運営を続けていると、どうしても葛藤が生まれる。 

人数が足りない日がある。 開催できるかギリギリの日もある。 

そんな時、運営者なら誰だって思う。

 



「誰か来てくれないかな」 

「あと数人いれば開催できるのに」

でも私は、

その気持ちをぐっと飲み込む。 

なぜなら——

参加催促は絶対にしないと決めているから。

これはただの方針じゃない。 

私の運営者としての“覚悟”そのものだ。

スポーツは義務じゃない。

だからこそ、自由を守りたい。

スポーツは楽しむためのもの。 

来たい時に来て、来れない時は無理しなくていい。 

その自由を奪うような運営は、絶対にしたくない。

「次も来てください」 

「人数が足りないのでお願いします」 

「常連として支えてください」

そんな言葉を使った瞬間、 

参加者の自由は壊れてしまう。

だから私は、

どれだけ苦しい状況でも、 

参加催促だけは絶対にしない。

でも、自由を守るためには

“開催を守る力”が必要だ。

ここが運営の難しいところだ。

自由を守りたい。 

でも開催できなければ、 

楽しみにしてくれていた人を失望させてしまう。

その現実は、

運営者として痛いほどわかっている。

だから私は気づいた。

参加者の自由を守るためには、 

新規参加者の集客が一番大事だ。

催促しない。 

囲い込まない。 

自由を奪わない。

そのスタイルを貫くためには、 

新しい参加者が自然に入ってきてくれる仕組みが必要なんだ。

 300名を超えたメンバー登録は、

私の団体の“誇り”であり“基盤”

ありがたいことに、 

私の団体はメンバー登録者が 300名を超えた。

これはただの数字じゃない。 

私が「催促しない運営」を貫いてきた結果であり、 

団体を支える揺るぎない基盤だ。

初参加の人が毎週のように来てくれる

久しぶりの人がふらっと戻ってくる

口コミで新しい参加者が増えていく

この循環があるから、 

私は催促しなくても開催を守れる。

そしてこの基盤があるから、

 参加者の自由を守り続けられる。

催促しない運営は、甘さではなく“信念”だ。

「催促しない」というと、 

運営として甘い、弱い、

消極的だと思われるかもしれない。

でも違う。

催促しない運営は、 

参加者の自由を守るための強い信念だ。

その信念を貫くために、 

私は新規集客の仕組みづくりに全力を注いでいる。

安心できる運営

トラブルの少ない環境

参加しやすい雰囲気

また来たいと思える体験

これらを積み重ねて、 

「催促しなくても人が集まる団体」へと育ててきた。

最後に

私はこれからも、 参加催促をしない運営 を続ける。

その代わり、 新規参加者が自然に増え、 

既存参加者が自由に参加できる場を守るための努力を続ける。

300名を超える登録者という基盤を誇りに、 

これからも「自由に参加できる場」を継続していく。

 

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伍蹴祭(FIVE KICK Festival)では、

毎大会の表彰式をしっかりと撮影・編集し、

YouTubeチャンネルにアップロードしています。

 



ふと他のフットサル大会を見渡してみると、

大会のハイライトやプレー集を上げているところはあっても、

「表彰式」をわざわざ動画にして

YouTubeに公開している大会は、ほぼ皆無です。

なぜ他の主催者は表彰式を上げないのか? 

参加者にとって表彰式はそこまで重要ではないのか? 

主催者にとって表彰式は

ただの「景品手渡しタイム」に過ぎないのか?

今回は、この疑問を掘り下げながら、

私たちがなぜ「表彰式」に

こだわり続けるのかをお話ししたいと思います。

なぜ他の大会は「表彰式」を動画にしないのか?
他のフットサル大会が表彰式を動画化しないのには、

大きく分けて3つの裏事情(リアルな理由)があります。

「手間とコスト」が見合わない(一番の理由) 

試合が終わった後の表彰式は、

参加者もスタッフも疲れ切っている時間帯です。

その中でカメラを回し、全員の顔がきれいに映るように撮影し、

あとから見やすく編集してYouTubeにアップする……。

これには膨大な時間と労力がかかります。

「大会を運営して終わり」にする方が圧倒的に楽なのです。
「身内ノリ」になりやすく、

再生数が伸びにくい YouTubeのアルゴリズム上、

知らないチームの表彰式動画は、

第三者(見知らぬ視聴者)から再生されにくい傾向があります。

「再生数が取れないなら作る意味がない」と

割り切ってしまう主催者が多いのも事実です。
表彰式を「事務作業」と捉えている 多くの大会にとって、

表彰式は「結果発表をして景品を渡す時間」であり、

大会の「消化試合(消化イベント)」になってしまっています。

景品を渡したらサッと解散、という流れが一般的です。
参加者にとって、表彰式は「ただの景品授与」なのか?
では、参加者のみなさんにとって

表彰式はそこまで重要ではないのでしょうか?

決してそんなことはありません。

フットサル大会に参加する理由は、

単に体を動かすことだけではありません。

「仲間と一緒に笑い合うこと」

「勝利の喜びを分かち合うこと」、

そして「日常では味わえない主役になる瞬間(非日常感)」を

求めて来てくださっています。

試合に勝って掴み取った優勝も、

惜しくも届かなかった準優勝も、

あるいは大会を盛り上げて勝ち取った個人の賞も。

その一瞬は、チームにとってかけがえのない思い出です。

表彰式が単なる「景品手渡し」で終わってしまうのは、

参加者のみなさんが作ったドラマのラストシーンを

雑に終わらせてしまうようなものだと私たちは考えています。

私たちが表彰式を撮影し、編集してアップし続ける理由
伍蹴祭が、手間暇をかけてでも

表彰式をYouTubeにアップし続ける理由は1つです。

「その日の感動と笑顔を、

一生残る形にしてプレゼントしたいから」です。

表彰式で景品をもらって喜ぶ顔。 

仲間と肩を組んで笑い合う姿。

 悔しがりながらも健闘をたたえ合う空気。

動画としてYouTubeに残しておけば、

大会が終わったその日の夜、

帰りの車内や打ち上げの席で

「今日の動画もう上がってるよ!」「ここ映ってる(笑)」と、

もう一度盛り上がることができます。

数年後に見返して「あの時の大会楽しかったな」と

思い出すこともできます。

YouTubeに上げる表彰式動画は、

第三者のためのコンテンツではありません。

あの日、伍蹴祭のコートに立ってくれた

「あなたと、あなたの仲間たち」のためだけの

特別な記念写真(記念映像)なのです。

伍蹴祭は「大会」ではなく

「思い出の場所」でありたい
「誰もやっていないからやらない」のではなく、

「参加者にとって価値があるからやる」。

他の大会がただの「景品提供の場」として

表彰式を流してしまうなら、

伍蹴祭は「参加者が主役になれる最高のエンディング」として

表彰式を創り込みたい。

これからも伍蹴祭は、

皆さんのナイスプレーだけでなく、

最高の笑顔と栄光の瞬間をカメラに収め、

YouTubeに届け続けます。

 

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〜セルフジャッジを採用する理由と、その価値〜


フットサル大会を運営していると、

必ず向き合うテーマがあります。 

それが 「審判をどうするか」 という問題。

審判を置くのか置かないのか。 

置くとして、どんな人にお願いするのか。

・資格を持っていない人
・資格はあるけれど実戦経験が少ない人
・経験豊富な審判

この違いによって、参加者の納得感は変わるのか。 

今日はこのテーマについて、

運営者としての考えを書いてみます。

 



■ 誤審は“人間だから当たり前”という前提

まず大前提として、 どんな審判でもミスはします。

これはプロの世界でも同じで、 

Jリーグでもワールドカップでも、

選手が審判に意見する場面は山ほどある。

でも私はこう思っています。

誤審なんて人間なんだから当たり前。 

腹を立てる方がおかしい。

審判はロボットではなく、人間です。 

角度によって見え方も違うし、

判断が揺れることもある。 

それをゼロにすることは不可能です。

だから私は、

誤審そのものに怒る必要はないと考えています。

■ 審判を置くことの“もう一つの問題”

〜報酬が運営費を圧迫する〜

審判を置く場合、

当然ながら 報酬が発生します。

・1試合あたりの報酬 

・大会全体の拘束時間 

・交通費

これらを積み上げると、 

大会運営費にとっては

決して小さくない負担になります。

そしてその負担は、 

景品量の低下や参加費の値上げにつながる。

私は大会運営において、 

「参加者にできるだけ還元したい」

という思いが強くあります。

だからこそ、 

審判報酬に使うお金を 

景品代として参加者に還元する 

という選択をしています。

■ 私の大会がセルフジャッジを採用している理由

こうした背景から、 

私の大会では セルフジャッジ を採用しています。

もちろん、

セルフジャッジにはデメリットもあります。

・接触プレーの判断が曖昧になる
・ファウルを取らない場面が出る
・チーム同士で意見が分かれることもある

でも、これは最初から想定していることです。 

セルフジャッジは「完璧な判定」を

求める仕組みではありません。

その代わりに、

セルフジャッジには 大きなメリット があります。

■ 選手によって“接触の基準”が違うという事実

ここで一つ、非常に大事なポイントがあります。
選手が接触プレーをどう感じるかは、

普段のプレー環境によって大きく変わる。

● リーグ戦や競技志向の環境でプレーしている人

・接触に慣れている
・多少の当たりは「普通」
・体の使い方が上手い
・プレースピードが速い

● エンジョイ中心・初心者が多い環境でプレーしている人

・接触に敏感
・少しの当たりでも「危ない」と感じる
・スピード差があると怖さを感じる
・ボールの持ち方や体の入れ方が安定していない

この違いは当たり前で、

どちらが正しいという話ではありません。

ただ、同じコートでプレーすると、 

接触の基準が違う人同士が

同じプレーを見ても感じ方が全く違う。

セルフジャッジでは、

この“感覚のズレ”が表面化しやすい。 

だからこそ、思いやりや配慮が必要になります。

■ セルフジャッジが生む“思いやり”と“交流”

セルフジャッジの良さは、 

ただ審判を置かないというだけではありません。

むしろ、 

チーム同士の関係性を良くするきっかけになる。

・相手のプレーを尊重する
・危険なプレーを避ける
・お互いに声を掛け合う
・トラブルを避けるために配慮する
・試合後に自然と会話が生まれる

セルフジャッジは、 

「自分たちで試合を作る」という意識を生みます。

その結果、 大会が単なる勝敗の場ではなく、

 交流の場・コミュニティの場 へと変わっていく。

■ 先日の大会で起きた出来事

〜セルフジャッジだからこそ生まれた“選択”〜

先日の大会で、

試合中に接触プレーへの不満が爆発し、 

一時的に試合続行が難しくなる場面がありました。

もちろん当事者はヒートアップしていました。 

しかし、驚いたのはその後の行動です。

ほんの少しの時間で冷静さを取り戻し、 

互いが自発的に謝罪するという選択肢を選んでくれた。

私はこの瞬間を見て、心から感動しました。

正直に言えば、 

こんな場面で「双方が謝罪する」という選択を

取れる人は多くありません。 

大人でも難しい。 

スポーツの場ならなおさらです。

でも、この大会ではそれが起きた。

これはセルフジャッジだからこそ

生まれた現象だと思っています。

審判がいて「裁かれる」構造ではなく、 

自分たちで試合を作るという意識があるからこそ、

 “関係を壊さない選択” を自然に取れる。

この出来事は、

セルフジャッジの価値を象徴する場面でした。

■ 私の大会では「順位=景品」ではない

〜景品目当てのガツガツした試合を避けるために〜

もう一つ、私の大会の特徴があります。
順位による景品提供をしていません。

もちろん大会なので順位は大事です。

 勝敗があるからこそスポーツは面白い。

しかし、

順位と景品をセットにすると

どうしても 景品目当てでガツガツする試合が発生する。

・過度な接触
・無理なプレー
・不満の爆発
・トラブルの原因

こうした雰囲気は、

私の大会が大切にしている 

「楽しさ」「安全」「交流」とは真逆です。

だから私は、 

順位と景品を完全に切り離す仕組み を

採用しています。

■ 表彰式は“じゃんけん大会”

〜順位に関係なく、誰でも景品を選べる〜

私の大会では、 

表彰式で チーム代表者同士の

じゃんけん大会 を行います。

そして、 

勝ったチームから好きな景品を選べる。

順位は順位として大切にしつつ、 

景品は「誰にでもチャンスがある」仕組みにすることで、

・ガツガツしすぎない
・フェアな雰囲気が保たれる
・交流が生まれる
・最後まで楽しい

景品が“ご褒美”ではなく“イベントの一部”になる

こうした大会の空気感を作ることができます。

■ まとめ

誤審は人間だから当たり前

審判報酬は運営費を圧迫する

その分を景品として参加者に還元したい

セルフジャッジにはデメリットもあるが、

最初から想定済み

選手の接触基準はプレー環境によって大きく異なる

思いやりと配慮がセルフジャッジの鍵

実際にトラブルが起きても、

参加者が自発的に関係修復を選んだ

景品は順位と切り離し、

じゃんけん大会で公平に提供

大会の目的と審判方式が一致していれば、

参加者は納得する

これからも、 

参加者が楽しめる大会を作るために、

 セルフジャッジというスタイルを大切にしていきます。

 

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最近思うこと
仕事ってなんだろう?

生活のための給料を稼ぐ手段。

自分の時間を会社に売っている感覚。

自分のスキルや成長のために働く。

会社での地位を上げることがすべて。

これらは全部間違いではない。



どれか一つが正解で、他が不正解なわけじゃない。

たぶん、その日の自分の調子や、

置かれているフェーズによって、

この四つの間を行ったり来たりしているだけなんだと思う。

家賃や生活費のことで頭がいっぱいな月は、

仕事は「生活のための給料を稼ぐ手段」でしかない。

それでいい。生きるための土台がなければ、

成長も地位も語れない。

打ち合わせに追われて、

自分の意思とは関係なく予定が埋まっていく週は、

「自分の時間を会社に売っている感覚」が強くなる。

この感覚を否定する必要はない。

むしろ、それに気づけているということは、

自分の時間の価値をちゃんと分かっているということだ。

新しいことに挑戦できて、

少しずつ手応えを感じられているときは、

「自分のスキルや成長のために働く」という感覚が前面に出てくる。

この瞬間のために働いている、

と思える時期は、正直そんなに多くない。

そして、認められたい、評価されたい、という気持ちも、

消そうとしなくていい。

「会社での地位を上げることがすべて」だと感じる自分がいても、

それは向上心の裏返しでしかない。

大事なのは、今の自分がどの感覚に近いのかを、

たまに立ち止まって確認すること。

四つのうちどれか一つに固定してしまうと、

しんどくなる。

「稼ぐ手段」だけに固定すれば、働く意味を見失う。

「時間を売っている」だけに固定すれば、仕事が苦痛になる。

「成長のため」だけに固定すれば、結果が出ない時期に潰れてしまう。

「地位がすべて」だけに固定すれば、他人と比べ続けて疲れてしまう。

仕事の意味は、一つに決めなくていい。

その時々で、揺れながら持っていればいい。

 

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フットサル団体を運営するスタイルには、

いろいろな形があります。

参加予約をしっかり管理して運営するスタイル。 

そして、私たちのように「自由に参加できるスタイル」。

参加予約が必要なのは初回だけで、

2回目以降は予約なしで自由に参加できる、

というやり方です。

どちらが正しくて、どちらが間違っている、

という話ではありません。

参加者にとって参加しやすいスタイルを選ぶ、

それだけのことです。



参加者にとっては「選択肢」の違い

参加者の立場から見れば、

これは単純に好みの問題です。

毎回きちんと予約をして、

確実に参加枠を確保したい人もいれば、

その日の気分や体調、

予定に合わせて「行けそうなら行く」という

スタイルの方が気楽でいい、という人もいます。

どちらのスタイルにも、

それぞれに合う参加者がいます。

でも、運営者目線ではまったく違う

参加者から見れば些細な違いに見えるかもしれませんが、

運営する側の視点に立つと、

2つのスタイルはまったく別物です。

管理型の運営は、

予約状況を常に把握できる分、

開催に必要な人数が集まらなければ、

運営側から参加者に声をかけて催促する必要があります。

手間はかかりますが、

人数をコントロールしやすいというメリットがあります。

自由参加型の運営は、その真逆です。

予約管理という手間がない代わりに、

「今日は何人来てくれるか分からない」という人数不足のリスクを、

運営側が丸ごと背負うことになります。

催促もできなければ、コントロールもできません。

参加者を信じて、すべてを委ねるしかないスタイルです。

つまり自由参加型は、

運営者にとっては気楽なようでいて、

実は一番リスクを負う運営スタイルだとも言えます。

だからこそ、自由参加型の団体はほとんどない

実際のところ、

世の中のフットサル団体のほとんどは「管理型」です。

予約フォームやLINEグループで参加者を管理し、

人数が足りなければ声をかけて調整する。

これが一般的なやり方です。

一方で、私たちのような「自由参加型」の団体は、

ほとんど見かけません。

運営側のリスクが大きいスタイルだからこそ、

あえてそこに踏み込む団体が少ないのだと思います。

でも裏を返せば、それこそが差別化になります。

予約の手間なく、気軽にふらっと参加できる。

そんな場所を求めている人にとって、

自由参加型の団体は貴重な選択肢になります。

運営リスクを負ってでも、

このスタイルを続けているのは、

参加してくれる方に「一番気軽な形」を提供したいからです。

どちらのスタイルが優れているという話ではなく、

選択肢の一つとして、こういう運営の仕方もある。

そう知ってもらえたら嬉しいです。

 

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