伝えようとするのではなく、見てくれていることを信じて、正しいと思うことをやり続けるのが一番のメッセージになるのかもしれないと思ったり。

夏に友達とキャンプに行こうと約束していた。けど、夏には他の予定を入れることになりそうだ。多分、主人は、約束やぶっても、他に大事なことができたんだから、仕方ないだろうとくらい思っているかもしれない。

ここで、また過去のことが思い出されて良くないことが自分の心の中で起こる。
良くないことがあったら治すから全部言ってと言われ、
それを信じて、
約束は簡単に破ったらあかんって、その人の気持考えないかんって
言い続けてきたことを思い出す。
けど、守られなかった数々の事を思い出す。
更に、守らないことがなぜ悪いのかと不機嫌になり、キレられ、怖い思いをしたことを思い出し、
やっぱり無理なんだという気持になり、ブルーになってしまう。
そして、また、「勝手に決め付けるな」との罵声も聞こえてくる。

良くない。
けど、ここは、主人に何かを伝えようとするのではなく、
私が先方にしっかりとお詫びをする事を通して、
何かを感じて貰えることを期待するしかないんだろうな。
そしたら、きっと、「ちゃんと言葉で伝えないとわかるわけないやろう」
という罵声が聞こえてきそうだけど。。。

よく分からないや!
DV関係の本を読むことで、知らない世界への扉をひらいてくれる。彼がなんでそういう言動を取るのか、もしかしたらこういう背景があったのかもしれないということを考えるきっかけを与えてくれる。けど、色んな本を読んでしまったからか、なんか変だという気持ちがありながらも、解消せぬまま結婚に踏み切ってしまった自分の判断の過ちを責めてしまうことが多くて、ちょっと良くないや。付き合っている時から、DVは見抜けるとかかれていて、その通りだな。付き合っていたころのあれこれが思い出されて、そのたびに丁寧に謝ってくれて、治すからと言ったその言語を信じてしまっていたけど、どんなに学習能力が高くても簡単には治らないって分かって、心が今日の天気のようにどんよりしてしまって、良くないや。

本読むメリットはたくさんあるけど、読んだことによって自分の中に出てくるこの悲しい気持はどうしたらいいんだろうか。目の前にいる両親や娘としっかり向き合えなくて良くないや。

以下は今朝思い出してしまってブルーになってしまったことだから、元気のない方は読まないほうがいいかもしれない。そんな記事、書いちゃってごめんね!

今朝思い出してしまったのは、ニックネームを決めるとき。付き合い始めたころ、なんて呼んだらいい?という話題になったとき。これは?あれは?と色々と聞いてみても、全部何らかの理由でぱっとしない。じゃあ、何がいい?と聞いても何でもいいという。あの時思った「あれ?」という気持ち、結婚してからもそう思う場面はたくさんある。

後、電話ごしに怒鳴られた時のこと。彼は早急に宅配業者の電話番号を教えて欲しと電話があった。だから、一生懸命調べたけれども、遅かったみたいで、「はやくしろ」とどなられた。とても怖くそれを言ったら謝って二度としないといって、その言葉を鵜呑みにしたけど、間違いだった。

クリスマスなにしようかとあれこれ色々と考えて、外は混むから彼の家で鍋をしようと、下宿先から鍋道具一式を準備して、彼の家に持って行って準備を始めたら怒鳴られた。せっかく一生懸命考えてやったのに、とても怖かったし、傷着いた。その後、謝ってきて、もう二度としない、僕の悪いところがあったら何でも治すと言ったその言葉を信じて私は懸命にメッセージを送り続けてしまったけど、意味がなかった。その労力と精神力と時間を返して欲しい。

付き合っているときは、「別れる」という切り札があったからまだ安心できたけど、結婚してしまったらそれがなくなる。そのことが怖くてなかなか彼のプロポーズにYesと言えなかったけど、今となってはその時おぼろげに感じていたことはそのまま真実になってしまったから悲しい。

約束なんて全く意味をもたない。そんな不条理な世界が一番大事な夫婦の間の世界だなんて、悲しすぎる。大事に育ててもらった両親に申し訳なくて仕方ない。そして、ふとした時に、こうやって思い出しては悲しい気持になるのも良くない。そして、結婚した今、当時なら懸命に聞いて治そうとしてくれていた(と私は素直に受け取っていた)けど、最近は、聞くことすら毛嫌いされ、切れられ、不機嫌になり、私は怖くなってしまう。なんたることだ。。

書くことで、ちょっと落ち着いてきたかもしれない。駄文を世の中にまた一つ増やしてしまった。ごめんなさい。あーあ。どないしよう!


加害者、被害者双方へのインタビュー記事です。吉廣さんの本よりは大丈夫だったけれども、これも精神的に重くのしかかるものがあり、1章と4章は読んでしまったが、とても気分が重たくなってしまった。
エピローグにあった、加害者の心理に精通している専門家の話が参考になった。日本ではまだまだ加害者が受けられるサポートは少ない中でも取り組んでいる方。

メンズサポートルーム
〒607-8451 京都府京都市山科区西野八幡田町15-20
075-502-4860

メンズサポートルームカウンセラー 相沢道明
立命館大学助教授 中村正

加害者が暴力を辞めようとしている人にとってはいいかもしれないとのことだった。
草柳和之が触れられていなかったのはなぜだろう。彼はもう少し後に出てくるからなのか、それとも心理療法に重点をおいているからなのか?

暴力そのものを悪いものと思っていない人にとっては、カウンセラーをも自分の思い通りにやりこめてしまい、意味が無いとのことはジェイコブソンの本から学んだ。悪いものと思っていない人には、法律の勉強をしながら、自分の身を守方法を考えることが最も大事だと思う。DVといっても色んな種類がある。その分類を持たずに、DV加害者というくくりで書かれている当事者の証言を読んでしまうと、何もかもが怖くなってしまうけど、それは間違っている。ジェイコブソン・ゴッドマンの本でその分類が少し頭に整理されて、良かった。


・・・(以下引用メモ)

193 私は、この問題に関して、専門家があまりにも怠惰であると憤りさえ感じるときがある。DVの被害者の心理に精通している優れた専門家は少なくないが、加害者の心理に精通している専門家は、私た知る限り五指に満たない。

そういう状況下で、非常にほそぼそとではあるが、加害者が暴力をやめるための支援をはじめた市民団体がある。京都市に事務局がある『メンズサポートルーム』だ。カウンセラーの味沢道明さん、立命館大学助教授の中村正さんが2000年4月に解説し、定期的に『非暴力ワークショップ』『非暴力を語る会』などを実施している。(略)2001年4月には、被害者支援の団体との共済で、『脱暴力支援者要請講座』を大阪市で開催し、加害者ケアのノウハウを啓発的に広めていく活動もはじめた。

これは、個人の病理に対する治療ではありません。多くの男達が加害者あるいは抑圧者にならざるを得ない社会の構造に意識を向けないで、問題を個人の問題に還元しても、対処療法的な一時しのぎにしかなりません。それでは根本的解決には程遠く、困難は次々と発生してきます。

加害行為に対してノーであって、加害した人格に対してノーではありません。憎むのは行為であって、人格ではないのです。

男性が加害者せいを認めないのは、自らの被害者せいを認めないからだと私は仮説を立てています。

-加害者之人格の特徴はなんでしょうか?
相沢 自尊感情が低く、他人の評価に依存する傾向の強い人が多いのではないか、という印象があります。そんな人は妻や恋人が、自分の努力に対して正当な評価をしないと感じたら、自己嫌悪になり、他社憎悪に容易に転化するのではないかとも思います。彼にとって傷ついた男のプライドを回復させるのは、怒りによる暴力しかないのでしょう。

加害者自らが暴力をやめようと努力しているという前提においては正しいと思うし、相沢さんのカウンセリングの手法を指示する。

富田正義、2001年、『DVー殴らずにはいられない男たち』、光分社新書