニークな物件を是が非でも獲得したかったからではなかったかと思います。これは、私の勝手な思い込みです。




いま、その物件は「イル・フォルノ』ではなくなっていますが、西新宿の、ヒルトン東京に続く大通りに面した物件で、とてもよく目立ちます。




お店全体が金魚鉢のようになっていて、特にディナー帯のお店のにぎわいは外を通る人にとって、別世界の楽しいレストランの風景が眺められました。




店舗空間の構成にも斬新なものがありました。




お店はオープンキッチンなのですが、そのオープンキッチンは客席フロアより1段高くなっていました。




これは「イル・フォルノ」の




「キッチンは舞台、スタッフは役者、お客さまは観客」




という考え方に基づいて構成されたものだそうです。






私は、このお店でさまざまな取材をしました。




誌面構成を検討するためのリサーチ。




渡辺総支配人とのお打合せ、インタビュー。




アルバイトスタッフとの座談会。




誌面作りのための撮影。




そのために、友人との会食は極力、このお店で行いました。




取材前、取材中の約2カ月間で、20回ほど同店を体験しました。




このように回数を重ねて同店を訪問していると、スタッフのみなさんは私のことを覚えていてくださり、私がお店のドアを開けようとすると、店内からスタッフが走ってこられて、




「ようこそ、千葉さん」




と、ドアを開けて向かえて入れてくださったものです。




私に限らず、同店では複数ご来店のお客さまに、このような対応をされていました。






アポを入れるためにお店に電話を差し上げて、先方が受け取り、当人につなげるまでの間に音楽が流れますが、この音楽がシンセサイザーによる「トルコ行進曲」でした。




そして、お店を訪ねて、お出ししていただくお茶が、バラの芳香がほのかに漂う「バラダイス・アイスティー」でした。




同店のあらゆることが斬新で、それがおしゃれで、しかもお客さまと一緒に、「イル・フォルノ」で過ごす時間を楽しんでいただきたい……そんな空気を放っていました。






ある日のディナータイムに、西新宿店で友人と食事をしていた時です。




この日は、「イル・フォルノ」の創業者ジョセフ・スーチバヌさんが店内でサービスの指揮を執っていました。




店内は満席です。お客さまもスタッフも気分が高揚しています。




突然、キッチンからシルバーの箱が床に落ちた音が




「ガッチャーン!!!」




同時に、キッチンから




「失礼しました!」




という声が上がるのですが、




すかさずジョセフ氏は口の中に指を突っ込み、甲高い口笛を吹いて、拍手をしたのです。




フロアスタッフも全員拍手です。




つられて、お客さまも笑いながら拍手をしました。




この時、私は、ただひたすら、




「かっこいいな~」




と思いました。




この、お客さまも、スタッフも、そしてキッチンも、一体感を醸し出している飲食店はいまだかつてありませんでした。




この異空間こそが、強烈なファンを培っていきました。







■昨日より続く


「イル・フォルノ」の新人研修で、鳥肌が立ち、眼がうるうるしたマインドコントロールを経験した後、新人研修の講師は、「イル・フォルノ」のコンセプトを熱く語りました。


そもそも「イル・フォルノ」とは、イタリア系アメリカ人の、ジョセフ・スーチバヌ氏が生み出したサンタモニカのカジュアルレストランです。


ロイヤルはファミリーレストランのアッパー路線を模索して、1980年代後半に幹部社員がロイヤルの新しい路線のヒントとなる西海岸、東海岸の繁盛店を巡っていたようです。


そのヒントは、おもに青山地区で形となっていくのですが、「イル・フォルノ」は日本法人を設立して、日本で同業態を多店化するスタンスで展開を開始したようです。


では、ロイヤルが「イル・フォルノ」のどのような部分を評価していたのでしょうか。


ここで述べていることは、私が勝手に思いこんでいることなので、真実とは異なるかもしれません。


しかしながら、30代の私が、外食記者として「イル・フォルノ」に感銘を受けたことは、講師が述べた以下のようなことです。


この考え方が飲食業界の新しい流れを生み出すのではないかと思ったのです。


講師は、「『イル・フォルノ』は明確な社是を持っている」と述べます。


その社是は、「『イル・フォルノ』の常識」としてまとめられていました。



(1)every body flat


すべてのお客さまと従業員は、イルフォルノのネオンの下では、楽しく食事をする権利と楽しく仕事をする権利を有して、何人たりともこれを阻害してはならない。



(2)anytime thinking


いつも、自分がお客さまだったら「こんなことしてもらったら感じがいいだろうな」ということを考えながら仕事をしなさい。



(3)anytime asking


その自分が考えたことを勝手にやりなさんな。いつもお客さまに尋ね、確認しながら仕事をしなさい。



(4)il forno priority


従業員が楽しくなくて、どうして従業員が thinking や asking ができるだろうか。楽しくない従業員を見て、お客さまは楽しい食事ができるだろうか。従って、イル・フォルノが大切にしている優先順位は、①従業員、②お客さま、③売上げである。



(5)we are the family


これらのことをわれわれは家族としてイル・フォルノで表現する。家族はみんなで助け合わなければならない。みんなで肩を組んで客席を取り囲もうではないか。



 ̄ ̄これらは、今日でいうところの「ミッション」です。


そもそも、1990年代の初めごろに、明確に「ミッション」をまとめ上げているところは、あまりありませんでしした。


「イル・フォルノ」のこの「常識」は、少し長々と述べられていますが、そこに集う人たちに、「イル・フォルノ」が何を目指しているか、ということを理解していただくには、よくまとめられていると思います。


そして、私がこの社是の中で、最も感銘を受けたのは(4)の内容です。


この部分を語る前に、講師はアルバイト君たちにこのような質問をしました。


「君たちは、どう考えるかい? お店に重要なものは、『売上げ』『お客さま』『従業員』という3つの要素があるのだけれど、『イル・フォルノ』での順番はどうなっていると思う?」


当時は、お店に売上げをもたらす要素として、「顧客満足」が活発に唱えられていました。さまざまな経営紙誌では「顧客満足向上特集」が盛んにまとめられていました。


加えて、「顧客満足」を超える考え方として、「顧客感動」が唱えられようになりました。


「お客さまを満足させよう」が、さらに「お客さまを感動させよう」という考え方に導かれていました。


ここでの受講生も、お店にとって重要なことの優先順位は「①お客さま。それによってもたらされる②売上げ、最後はお店で働く③従業員」と答えていました。


外食記者歴、当時7~8年の私も、それが当たり前だと思っていました。


しかしながら、講師が指摘したことは、「お店は、まず従業員が楽しく仕事をしていなければならない」ということでした。それによって、「お客さまが満足」し、結果「売上げ」をもたらす。――ということでした。


つまり、「『顧客満足』よりも『従業員満足』が重要だ」という考え方です。


当時、「顧客満足」→「顧客感動」という考え方が染みついていた私は、すんなりとその考え方を受け入れることができませんでした。


「従業員満足?それよりも、お客さまが〝買いたい!”と思うことを考えることが重要じゃないかな」


自信たっぷりに「従業員満足」を唱える講師に対して、私は少なからず懐疑的であったことは事実です。


しかしながら、「イル・フォルノ」に行けば、なぜハッピーな気分になっていたのでしょうか。


この錯綜する思いが「従業員満足」という考え方に、大きく傾斜していくきっかけとなりました。


■さらに続く

■昨日の続き

「イル・フォルノ」のお客さまは、確かに海外経験が豊富そうな20代、30代の女性が目立ちました。


その人たちはお化粧のセンスもよく、またノリもよく、いつも満席の「イル・フォルノ」は、いつも輝いていました。


私は、そういう「イル・フォルノ」の取材がしたく、ロイヤルの広報室に手書きのお手紙を送りしました。


当時はワープロ、ファクスともにありましたが、手書きの手紙のほうが「どうしても取材をしたい」という思いが伝わるのではないかと思ったからです。


3日ほど経って、お返事がないので、今度は取材の全体の流れと誌面構成のプランを書いて、再度お手紙をお送りしました。


すると、3日ほどして、広報室の方からお電話をいただきました。


「取材はお受けします。ただし、条件があります」


小生が「イル・フォルノ」を取材するに際して、ロイヤルが小生に課した条件とは、「アルバイトの新人研修・OFF・J・Tを受講すること」でした。


さて、小生が「イル・フォルノ」の新人研修を受講したのは、1995年7月中旬です。当時は、新宿店のオープンを控えていて、そのアルバイト君たちと一緒に新人研修を受講しました。


新人研修のプログラムは全体で40時間ほど(時給を支払います)とのことでしたが、私が受講したのは、そのうちの4時間程度でした。


講師は「イル・フォルノ」のリーダー、渡辺正志総支配人です。


この日は、「イル・フォルノ」の沿革(本店は、米国西海岸のサンタモニカにあります)に始まり、さまざまな座学があったのですが、「マインドコントロール」が強烈に記憶に残っています。


講師は、アルバイト君8人くらいに向かって、こういいます。


「さあ、みんな。君たちの、彼女(男性に場合)、彼氏(女性の場合)がアメリカのニューヨークに留学していると考えよう。その彼女、彼氏が、8月の夏休みに日本に帰ってくるんだって。一年ぶりだよ。そのことを知った君はどんなことを思うかな?」


「よく、考えてね」


講師は、続けます。


「その彼氏、彼女が成田空港に着く日になりました。君は空港に迎えに行きます。君は家を出るときに、彼女、彼氏に会ったら、なんと言うかな」


「よ~く、考えてね~」


さらに講師は、続けます。


「君は、上野駅で京成スカイライナーに乗りました。空港で彼女、彼氏と会ったらなんと言うかな~」


「よ~く、考えてね~」


さらに、さらに講師は続けます。


「君は、成田空港に着きました。彼女、彼氏に会ったらなんと言うかな~」


まだ、講師は続けます。


「君の彼女、彼氏の乗った飛行機の到着ランプが付きました。君は彼女、彼氏と会ったらなんと言うかな」


まだ、まだ講師は続けます。


「君の彼女、彼氏が荷物を待っています。これからやってます。さあ、君は彼女、彼氏と会ったらなんと言うかな」


講師は続けます。


「君の彼女、彼氏が目の前に来たよ。君は、彼女、彼氏に、最初、なんて言う?」


そして、講師は、アルバイト君一人ずつに「彼女、彼氏になんと言うか」発言を求めます。


A君「どう、元気にしてた?」


Bさん「日本、熱いでしょ?」


C君「お帰りなさ~い!」


Dさん「ちょっと痩せたんじゃない?」


……こんな、感じで、アルバイト君たちは、思い思いの言葉を言います。ほぼ、一年ぶりに会う、彼女、彼氏を思い浮かべながら。


そして、発言が一巡しました。


そして、講師がこう言いました。


「みんな、ありがとう。君たちが今言ってくれたその言葉が、サービスの心なんだよ」


私は、鳥肌が立ちました。そして、眼がうるうるし始めました。


相手のことを一生懸命に思いやる、そのことが飲食業の原点なのだ、ということを学びました。


後々、私は気づきました。


ロイヤルが私にこの時間を受講するよう指定したのは、「イル・フォルノ」とは、「ホスピタリティをよく考えているお店である」ということを、取材をする前に、私に理解してほしかったのでしょう。


そして、私は「イル・フォルノ」にどんどん惹かれていきました。


■また、明日に続きます。





バブル経済は、さまざまな負の遺産をもたらしていますが、飲食業界においてはある種恩恵をもたらしていると思います。


それは当時外食産業の中で隆盛していたファストフード、ファミリーレストランといったポピュラーな業態のアッパーな世界を紹介し、カジュアルレストランやディナーレストランなどの、それを素敵な外食と認め、利用するお客さまを増やしたということです。


つまり、バブルはその世界を、お客さまにとって「手が届く世界」にしてくれたのです。


このお話はこれから何回かにわたりこのブログで書いていきます。


まず、「イル・フォルノ」のお話を紹介しましょう。


「イル・フォルノ」は、ファミリーレストラン企業の「ロイヤル」が、1990年10月に、六本木の麻布警察裏、ピラミデビルの3階にオープンしたカジュアルイタリアンです。


ロイヤルでは、ファミリーレストランを展開する過程で、「プレミアム」を標榜するようになり、ファミリーレストラン・アッパーの業態開発を志向するようになりました。


その中でも「イル・フォルノ」は、海外のコンセプトを日本に紹介し、その後多店化していきます。


六本木の「イル・フォルノ」は、客単価4500円で、ディナーレストランに比べるとお手頃な価格ですが、そのお手ごろさをお客さまに分かり易く表現していました。


それは、「カジュアル」を感じさせるサービスです。


まず、グリーティングに「ホステス」がいます。


ホステスは、常に明るく、しかし控えめに対応して、お客さまを迎え入れます。


そして、テーブルに導いていくのですが、ここからサーバーによる「カジュアル」なサービスが展開されていきます。


イルフォルノのサーバーは、頭髪を短く整えて、Tシャツ姿です。肩にはナプキンをかけていたりします。


イル・フォルノのサーバーが衝撃的だったことは、お客さまに語りかける言葉づかいが、ある種なれなれしいことです。


ただし、なれなれしいながらも、節度があります。親しいのだけれどお客さまへの気遣いがあります。


私は、これを「学生時代のサークルの先輩に接するようなサービス」「学生時代の友達の友達に接するようなサービス」と例えました。


その言葉づかいに出てくるテーマは「天候」であったり、「食事の目的」であったり、「楽しい景気」であったり、お客さまとすぐに共有化できるテーマで口火を切ります。


「今日はお給料日でしたか? どんどん飲んでくださいね」


こんなノリで語りかけるのは、どんな人も最初は違和感がありますが、だんだんとその「フレンドリー」な雰囲気を居心地のいいものと認めていきます。


それまでのアッパーなレストランの接客の言葉づかいは、いわゆる接客「三大用語」「五大用語」に象徴されて、慇懃無礼であったり、お客さまを立てる言葉で接客していました。


しかし、イル・フォルノの言葉づかいは、これまでのサーバーとお客さまとの関係性を飛び越えたもので、話題を共有することで、食事の時間も共有し、お客さまが食事をしている時間を一つのストーリーにまとめ上げていました。


この言葉づかいは、ある人にとっては「無礼」であり、ある人にとっては「新しい」ものでした。


これを「新しい」と感じた人たち、特に海外旅行経験が豊富で、現地のカジュアルなサービスに親しんである若い女性たちが「楽しいお店」として足しげく通うようになるのです。


そして、六本木の「イル・フォルノ」は、1990年12月ごろよりブレークするようになり、なかなか予約の取れないお店になっていきます。


■明日に続く



「マクドナルド」は、1980年代の当時の私にとって取材の目標でした。それは、マクドナルドは外食産業をけん引していた存在であったからです。要するに、取材で対応してくださる方と対等に会話ができて、取材の目的を達成することが、私にとっての重要な仕事だったからです。




まず、1980年代の広報ご担当・久保氏(お名前を失念)は、エリート然とした方で、先端的な外食ベンチャーの展望を理路整然と早口で語る方でした。20代後半の私は、取材中この方に私の考え方を差し込むことが目標でした。マクドナルドは外食産業の革新であり、先端であったわけでしたから、その内容のメモを取ることに没頭していました。


創業者の藤田田氏には、1991年『月刊食堂』の編集長になりたてのころ、一度だけインタビューをさせていただきました。藤田氏は「自信」の塊の人でした。マクドナルドの存在を「高速食品製造販売業」と位置づけ、高い生産性を追求する姿勢は追随を許さない、そんな勢いをアピールしていました。時折冗談もおっしゃるのですが、こちらは緊張していて、その冗談が面白いのかどうかがよく分かりません。




「僕は、マクドナルドで日本人をアメリカ人にしようと考えて仕事をしてきた。だからほら、今若い女性はみんな髪の毛が茶色になっているでしょう」




このお話は記者会見の時などでよく語られていたことですが、自社の存在感を社会現象につなげた経営者としては先駆的な方だったと思います。


マクドナルドは、日本人に〝歩きながら食べる”ことを定着させました。ビジネス的には「チキンナゲット」によってサイドメニューの重要性を示してくれました。




先の「高速食品製造販売業」は、その後、時間帯別マーケティングを取り入れていきます。ランチタイムにカレーライスを販売したり、ティータイムにアンパンを販売したり、ディナー帯にはチャーハンを販売したり。しかしながら、この作戦は、結果売上高、経常利益を前年対比で下回るという結果に至ります。


そして、1995年4月に、210円だったハンバーガーを130円に引き下げました。これによって桁違いの販売個数実績を作り上げ、外食産業はこの動向に倣い、著しい低価格を実現することによって、客数を伸して利益を確保していきます。




そして、マクドナルドのハンバーガーが2000年2月に65円になり、2002年には80円に戻し、同年8月には59円に下がりました。この当時私は『飲食店経営』の編集長として、継続してマクドナルドの動向を取材していたのですが、この目まぐるしい価格改定の背景についてなかなか読み取ることができませんでした。


久々『飲食店経営』2002年9月号を取り出し「『マクドナルド59円』に至った実態と展望」を読んでみたのですが、最後にマクドナルド広報ご担当による、このような発言がありました。




「今まではわれわれが考えてお客さまに、さあお召し上がりください、という発想でしたが、これからはお客さまが何を求めているのか、いくらなら満足するのかというところからメニュー、価格、店舗設計ないどすべてを考えていくことになります」




外食の王者は、実は自らがけん引してきたマーケットの動向がつかみきれない局面に立たされるようになっていた、ということでしょうか。


そして、マーケットは成熟していき、シュリンクしていく現実にあります。お客さまは情報はSNSによって大きなうねりとなって現れてきて、それが思いがけない力に傾斜していくということも現実でしょう。


収益を伸ばすことにあらゆる手を尽くすということは間違っていないことだと思います。ただし、外食の選択肢がかつてでは考えられないほど豊富になり、一方ではシュリンクしていくという現実の中で、王者が当初追求してきた「マスマーケティング」「マスマーチャンダイジング」は変えざるを得ない局面にあると思います。


マクドナルドはQSCですが、そこでハンバーガーを買う「理由」を考えましょう。