「要求と閉じこもり」のパターンとは興味深かった。変化を求めて相手に何かを頼む。それを受けた相手は、変化を避けようとする。→色んな社会現象にも当てはまりそう。
あまり幸せな子ども時代を送れなかった男性に対して女性が絶対にしてはいけないこと。それは、その人への同情と、自分に何かできることがあるかもしれない、と思うこと。これは危険信号。
歴史的にみて、文化的にみて、結婚するに際しては、女性の方が男性よりもずっとずっと慎重にならないといけない。晩婚化と言われるけど、女性が慎重になって当然だ。しして、男尊女卑がまだまだ根づいているこの文化の中で、暴力を受けない男性を見抜くのはなかなか難しくなってきていることも原因だと思う。ほんと、女性よ、頑張ろう。そして、男性よ、女性のこの社会的・歴史的な立場を十分理解して、接するようにってお願いしたくなってくるわ。
・・・
129 心理学者A・クリステンセン博士と仲間たちは、言い争いの絶えないカップルに共通したやりとりについて研究した。「要求と閉じこもり」のパターンを見て言ったのだ。カップルの片方が、変化を求めて相手に何かを頼む。それを受けた相手は、変化を避けようとする。こうした関係だ。だんだんと言い争いが金箔してくると、頼みごとが要求に変わってくる。しかし、相手はそれを避けたいので、一人閉じこもってしまう。何について争っているのかといえば、お互いの間の距離だ。要求するほうは、より親密な関係を求めるのがふつうで、閉じこもる方は現状維持か、もう少し距離をあけたいと願っている。「要求と閉じこもり」のパターンを見せるカップルは、そうではないカップルに比べ、幸せな結婚とあまり感じていない場合が多いことを発見した。
132 放っておかれる方が嬉しいコブラとは違って、闘犬には満たされることがなく、常に接していたいという欲求がある。しかし、そのわりには、自分で必要としていr他人との感情的なつながりを、うまく築くことができないのだ。その点ではコブラと共通したところがある。一言で言えば、闘犬とは、永遠に要求が満たされないことを妻のせいにする人、のことなのだ。
134 さらに、コブラよりも闘犬の夫のほうが扱いにくい。コブラは支配を嫌い、妻が二人之間で影響力を与える側に経つと攻撃してくる。ただし、支配されなければ妻を縛ることはない。闘犬は常に妻のことを事細かに観察しており、場合によっては暴力よりも精神的な重圧となる。闘犬の抱く空虚な気持は、どんなに妻が努力しても永遠に埋まることはない。
136 暴力をふるう男性に、生理的に異なるパターンをとる二種類があることは、私たちが初めて発見した
152 この章で紹介した全員が、夫を、自分がなんとか助け、世話をして、癒してあげたい、かわいそうな少年と捉え、すばらしい夫、父親になるはずだと夢を見ていた。もう少し愛情とやさしさを注いであげれば、家庭的な男性として花開くと思い込んでいた。その夢を捨て去ったとき、初めて彼女たちは別離を決心することができた。
169 コブラと暮らしている場合には、根の部分に恐ろしさが常にあるが、コブラに何かをしてもらおうと思ったり、要求をしない限り、けっこうやっていける。
170 女性が暴力をふるわれる環境にある場合には、心の虐待がひどければひどいほど、その関係を打ち砕こうとするようなのだ。(略)では、心の虐待とはどんなことを刺すのだろうか。(略) 心の虐待とは、肉体的な暴力ではなく、言葉や、そのほかの手段で相手を威圧したり、服従させたり、支配することである。
あまり幸せな子ども時代を送れなかった男性に対して女性が絶対にしてはいけないこと。それは、その人への同情と、自分に何かできることがあるかもしれない、と思うこと。これは危険信号。
歴史的にみて、文化的にみて、結婚するに際しては、女性の方が男性よりもずっとずっと慎重にならないといけない。晩婚化と言われるけど、女性が慎重になって当然だ。しして、男尊女卑がまだまだ根づいているこの文化の中で、暴力を受けない男性を見抜くのはなかなか難しくなってきていることも原因だと思う。ほんと、女性よ、頑張ろう。そして、男性よ、女性のこの社会的・歴史的な立場を十分理解して、接するようにってお願いしたくなってくるわ。
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129 心理学者A・クリステンセン博士と仲間たちは、言い争いの絶えないカップルに共通したやりとりについて研究した。「要求と閉じこもり」のパターンを見て言ったのだ。カップルの片方が、変化を求めて相手に何かを頼む。それを受けた相手は、変化を避けようとする。こうした関係だ。だんだんと言い争いが金箔してくると、頼みごとが要求に変わってくる。しかし、相手はそれを避けたいので、一人閉じこもってしまう。何について争っているのかといえば、お互いの間の距離だ。要求するほうは、より親密な関係を求めるのがふつうで、閉じこもる方は現状維持か、もう少し距離をあけたいと願っている。「要求と閉じこもり」のパターンを見せるカップルは、そうではないカップルに比べ、幸せな結婚とあまり感じていない場合が多いことを発見した。
132 放っておかれる方が嬉しいコブラとは違って、闘犬には満たされることがなく、常に接していたいという欲求がある。しかし、そのわりには、自分で必要としていr他人との感情的なつながりを、うまく築くことができないのだ。その点ではコブラと共通したところがある。一言で言えば、闘犬とは、永遠に要求が満たされないことを妻のせいにする人、のことなのだ。
134 さらに、コブラよりも闘犬の夫のほうが扱いにくい。コブラは支配を嫌い、妻が二人之間で影響力を与える側に経つと攻撃してくる。ただし、支配されなければ妻を縛ることはない。闘犬は常に妻のことを事細かに観察しており、場合によっては暴力よりも精神的な重圧となる。闘犬の抱く空虚な気持は、どんなに妻が努力しても永遠に埋まることはない。
136 暴力をふるう男性に、生理的に異なるパターンをとる二種類があることは、私たちが初めて発見した
152 この章で紹介した全員が、夫を、自分がなんとか助け、世話をして、癒してあげたい、かわいそうな少年と捉え、すばらしい夫、父親になるはずだと夢を見ていた。もう少し愛情とやさしさを注いであげれば、家庭的な男性として花開くと思い込んでいた。その夢を捨て去ったとき、初めて彼女たちは別離を決心することができた。
169 コブラと暮らしている場合には、根の部分に恐ろしさが常にあるが、コブラに何かをしてもらおうと思ったり、要求をしない限り、けっこうやっていける。
170 女性が暴力をふるわれる環境にある場合には、心の虐待がひどければひどいほど、その関係を打ち砕こうとするようなのだ。(略)では、心の虐待とはどんなことを刺すのだろうか。(略) 心の虐待とは、肉体的な暴力ではなく、言葉や、そのほかの手段で相手を威圧したり、服従させたり、支配することである。