ご存知の方も多いだろうが、「クーザ」は、シルク・ドゥ・ソレイユという団体が行っている移動ツアーの1つで、言わば「動物なしサーカス」あるいは「集団大道芸」といったものだ。
つな渡りや組体操に踊りや手品などを織り交ぜて、ストーリー性のある魅力的なショーに仕上げている。
私は体操演技などを見るのが好きなので(自分では全くできないが…)、クーザを見る前から非常に楽しみにしていた。
そして、実際に見てみると、そこには、「人は訓練次第で、ここまでできるようになるのか!」という驚嘆の世界があった。
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ところで、私は英語教師である。
大人を対象として、文法の基礎をゼロから教えると同時に、基本的な発音も個別に指導している。
入会して間もない生徒は、たいてい、「L」と「R」の発音、あるいは「F」や「S」の発音などに苦しめられる。
どの発音に苦労するかは人それぞれだが、すぐに上達する人もいれば、何週間経ってもなかなか上手くならない人もいる。
そして、なかなか上手くならない人の中には、「自分には無理だ」と心が折れそうになる人もいる。
そういう時期の生徒には、私は、知り合いの脳神経科学のドクターが私に教えてくれたことを話すことにしている。
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そのドクターは、ある日飲み会の席で、私にこう言った。
「人の脳は、自分が信じた方向に向かって、あれこれと思考を展開していくんですよ。」
「例えば、何か新しいことを始める最初の時点で、自分にそれが達成できると信じた人は、たとえそれが一見不可能と思えるような困難なことでも、脳がフル活動して、途中にどんな課題がいくつあって、1つ1つをどうすれば克服できるか?という方向で思考していき、最終的には全てをクリアして、本当に自分自身を達成できるようにしてしまいます。」
「ところが、最初の時点で、自分には達成できないと信じてしまうと、仮にその人に達成可能な潜在能力があったとしても、その人の脳はフル活動して、自分ができないと思う理由や根拠や言い訳を考え出してズラリと並べてしまい、結局は本当に自分自身をできなくしてしまうのです。」
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つまり、このドクターによれば、最初に「できる」と信じるか、「できない」と信じるかで、脳の思考の方向が決まってしまい、現実の結果にまで影響を及ぼす、ということなのだ。
だから、「信じる者は救われる」という格言らしき言葉も、あながち「非科学的」ではないということだそうだ。
例えば、世界で初めて「バク宙」を成功させた人のことを想像してみる。
それがどこの誰だったか知らないが、仮にAさんとしよう。
Aさんの周りには、それまでにバク宙を成功させた者はいない、という状況だ。
今でさえ、実際にバク宙をやっている人がいても、私にはどうしてそれが可能なのか、不思議でたまらない。
「バク転」は一度手をついて後方に回転するのだが、「バク宙」は手もつかずに、空中で後方回転するのだ。
誰もやったことがないという状況で、それでもAさんは「自分」を信じて、おそらくたくさんの失敗や怪我を繰り返して、できるはずだと諦めなかったのだろうと思う。
失敗したり怪我をしたりする姿を見て、Aさんの周囲の人達は、必死になってAさんをやめさせようとしたかもしれない。
しかし、Aさんは、「自分を信じる」ということをやめなかった。
そして、Aさんはついに、バク宙を成功させたのだ。
「自分にはできる」と信じる気持ちが、それまでに不可能とされていたことを可能にする。
私が昨日見たクーザも同じだ。
どんな人間離れした演技も、一番はじめは、誰かの頭の中に浮かんだイメージだったはずだ。
そのイメージを実際に人間の体を使って実現させようとしても、おそらく、ほとんどはすぐには上手くいかなかったことの方が多かったのだろうと思う。
最初に少しやってみて、「これは人間には無理だ。だって前例がないのだから。」と言って諦めてしまえばそこでおしまい。
しかし、「一見無理に見えるけど、俺たちならできるはずだ!」と信じることができれば、きっとそのうち成功し、最終的にはお客さんの前で披露されることになるのだ。
こういった考察を、私は、昨日クーザを見る前からしており、そういう目でクーザの演技を見ていた。
観客にアッと言わせる演技はもちろん、何気ない演技の裏にも、それぞれの演者が「自分を信じる」ことを続けてきたのだろうということが伝わってきた。
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生徒が発音や文法の理解で苦しんでいる時、
あるいは、私自身だって、自分のやりたいことがなかなか思うように進まない時、
そんな時は、「何かを成し遂げるために最初に必要なことは、自分にできると信じることだ!」ということを語り伝えたり、あるいは自分にも言い聞かせよう。
昨日のクーザは、そういうことを私に再認識させてくれた。
サンキュー! クーザ!