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ダイナミックオーディオ 大好きな音楽のブログ

オーディオ専門店 ダイナミックオーディオ5555 のブログです



昨日からの続きです。

Roy Ayers はジャケットまでサンプリングされるほどのUbiquity名義72年作が特大ヒット。確かにみんな大好き(勝手に決めました)POLYDOR移籍後の活躍は周知の通りですが、PACIFIC JAZZやATLANTICの60年代の録音にも素敵な作品が沢山あるので見落とし厳禁、しっかりジャズやってます。でも結局はここで足止めされますね。甘いボイスで歌まで歌ってしまうので手に負えない一枚、とにかく針を落として上げるまで最初から最後まで恰好良し。でもやっぱりCURTIS AMYなんかと演ってるのが一番好きですけど。

柴田

He's Coming / Roy Ayers


毎年恒例のマラソン試聴会は今年で39回目。
ちょうど一週間後には現場でリハーサルをせこせこ行っている日です。

マラソン試聴会の2週間ほど前になると、自宅でも普段の倍くらいせっせと聴いてしまいます。「お店でも1日中聴いてて、よく家に帰っても聴けるよねぇ。」なんてたまに言われますが、お店はお店、自宅は自宅、甘いものは別腹、とでも言っていいでしょうか。

最近どんな曲聴いたかなぁとか、少し前にこんな曲あったなぁ、とか、
そうだ、この曲は絶対かけようと思ってたんだ!!、とかなんとかをフフフと思い出したりする作業に没頭します。それで、記憶から薄れがちだった曲を再発見(たんなる物忘れ)してアルバム丸ごと聴き始めて、そもそも何の目的だったかも忘れて朝方まで脱線するのが、これもまた毎年恒例です。

残り一週間、当日かけるかどうかは分かりませんが、そんな毎日からのピックアップをここでもご紹介したいと勝手に思いました。そんなこと興味ねぇよ、と思っても声に出さず、思いつきなだけなのでただ見てやり過ごしてください。

すっかり夜は肌寒くなって人肌恋しくなってきた今日この頃。
今日はNathan Davis が65年ドイツSABAに残したアルバムを。タイトルのわりに真っ黒ジャケットがどうなのかと思ったりするのはたぶん愛嬌だとして、A2「Spring Can Really Hang You Up The Most」がお気に入りなんです。ものすごくやんわりと言えば(というか調べただけ)「春ってなにかと憂鬱にさせる」みたいな意味だと思います、今頃春の話をしてもいかがなものかと思いますが、なんとなく気持ちも今頃と被るんです。ワンホーンの心地よさが中々の寂しさ物語を演出してくれて、たしか歌付きがオリジナルだと思いますが私にはこちらの方がしっくりきたりします。オルガン奏者のLarry Youngが渡欧して一枚まるごとピアノ録音っていうのも珍しいので、ぜひ一枚まるごと聴いてくださいね。

柴田

Happy Girl / Nathan Davis


オリジナルに未発表が合体したリイシュー。

何というか体に素直に染み渡る心地よさ、
ゴスペル感も安定のソウルミュージック、ファットでファンク、クドいからいい。
いつもよりちょっと熱い風呂に入りたくなったりもするし。

柴田


With Love / Sister Love






「Sometimes I cry」


この曲が気持ち良くないのであれば、かなり考えものだと思うようにしています。
が、私の中での事項です、誰も気にしないでください。
だれがどこで何を考えて、どうしてそうなったのか、そういうことがどうでもよくなる程。

「とにかくこの曲が終わるまでは、静かにしてて」。

柴田

Lost In Time / Eric Benet




RECORD STORE

アナログの盛り上がりもブームではなく文化になっていただきたい。

RECORD STORE DAYも年々盛り上がっているようですし、アナログを楽しむと言う行為は文化であり大事な事でも有ります。

これは素晴らしくかっこ良い!グル―ヴィーとはこの事です。

稲垣次郎とソウル・メディア / FUNKY STUFF

http://recordshop.hmv.co.jp/exclusive/6935/



フロアでかけるとデスクワークにならないくらいノリがよく気持ち良いです。

本音を言えば稲垣次郎というアーティストは全く知りませんでした。

74年録音!日本の74年にこんなにDEEPな音楽を演奏するアーティストがいたのです。

このRECORD STORE DAYで初めてリイシューされた盤との事。

ただただ気持ち良いグルーブに引き込まれます。

グル―ヴとは間であり、音で埋め尽くすのではなく時に如何に音を入れない事も大事。

う~ん74年にしかも日本で(私が知らないだけかもしれないですが)、もうそれを音で感じさせる演奏がありました。

こういうのをオーディオで楽しむ・・素晴らしいですね。

RECORD STORE DAYの醍醐味(新旧問わずリスナーに音楽、アナログの出会いと素晴らしさを繋げる)という意味では満点の出会いでもありました。

Jian Wang/Bach the Cello suites

Jian

こちらも先日の八ヶ岳高原音楽堂のコンサートにて再生した音源のひとつです。

その時のプレゼンター厚木(トレードセンター店長)の言葉ですが、
「ひとりひとりに自分だけの大切なバッハ、特別な無伴奏ソナタがあるのではないでしょうか」
というのがありました。

もちろんパブロ・カザルスやマリオ・ブルネロ、それぞれに素晴らしい表現を持った演奏家がいますが、こんなのもあります。

オースン・スコット・カードによるSF短編小説<無伴奏ソナタ>
card

「すべての芸術は絶えず音楽の状態に憧れる」

希に実際の音がなくても、まるで音楽のように心に響くものがありますが、僕にとってはこの作品がまさにそうでした。
あ、ダイナミックオーディオ企画室の佐藤です。

このお話は人間がそれぞれに生まれもった特性によって、決められた職に就くことを義務づけられた架空の管理社会が舞台です。
そこでは音楽に関しても、作曲する人<メイカー>と、音楽を聴く人<リスナー>とに分けられ、
それぞれの領分を侵すことは固く禁じられています。
優れた音楽的才能を見いだされた主人公の少年は、あらゆる音の表現が可能な”完全楽器”とともに、外界からの影響を避けるため人里離れた山奥でひとり、音楽を作り続けます。
聞こえるのは山の音、森の音、鳥のさえずり、小川のせせらぎ、自然界の音だけ。
メイカーである彼には人間が過去に作った一切の音楽作品を聴くことが許されていないのです。
ある日、主人公の作る音楽を聴きにやってくるリスナーのひとりが、その作品のあまりの素晴らしさに、”メイカーとの接触”の禁を破り、こっそりとバッハの音源を渡してしまったことが悲劇の始まりでした…。

電子書籍化されていたので、僕も帰りの電車でもう一回読んでみようと思います。
いつも見たことのない奇妙で新鮮なものを求めていて、当然の如く誰でもそうだろうと勝手に決めつけていましたが、どうやらそうでもないらしい、ということにようやく気がついたのは恥ずかしながら結構最近で、なるほど確かに、毎回変なことばっかり起きていたら、疲れるし不安になることもあるもんなぁ、と、色んなことが想定の範囲内で起こってくれたほうが安心する人もかなり多いことが理解できるようにはなったものの、自分の想像を遥かに超えたものに出会ってしまったら、誰しもきっと楽しくなるはず、と今だに考えてたりします。

ダイナミックオーディオ企画室の佐藤です。
彼らの音楽と最初に遭遇した時も、やたらびっくりしたのを覚えています。

Taraf de Haidouks / band of gypsies
taraf

音楽で外貨を獲得し、一族を養う義賊楽団

野生の音楽家。ハチャメチャでものすごく楽しい音楽。
バルトークが集めていた音楽もこんなサウンドだったのかもしれません。彼らは何かしらの学習機関で音楽教育を受けたのだろうか、楽譜は読めるのだろうか、というピーター・バラカンの疑問に対して彼らのマネージャーが答えて

「いいえ、みんな自分の名前すら書けませんよ」

楽理の価値とは…なんて考えちゃいますが、さらにこれを見つけた時、もう一回驚きました。
アカデミックな音楽教育の基、西洋楽理を完璧に体得したイツァーク・パールマンが、タラフとよく似たジャンルのクレズマーというユダヤ系の東欧の音楽の楽団と、ほぼ即興で合わせています。2、3周まわした時点でサウンドを理解、2分50秒程あたりで完全に掌握し、バンドの連中の目がマジになって燃え上がります。
このサウンドを会得したパールマンが一言

「I caught the bug (もう病みつき)!」

とにかくこういうとてつもない奴らがいるから、音楽面白い。
たまらん。
オーディオ再生にも”自分の音”を鳴らすというテーマがあります。
オーディオをやらない人は楽器の演奏家でもないのに、他人の曲を再生してそれで”自分の音”もなにもないもんだ、と思うかもしれませんが、よく使い込まれた機材からは不思議とその持ち主の音楽性が滲み出てくるものです。

逆にオーディオをやる人は、機材の組み合わせやセットアップのことを言っていると思うかもしれません。もちろん自分の機材を選択し使いこなすことは前提になりますが、むしろ、ここでいう”自分の音”を鳴らすということはそれらが決定してから始まる出来事であります。
ここにおいて重要なのは、それがどの機材によって再生されている音なのか、というよりも、持ち主がそれをどのように操っているのか、ということです。

オーディオで操作することができるのは、本質的には”音量と選曲”しかありません。
その瞬間、何を、どんな音量でかけるのか、ということです。
「なんだ当たり前じゃん」と思った人は、まだこのふたつの要素の重大さに気づいていないようです。事実、暴力や権力や財力よりも、ふと耳にした一曲が長い時間をかけてその人の運命を大きく動かすことがあります。大袈裟に聞こえるかもしれませんが、オーディオを操作するというのは、己の運命を占うことと似ているということです。
私たちはそれぞれの有限の人生のなかで何と出会いうるのか、そしてそれをどこまで感じることができるのか、ということを。
それをばその人の音楽性と呼ぶのです。

ダイナミックオーディオ企画室の佐藤です。
前回に引き続き、八ヶ岳高原音楽堂で再生した音源をもうひとつご紹介しましょう。

Andrés Segovia / The art of Segovia #Capricho Arabe

segovia

この曲をかけた時、スピーカーとスピーカーの間から見知らぬ土地の風が吹いて来るのが感じられたなら、この言葉をお祝いに捧げます。

「音楽は感じたもん勝ちさ」
八ヶ岳高原音楽堂で、イベントをやらせていただきました。

標高1,500mという外界から切り離された静寂な環境に、都会の喧噪に馴れた耳がしばらく驚いておりましたが、まるで建物そのものがひとつの楽器であるかのような音楽堂の空気は、音楽を聴くための心を整えてくれるかのようでした。

八ヶ岳高原音楽堂はスヴァトスラフ・リヒテルと武満徹の音響的アドバイスを受け、吉村順三の設計により誕生しました。以来キース・ジャレットやスタニスラフ・ブーニンなど、名だたる演奏家たちがこの場所で音楽を奏でてきました。
ことの発端は、元々1974年に高原ヒュッテの前庭で音楽を愛する人々によって行われた「レコードコンサート」だったそうです。

そんな場所で、我々の用意した装置による音楽再生を皆さんに聴いていただけるのは、大変光栄でありがたいことでありました。

<本番風景>
stage

当日は沢山のお客様にご来場いただきました。皆さんの音楽に集中していく心が、まるで目に見えるかのようで、その場に実際は居ない音楽家があたかも現れるような瞬間もございました。

当日再生した曲のうちのひとつをご紹介いたします。

João Gilberto /João Gilberto (三月の水)

joao

ジョアン・ジルベルトのギターが作り出すリズムを「永遠に落下し続ける落ち葉」と表現した人がおりました。ヒラヒラと揺らぎながらも絶対のタイム感に貫かれるリズム。
彼の生み出す芸術は、人間の作り出すもののうちで、自然の持つ美しさに匹敵しうる数少ないもののひとつです。

ダイナミックオーディオ企画室の佐藤でございます。
来年もまた同じ場所でできれば幸せです。
鹿にも会えたし。

鹿
良い音とは何か。
仕事以前に、いちオーディオマニア、音楽好きとしてもどうしても考えざるをえない問題であります。
物理的に言うならば、音域や音圧のレンジの広さ、位相の正確さや残響のコントロール、音源の情報量や伝送の正確さ。そういった要素が満たされていることが再生音としての良い音の条件ということになります。
しかし、一見その諸条件において数値的により劣っているはずのものに、より深い感動を覚えることも少なくはありません。

これは当たり前のことで、音は空気を振るわせますが、音楽は心を振るわせるものだからです。
なんて言ってしまうと、オカルトっぽいな~と感じる人もいるかもしれませんが、科学とオカルトがほどよくブレンドされているのがオーディオの面白さでもあるのです。

こんにちは、ダイナミックオーディオ企画室の佐藤です。

ちょっと恨み言っぽいですけど、その昔働き始めた頃に、こういうヘッドフォンを買ったんです。
カタチがカッコ良かったから。
すると、先輩スタッフ(今はもういません)がこともあろうか
「こんなのダメだよ!音悪いし最悪じゃん!」
何て言うんです。
人が気持ち良く使ってるモノを「音が云々」言って気分台無しにするなんて、これがオーディオマニアというものなんだとしたらホントにくだらねぇな!と思ったのを今でも執念深く覚えています。
(今だったらそんなにムキにならずに済みそうですけどね)

僕よりもはるかに長く深く、良い音のことを考えてきたであろう、ある尊敬すべき”オーディオ使い”はこんなことを言っていました。

「良い音とか正しい音なんてオレは知らないよ?ただ人を楽しい気分にさせる音は知っているんだ。それを昔オレに聴かせてくれた人がいるからね。オレはそれを再現しようとしているだけさ」

Count Basie/Basie Is Back

basie