共有から共感へ -120ページ目

自由であることは、不自由になるということ。

最初に言っておきます。養老さんの著書は、評者にとってはかなり読みにくい書籍の部類のひとつ。「バカの壁」もそう。この著書の中でも養老氏の講演を聴いた人から『先生の話はよくわかりませんなあ』と言われるそうだ。だからといって、養老さんの本を避けて通ることはできない。それは、読みづらい=「思考回路が違う」からであり、前提条件が全くことなっているからだと考えている。つまり、養老さんの書籍を読むことで、養老さんの思考回路が評者の脳にアジャストされていく。これは、シナジー効果を生む期待が高まり、思考の幅が広がると考えている。


さて、今回の「ぼちぼち結論」は、「よく見渡す」ことをテーマにしていると感じた。普通だと思っていること、当たり前だと思っていること、果てしてそれらの事は、本当にそのままで良いのか?と著者は危惧している。だから、もっとよく「見てみよう」と強く訴えかけている。


評者が無知なだけかもしれないが、石油が世界(アメリカ)を動かしていることに驚いた。イラク戦争も湾岸戦争も、アメリカ大統領の選挙も。
また、「自由と不自由」も興味深い項目である。



秩序はかならずそれだけの無秩序を生み出す。
熱力学の第二法則といいかえてもいいだろう。
つまり、自由はその分だけ、おそらく不自由を増やしている。(p.73)




とあるのだが、なるほど、と唸るばかりである。
アメリカは拳銃を自由に所持してもよいが、その分日々過ごしている空間は危険性が増す。
青信号があれば交差点を安全に渡れる。けれども赤信号のときは車の行き来がなくても渡れない。こんな具合だ。



つまり、著者は人の判断能力が徐々に欠如してきていると感じているのではなかろうか。やってはいけない、ということをやってはいけないとわからないわけだ。これは評者が思うに、日本という国が豊かになりすぎたからだと考える。豊かという自由があるから、本能的に行動できないという不自由さが存在しているのに、それに気づいていないのだ。



狩猟民族である本能を忘れているのではないか。
もっと、日本人は強い。そう思ってままならない。


ぼちぼち結論 (中公新書)/養老 孟司
¥735
Amazon.co.jp






※以下、気になった文章を抜粋
・彼は、言語化不可能な世界にこそ、人間ならではの可能性を見出そうとしている
・考える労を惜しむ人が悪しきデータ主義に陥る
・虫は都会を除けばどこにでもいる。日本の国土には小さな山々が数知れずある。
それを見て楽しむ癖さえつけば、幸せなんて、いくらでも手に入る