リクルートMBA | 道玄坂で働くベンチャー課長だったひと

道玄坂で働くベンチャー課長だったひと

Il n'est qu'un luxe veritable, et c'est celui des relations humaines.
Saint-Exupery(真の贅沢というものは、ただ一つしかない。それは人間関係の贅沢だ。
サン=テグジュペリ)
 

「よのなか科」実践者・藤原和博氏はリクルート出身。
 
リクルートといえば、「リクナビ」はもちろん、
「就職活動」という言葉も、リクルートの造語。
 
各種情報誌があるなかで、「アントレ」の創刊者、
高橋俊介さんとは、学生時代にお会いしました。
 
一時は世間をゆるがしたリクルート事件、
その後、衰退するどころか、実際は、事件直後3年間、
売上と利益が急速に上昇していったのです。
 
起業家輩出企業の別名をもつリクルート。
 
採用に関しては、江副社長がアポを無視して、
採用面接を優先させ、即断即決で採用。
 
藤原氏は東大卒で、外資コンサルからも
勧誘がありましたが、リクルートという生きた
「ビジネススクール」で、自ら鍛えることを選択。
 
「営業マンは、客先の担当者を偉くすることを
目標とせよ!」とマネージャー時代は部下を叱咤。
 
リクルートの強みはハイブリッド型にあり、
大阪人が発想し、東京人が事業化。
 
営業に関しても、関西の泥臭いドブ板営業と
関東の理詰めの営業によるタッグ。
 
リクルートに起業家が多い理由は3つ。
 
1 創業時、徹底的に人手不足だった
2 社員持株制度による持ち株比率の高さ
3 組織のマネージャーになるための制度保証
 
リクルート事件後も、顧客から社員個人への信用が厚く、
「堂々と商売をしなさい」と逆に励まされ、
会社の看板でなく、「個人」で勝負する体質が形成された。
 
「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」と、
リクルートマンシップ。
 
新規事業は、起業家チームだけでは「儲かる事業」にはならず、
引き継いだ人が、システム化、効率化を図り、
コスト削減し、営業活動しつつ、利益体質を固めていくのです。
 
自分も現在、後者の立場にあり、
事業立ち上げ時には、まだ入社していませんでしたが、
現在、課長として利益体質にするようにし、何とか、
目処が立ちそうな状態になってきております。。


リクルートという奇跡 (文春文庫)/藤原 和博

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