瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。

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今日は曲が終わった所からスタートします。

 

 

先生:「先週から続いている自我は空(くう)であるという事の補足的なお話をしようと思います。重要度というものが自我ですよと言いました。重要度というのは自分が重要だと思っていることしか実は見えない。重要度というのはその都度入れ替わってはいるの。どういうことかというと腕時計買おうかなって思ったら突然人がしている腕時計が見えてくる。腕時計を買おうと思っていない人は人の腕時計は見えない。

 

自分が欲を持った時にそこで重要度が変わっているわけ。私たちは欲とともに自我が変わっていっている。人生ってつまり何が見えるかで決まるの。だって自分で見えなかったらダメなんだもの。何もできないんだもの。自分で見えたものの中で私たちは生きていない。

 

ということは、人生で肝心なのは重要度の変更ということなの。今見えている自分の重要度で人生が楽しくないのであれば重要度を変えるということが大切。では変えるのはどうしたらいいのか。どうしたらいいと思う?」

 

 

れい子さん:「それはミラートークだったり、慈悲瞑想だったり言葉にすることによって見えるものが変わってくるのではないのでしょうか?」

 

 

先生:「それも変わってくるだろうね。その変わる前に先に知っておくべきことがある。重要度というものが一体どうやって作られたかということ。」

 

 

年美さん:「重要度がどう作られたか?」

 

 

先生:「誰がこの重要性を定義しているのか。全てのカテゴリーに対して重要であるとか重要でないとか決めているの?これは全て過去の記憶がそうしているの。だから過去の経験。自分が経験したことでも忘れていることもあるからね。つまりは過去においての自分の記憶してきたことが今の重要性を見せているという事。

 

 

 

ではどうしたらいいのか?

 

 

 

自分が過去の記憶によって自分の重要性を自分が決めているんだということを知る

 

 

自分の中でそういうことが起きているということであってあなたの性格ではない。だから、人生で自分が最も好ましいパフォーマンスを発揮したいと思っているのであればその事に必要なものがちゃんと見えないといけないわけで、そこに対して自分の重要度がなかったらそのパフォーマンスは発揮されないということ。

 

 

だから能力がないのではなくて情報がないの。そこをちゃんと分けて考える。それをみんなは自分の能力がないというように考えてしまう。能力がないのではなくて重要度が低いという認識があって見えてないだけなの。」

 

 

 

今日は区切りがいいのでこの辺でバイバイ

 

 

私は能力がないと本気で悩んでいたのですがそうではないんですね。人が分かることが私にはわからない。なんでだろう?と思っていた。頭が悪いんだな。ちょうど私の頭の形は絶壁で人より脳みその量がきっと少ないからだと自分を納得させてきたが、どうやらそうではなく重要度の問題だったとは。。。

 

 

確かに同じニュースを見ても私は虐待のニュースを覚えていて、友人は株価のニュースを覚えている。私は今日の株価を覚えていないが友人は覚えているが虐待のニュースは覚えていない。こういうことなんだろう。私の以前まで重要度は【自分は不幸。生きていくのは辛い】ということが重要だった。なのでそれに該当することしか目に入らなかった。

 

楽しいことがあっても1%でも気に入らないところがないかを探し水を差すような人間だった。今思えばよくそんな欠点を探せたなと思うくらいだ。

 

人生の重要度を変える。本当に重要だなと思った朝でした。