「can」−「must」=「ゆとり」 | ~俺もないけど心配するな~

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デュープラー英語学院の代表、hisasueの気ままなブログ

先日、友人と電話で話していて、「どうしたらゆとりって持てるんだろう?」という話になった。

ゆとり。

誰もが求めるものではないだろうか。

精神的なゆとり。

物質的なゆとり。

経済的なゆとり。

能力的なゆとり。

時間的なゆとり。

空間的なゆとり。


どんな「ゆとり」でも、あればあるほど、「心」が安定してくる。

逆に、「ゆとり」がなければ、「心」は安定しない。


思うに、「ゆとり」は「引き算」ではなかろうか。
「can」から「must」を引いたもの、それが「ゆとり」


「can」というのは「できる」ということ。

「must」というのは「しなくてはならない」ということ。


そうだとすると、現状よりもゆとりを大きく持つには、次の2つのどちらかをすれば良いことになる。

1.「can」を今よりも大きくする。
2.「must」を今よりも小さくする。

「can」を大きくするには、「成長」あるのみ。

「成長」していくことによってゆとりが大きくなるのだ。これ、当たり前。

ところが、「成長」などというものは、そうカンタンに手に入るものではない。

「成長」には「時間」もかかるし、「努力」も「忍耐」も必要だったりする。


そこで考えるべきは、「must」を小さくするという方向性だ。

「must」の中には、「本当にそうしなくてはならない」というものもあれば、中には、「自分自身の独特な価値観」によって「そうしなくてはならない」と思い込んでいるものもある。

特に、「価値観・考え方」に大きな偏りのある人は、他人からみて「そんなの必要ないのに」という部分まで「must」の中に入れてしまっている場合がある。

そういう人は、自分が「must」の中に入れているものを見ても、自分の「価値観・考え方」を見直さない限り、決してそれらを「must」の外に出すことはできない。

自分が「must」と信じていることを「mustではないかもしれない」と思えたら、そこが「ゆとり」への第一歩なのではないだろうか。

「must」の中のものを外に出して、「mustではない」としたところで、命まで取られるなんてことは、まあ、ほとんどないだろう。


「can」を大きくしながら、「must」を小さくしていく。

「ゆとり」を持つには、この2つの方向の両方を考えると良いと思う。