「こんなことになっておまえも辛いと思うが、きっとこれはわしへの天罰なんだ」
「何が天罰だ! そんなものあってたまるか! 凪子を失った俺の悲しみは父さんには解らんだろ!」
「私だって辛いんだ。大事な一人娘を失ったんだからな」
――えっ、いったいどういうこと? 凪子を失った俺の悲しみ? 大事な一人娘?
「お前たちが、どんなに愛し合っても、絶対に結婚だけはできなかった」
「あぁ、俺たちの結婚を、どうしてそこまで頑なに反対するのか、さっぱり解らなかったよ。凪子が腹違いの妹だったなんて、ずっと知らなかった。父さん、なんて罪深いことをしてくれたんだ!」
「庸史、ほんとに済まない、許してくれ! 若気の至りだったんだ」
岡野課長と凪子は恋人同士だったんだ……。青天の霹靂とはこのことだ。しかも、ふたりが腹違いの兄妹だということをずっと互いに知らなかっただなんて…なんて運命は残酷なんだろう。おそらくその事実を知っている人間は、会社ではひとりもいないに違いない。ふたりはそんな素振りを、おくびにも見せたことがなかったからだ。
凪子の部屋があんなにシンプルだったのは、岡野課長の趣味に合わせていたのだろう。去年の正月、岡野課長のマンションで行われた新年会に呼ばれたことを思い出した。どの部屋もモノトーンで統一されたシンプルでお洒落な部屋だった。今考えると、凪子の部屋の雰囲気に酷似していることが解る。凪子はそれほどまでに岡野課長を愛していたんだと、和子は納得した。それはある意味、とても凪子らしい愛情の表現なのかもしれない。
「自分勝手だと言われるかもしれないが、これだけは信じてほしい。私は有沢淑子さんも、おまえの母さんも、深く愛していたんだ。有沢光男さんには、ほんとうに申し訳ないことをしてしまった。凪子を認知したかったんだが、わしの子供だと判ったのは凪子が生まれてからかなりあとで、光男さんは凪子を自分の子供だと思って可愛がっていたから、それはできなかった」
「俺たちは、父さんらの所有物じゃない! おかげで、凪子と過ごした生涯最後の日に、自分たちは腹違いの兄妹だと聞かされ、絶望感に打ちひしがれて俺は部屋を出たんだ。そのあと、凪子は誰かに殺されてしまった。なんてこった! まさか父さんじゃないよな!」
庸史は感情が高ぶり、泣き叫ぶように岡野社長に突っかかっていった。
和子は今聞いたことを下坂刑事に話そうと決意した。ひょっとしたら凪子殺害は、岡野親子が何らかのカタチで関わっているのかもしれない。もちろん、そんなことはないと信じたい。でも、真実は明らかにしたい……。和子から話を聞いた下坂と石村は、凪子の死亡推定時刻、午後10時~11時の岡野親子のアリバイ確認を急いだ。
それぞれに聴取したが、その時間には二人とも仕事を終え、自宅に帰っていたと主張した。岡野社長の奥さんは、その時間、社長はずっと自宅にいたと証言。独身の岡野課長は家で一人で過ごしていたと主張したが、その間、誰とも会っていないので、それを証明してくれる人はいないと言う。
石村は岡野課長が犯人の可能性もあると思い、さらに尋問に近い聴取をかけた。
「岡野庸史さん、あなたは有沢凪子さんとつき合っていましたよね?」
岡野課長は一瞬驚いたような顔で石村を見たあと、正直に答えた。
「はい……、つき合っていました」
「今、有沢さんが殺害された時刻は、家に帰っていたと言われましたが、嘘ですよね。あなたらしき人の声が、その時刻、有沢さんの部屋から聞こえてきたという証言があるんですよ」
あなたらしき人の声というのは石村のハッタリだ。
しばらく沈黙したあと、岡野課長は観念したかのように答えた。
「嘘をついて申し訳ありませんでした。たしかに10時頃、有沢さんの部屋にいました。でも、有沢さんを殺してなんかいません!」
「じゃあ、なぜ嘘をついた?」
「それは…疑われるのが嫌だったからです。どうか信じてください。私は有沢さんを愛していました。愛している有沢さんを殺すはずないじゃありませんか!」
「犯人が恋人の場合、みんなそう言うんだよ。愛していたから殺すはずがないってな。だがな、別れ話がもつれたり、愛情が一瞬のうちに憎悪に変わって殺してしまった例はたくさんあるんだ」
「私はあの晩、有沢さんから話があると呼ばれたんです」
「どういう話だった?」
「あまりにも衝撃的な話でした……」
「あなたと有沢さんが腹違いの兄妹だという話か?」
「な、なぜそれを?!」
「警察を甘く見るんじゃない」
「すぐに受け入れられるような話じゃありませんよ。もう天国から地獄に突き落とされたような気分でした」
「絶望のあまり、心中しようとしたんだろ? だが、有沢さんを殺したあと、恐くなって逃げたんだ」
「いいえ、違います! よく覚えていませんが…ふらふらと有沢さんの部屋を出たのは覚えています」
「よく覚えていないということは、その可能性もあるということじゃないのか? まぁ、いいだろう。あとはゆっくり署で話を聞かせてもらおうか」
