先日、友人と電話で話していて、「どうしたらゆとりって持てるんだろう?」という話になった。
ゆとり。
誰もが求めるものではないだろうか。
精神的なゆとり。
物質的なゆとり。
経済的なゆとり。
能力的なゆとり。
時間的なゆとり。
空間的なゆとり。
どんな「ゆとり」でも、あればあるほど、「心」が安定してくる。
逆に、「ゆとり」がなければ、「心」は安定しない。
思うに、「ゆとり」は「引き算」ではなかろうか。
「can」から「must」を引いたもの、それが「ゆとり」
「can」というのは「できる」ということ。
「must」というのは「しなくてはならない」ということ。
そうだとすると、現状よりもゆとりを大きく持つには、次の2つのどちらかをすれば良いことになる。
1.「can」を今よりも大きくする。
2.「must」を今よりも小さくする。
「can」を大きくするには、「成長」あるのみ。
「成長」していくことによってゆとりが大きくなるのだ。これ、当たり前。
ところが、「成長」などというものは、そうカンタンに手に入るものではない。
「成長」には「時間」もかかるし、「努力」も「忍耐」も必要だったりする。
そこで考えるべきは、「must」を小さくするという方向性だ。
「must」の中には、「本当にそうしなくてはならない」というものもあれば、中には、「自分自身の独特な価値観」によって「そうしなくてはならない」と思い込んでいるものもある。
特に、「価値観・考え方」に大きな偏りのある人は、他人からみて「そんなの必要ないのに」という部分まで「must」の中に入れてしまっている場合がある。
そういう人は、自分が「must」の中に入れているものを見ても、自分の「価値観・考え方」を見直さない限り、決してそれらを「must」の外に出すことはできない。
自分が「must」と信じていることを「mustではないかもしれない」と思えたら、そこが「ゆとり」への第一歩なのではないだろうか。
「must」の中のものを外に出して、「mustではない」としたところで、命まで取られるなんてことは、まあ、ほとんどないだろう。
「can」を大きくしながら、「must」を小さくしていく。
「ゆとり」を持つには、この2つの方向の両方を考えると良いと思う。