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ダイナミックオーディオ 大好きな音楽のブログ

オーディオ専門店 ダイナミックオーディオ5555 のブログです

マスターは壁一面のレコードラックを、右から左に何度も往復している。
ジャケットを出してはしまい、また手に取って戻して、たまに首を傾げたりしながら。

彼女は今、僕たちのために、今日という時間のために曲を選んでくれている。
なんてありがたいんだろう。

やがて、今度は全く迷いなく、確信を持った手つきで一枚のレコードを取り出した。

Eric Dolphy / Far Cry
eric

また、稲毛CANDYに行ってきました。
マスター、いつもありがとう。
ダイナミックオーディオ企画室の佐藤でした。

ブルーノートライブラリーの中には「手抜き?」と思わせなくもないジャケットが幾つか点在している、Louis Smith 近くでは BLP1582 Clifford Jordanとか(手抜きじゃないと思うんですけどね)。他レーベルからの持ち込み音源っていうのもあったのかもしれないけど、でもこれがまた1500番台に並ぶとなんていうか様になるからニクイ。それより"backshot la funke" ってカッコイイ名前誰なんだ!!、、、ちゃっかり Cannonball Adderley だったりして。そんなこんなも含めて、ブルーノートには ルディ・ヴァン・ゲルダー や アルフレッド・ライオンが立ち会っていない音源がいくつかあるのですが、なぜだかそちらの方がより愛おしく思えたりするのですよ。

柴田

BLP1584 Here Comes Louis Smith

カエターノ・ヴェローゾに関しては前にも書いたけれども、
自分のブラジル音楽ライブラリ全体をランダムで聴き直していると、いつも彼の音楽にハッとさせられてしまう。
ダイナミックオーディオ企画室の佐藤です。

Caetano Veloso / Bicho
bicho

職人の様に巧みな音楽家は他にも沢山いますが、彼の音楽はそれに留まらず、突然変異体のバグのように、人に全く新しい感覚を呼び起こす力が圧倒的に強い。
その力は普通、芸術性と呼ばれたりするものです。

ただ伝統に則るだけでなく、全く異なった分野の美すら取り込んで、己の表現に昇華することのできる人物の出現によってこそ、文化に新たな息が吹き込まれる。
そういうアルバムです。参ったぜ。してやられたぜ。


あなたの歌の届く範囲は、世の中のあらゆる酷い出来事から護られている。
あなたはきっとそのために遣わされたのだろう。

Rosa Passos / Amorosa
rosa

私の師匠のひとりが、Rosa Passos本人に直接伝えた言葉です。
彼女はその言葉に涙したそうです。

その話を聞いて以来、この人の歌を聴くと涙腺が緩んで困る。
ダイナミックオーディオ企画室の佐藤です。





その歌手の葬儀は、この曲の合唱で送られたという。

Elizeth Cardoso/Ao Vivo No Teatro João Caetano 
elizeth

Elizeth Cardosoが亡くなったのは、今から四半世紀以上前の1990年。
生の音楽と張り合うつもりは毛頭ないが、既にこの世にいない人の魂に触れる手段としてオーディオはこれほど適しているものはない。
と思っています。
ダイナミックオーディオ企画室の佐藤です。

再生している時だけ、確かに目の前にあって、
最後の音が鳴り止むと、夢のように消えてしまう。
というのもいい。



漫画に勝手にBGMをつける遊びをすることがある。
といっても、自分で読みながら聴くだけですが。

ダイナミックオーディオ企画室の佐藤です。

終戦直後の混沌とした日本を舞台に、エネルギッシュな庶民の生活ドラマを、それぞれタイプの違うふたりの復員兵を主人公に描いた【あれよ星屑(山田参助・著)】という漫画がものすごかった。ちょっとこれはものすごかった。
あれよ星屑
文字や絵で表現されているもの以上の”体臭”のようなものが感じられる作品で、
「こんなすごい腕前の人を見逃していたっけ?こりゃただものじゃねー」と調べてみると、山田参助氏はゲイ雑誌の挿絵などでも活躍されている方らしい。どうりで男の描き方に独特の濃厚さがあるけれども、それ以上にその美意識の高さが滲み出ている。
ひもじくて暴力的で、死の影が色濃い悲惨な時代を描きつつも、タフに誠実に生きる人々が素晴らしい美術センスで描かれている。その世界の空気を吸ったような気持ちになって、実際には見たことのない自分の祖父の若い姿や、彼がそこで感じていただろう喜びや悲しみのことに思いを馳せてしまう。

Cartola / Cartola ao Vivo
cartola
Cartolaの音楽もまた、ただ明るかったり、ただ暗かったりするものではない。
人間を見つめるその眼差しは、清濁併せ呑んでいて、
まるで嘆きの笑声、歓喜の嗚咽のように、心は激しく揺さぶられる。


濃度が高過ぎると健康を害する恐れがあります。

Camaron de la Isla / Antologia Inedita
camaron

「最高の音楽にはいつも微量の毒が含まれている」
私の師匠のひとりが言っていました。

Camaronもまた、その微毒に徐々に体を蝕まれたひとり。
命を削る火打石が散らす火花のようなその歌声は、
彼が長生き出来るタイプの人間ではなかったことを感じさせます。

ダイナミックオーディオ企画室の佐藤でした。
どんなことでも知っている程長く生きているようにも見えるし、
赤子のように無垢にも見える。
青年のように凛々しく、母親のように優しい。
そういう女性。

Maria Bethânia / Que falta você me faz
maria

ダイナミックオーディオ企画室の佐藤です。

最近は美魔女なんていう変な言葉ありますけど、Maria Bethâniaの場合、上っ面ではない人間としての美しさで満ちている。っていうか魔女だと思う。

その語る言葉はそのまま音楽になってしまう。
呼吸も脈拍も地球のリズムと連動しているかのように。



知らないうちに発売されていた3枚目のフルアルバム。ネットを眺めて知ったりして、もう最近は音楽を探すのに便利なんだか忙しんだか。毎月新譜情報のお知らせが封書で届くとそれを片手にお店に行って「これ、まだ残ってますか?」とか言いながら店員さんと仲良くなって結局たくさん買わされてたのが懐かしいなぁ。オートチューンやDUB手法をかなり使い込んでてもそこはかとなくブルーズっぽい音楽味が残る彼のアルバムはいわば今の音楽の先っぽあたりにいるのかも知れませんが、その時代感があやふやに見えるのもまた不思議な感覚。

柴田

The Colour in Anything / James Blake

任天堂のファミリーコンピューターは内蔵した2A03という音源チップで、2つの矩形波とひとつの三角波、そしてノイズを利用して音楽を奏でる。

ダイナミックオーディオ企画室の佐藤です。
8ビットのサウンドで血が滾ってしまう世代です。

この手の音楽は人工と自然とか、デジタルとアナログ、人間と機械、みたいな”ふたつにひとつ”な対比イメージでもって賛否を語られかねないけれども、仮に相反するものの片方が好きだからといって、律儀にもう片方を嫌いになる必要はないと思う。
ともかく僕の子供時代はこんな音で溢れていた。

Tim follin / Silver Surfer

silversurfer

ファミコンの音楽は、上記のような電気信号を、プログラミングされた通りに連続して発信することで”演奏”される。
スピーカーのテスト信号発信装置を四台使ってスイッチを
入れたり切ったり
入れたり切ったり
入れたり切ったり
するようなものです。
同時に最大で4つの音しか発音できない上、アコースティックな要素が一切皆無なため、たとえば残響やディレイのような効果を生み出すためには、わざわざ同じ音をだんだん小さくしながら並べて配置しなくてはならない。
めちゃくちゃ制限が多くて、回りくどいプロセスですが、ある時
それらを自らの手足の如く自在に操る人々が登場します。

特にTim Follinのテクニックとアイディアはぶっ飛んでます。

音色を発見し、それを自在に操る人が出現した時、ひとつの楽器が生まれます。
彼の楽器はギターやピアノや譜面や言葉ではなく、プログラミング言語だったというわけです。