TVドラマを観る 最終回3 中学聖日記 | 秋 浩輝のONE MAN BAND

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はじめに言葉はない

『中学聖日記』の最終回である。ネットで読んだ感想は、初め散々だったが、後半、主人公のふたりを応援する意見が大半を占めるようになった。ネット民のみなさん、あまりにも心変わりが過ぎるのではないですか(笑) かく言うボクも、黒岩くんと架純ちゃんの心の成長が最終回の後半にみられたことで、少し気分が変わったのはたしかだ。ただ、「中学生男子と女教師の恋愛は気持ち悪い」とか「淫行は許せない」などとは、初めからまったく思っていない。ドラマは倫理や道徳や正義を説くために作られるものではないはずだ。

 

だが、いくら相手のことが好きでも、相手の立場を考えることなく、ストレートに自分の想いをぶつけ、追い求めることが、相手にどれだけ負担を掛けるのか、また、周りの人間がどれだけ心配し、迷惑を蒙るのか、中学生になったのなら、それくらいの分別はつくのではないのか。また、架純ちゃんは大人の女性であり、教師でもあるはずなのに、そんな黒岩くんの想いに引き摺られて、ちゃんとした婚約者がいるにもかかわらず、ふらふらしているのは如何なものか。たとえ、好きな気持ちが芽生えたとしても、想いを殺して生徒を制するのも教師の仕事ではないのか。そんなふたりの思考、行動があまりにも幼くて、ついていけなかった視聴者が多かったのだと思う。周囲のことがまったく目に入らない「一生懸命さ」は、度を越えると「気持ち悪さ」しか感じなくなるのだ。

 

また、黒岩くんの母親、夏川結衣の架純ちゃんを糾弾するための陰湿で粘着なやり方はあまりにも大人げなく、視聴者誰ひとり共感できなかったのは当然だ。特に最終回、架純ちゃんを徹底的に黒岩くんから遠ざけるために、警察や弁護士まで利用したやり口は尋常ではない。完全にサイコである。「息子が女に誘拐された」などというサイコ母の妄言を信じるほど、警察はヒマではないと思うのだが(笑) さらに、「連絡を取ったら500万円支払うこと」などというアホな誓約書をアホな弁護士に作らせて架純ちゃんにサインさせたが、そんな馬鹿げた要求など法的に通用するはずもない。架純ちゃんはストーカー規制法に引っ掛かるようなことなど何一つしていないし。架純ちゃんに近づかれて困るのは、サイコ母夏川結衣の気持ちだけである。そんな馬鹿げたことに加担する弁護士もアホとしか思えないのだが。

 

誓約の年月日が平成2018年と書かれていたことの意味はなんだろう。こうは考えられないだろうか。架純ちゃんの記入ミスにより初めから書類は無効だったのを、サイコ母は知っていた。だが、架純ちゃんよりも、無闇に突っ走る黒岩くんの気持ちと行動を雁字搦めにさえできればそれでいいだろうと思い、わざわざ書き直しをさせることはしなかったのだと。そもそも黒岩くんはその時点で18歳だから、あと2年経って20歳になれば、親の制約など受けなくて済むはずだ。ドラマでは、その5年後、黒岩くんが23歳になり社会人になった時に、サイコ母は書類を金庫から出して黒岩くんに渡し、黒岩くんは架純ちゃんに渡した。「よく我慢できたわね。もう、あなたたちは自由にしていいのよ」ということだろう。「実は良い母親だった」「母親の気持ちも解る」などと称賛するネットのコメントがたくさんあったが、ボクは決してそうは思わない(笑) 多少気持ちは理解できないではないが、ふたりを引き離した方法があまりにも狡猾、かつ陰湿過ぎる。

 

ふたりがいったん別れる時、黒岩くんは、架純ちゃんの未来の幸せを願った。「お別れだけど、聖ちゃんには幸せになって欲しい」と。18歳になってやっと黒岩くんは「聖ちゃんを自分のものにしたい」という我欲を捨て、相手の幸せを心から願うことのできる大人になったのである。架純ちゃんは黒岩くんの母の気持ちを慮って完全に身を引き、自分の道を歩み始めた。このドラマがふたりの成長物語であるとするなら、ここで話は終わらせるべきだったと思う。