短編小説 凪子8(全10話) | 秋 浩輝のONE MAN BAND

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はじめに言葉はない

 岡野課長は警視庁に連れていかれ、3時間に渡って尋問されたが、主張はまったく変わらなかった。証拠がないのに、これ以上拘束すると人権問題にもなりかねないので、下坂は岡野課長を返すことにした。それに岡野課長が犯人というのは、どこかしっくりこないと下坂は感じていた。


 凪子の家族には、育ての父親光男の失踪をはじめ、何らかの闇があるように感じる。岡野社長が凪子の実の父親であるなら、そちらを突っついてみる手はあるが、凪子が育った土地や環境、近親者を探ったほうが、より早く犯人…真相に辿り着くんじゃないかと下坂は思った。下坂は石村を連れて、凪子の故郷である愛媛県の東温市へ行ってみることにした。

 

 凪子は高校を卒業するまで愛媛県東温市の山奥にある田舎町に住んでいた。一人っ子で高校を卒業するまで、光男夫婦と光男の両親と同居していた。ただし、光男は凪子が高校2年の時、蒸発してしまったということが愛媛県警に問い合わせて判明している。

 凪子が東京の大学に合格したのを機に、母娘は愛媛を出て上京、大学の近くのアパートに引っ越した。淑子が愛媛を離れたのは、光男の両親と折り合いが悪かったからである。光男が行方不明になった以上、一緒に暮らすことはできなかったのだろう。そして、大学を卒業、大帝国印刷に就職が決まると、凪子は淑子から離れ、ひとり暮らしを始めた。


 下坂と石村は、飛行機で松山に飛んだ。松山空港から東温市まではバスを乗り継いで1時間半くらい掛かった。さらにバスを降りてからタクシーで30分走り、やっと着いたその町は、山の中腹にある田舎町だった。
 光男の母親の有沢初子はまだ健在だということだ。80歳過ぎだが、まだ畑仕事をしているという。
 ふたりが実家を訪ねると、初子は中にいた。突然、刑事が来たことに驚いている。


「光男のことですか……。もう生きとらんもんと思いますけん」
「それはどうしてですか?」
「あの女に殺されとるに決まってます」
「あの女?」
「嫁の淑子のことです。あんなひどい女を嫁にもろてからに……。凪子は光男の子供やなかったなんて、しかも血液型まで嘘ついて、ずっと隠してたやなんて、光男が怒ったのも無理はない。そう思いませんか、刑事さん?」
「ええ、まぁ…それはおいといて、そのことで、光男さんは淑子さんにひどい暴力を振るい続けていたと聞いてますが、それはほんとうだったんですか?」
「そんな破廉恥なことしたら、殴られてあたりまえでしょう? 私なんか、死んだお父ちゃんにしょっちゅう殴られてましたがな。淑子みたいなひどいことせんでもな。光男は親の私が言うのもなんやけど、優しい男でしてな、女に手をあげるような子やなかった。そんな光男が手をあげたっちゅうことは、よっぽどひどい女やゆうことですけん」

「よく解りました。ところで、凪子さんが殺されたこと、もちろんご存知ですよね?」

 

「あぁ、淳子さんから葬儀にこんかと言われました。ほやけど、体がきつうてやめました。それも淑子の仕業やないですか? 光男だけじゃ物足りんで、凪子まで殺しおってからに。殺人鬼ですわ、あの女。刑事さん、はよ淑子を逮捕して死刑にしてください! ほやないと、光男も浮かばれんけん」
 初子はハンカチで涙を拭いながら言った。
「ところで、光男さんと凪子さんの親子関係はどうでした?」
「ふたりは……仲良かったと思いますよ。ほんとうの親子以上に……」

「ほんとうの親子以上に?」
「まぁ、凪ちゃん、ほんと可愛かったけん……」

 下坂と石村は初子に丁寧に礼を言って、有沢家をあとにした。

 

 下坂は近所の家に聞き込みに回ることにした。有沢家の隣の家を訪ねた。出てきたのは高齢の女性だった。

「有沢光男さんですか……もう10年近くになりますかな。行方不明になった時は、そりゃ大騒ぎでした。ちょうど台風がきとった時やってな。雨風が強かったもんやから、谷へ滑り落ちたんやないか、川に流されたんやないかと心配してな、消防団の若い人らもぎょうさん出てきて探し回ったんですが、とうとう見つかりませんでした。淑子さん? なんか変な感じやったですな」
「変な感じというと?」

「妙に落ち着いとるいうか、自分が大騒ぎして探してくれっちゅうことやったのに、数日したら、なんかあんまりそんな必死な感じがのうなって……。ひょっとしたら、このところ喧嘩が絶えなかった淑子さんが殺したんやないかと、噂しとった人らもおりました」
 

「光男さんとお嬢さんの凪子さんは、どんな感じでしたか?」

「そりゃもう、仲良しで…まるで恋人同士みたいに、手を繋いで歩いとったのを見たことあります」

「手を繋いで?」
「あのふたりはおかしな関係だと噂されとりました」

「おかしな関係とは、具体的にはどういう……」

「はぁ、ゆうてええもんかどうか……」
「ぜひ、聞かせてください。ご存知かと思いますが、凪子さんは殺されました。犯人はまだ捕まっていません。その手掛かりがないかと、こうしてお訊ねしているんです」
 下坂の強い口調に老婆は押されたように口を開いた。 


(続く) 

 

 

2015.3.6