最近、というかこの何年かの間に、いつの間にか店の会計時などに、
「1000円からお預かりします」
という言い方が当たり前に使われるようになった気がする。
最初これを聞いた時は、「から」という言い方にかなりの違和感を覚えた。
「から」は要らないだろうし、どういう意味でこの言い方が使われるようになったのかいまだによく分からない。
最初は違和感があったものの、こうもあちこちで耳にするようになると、もはやそういう言い方が当たり前のような気がしてきてしまう。
たまに自分でも「1000円からで」とか言ってしまうこともあるが、たいてい言ってから「あ~、“から”って言っちゃった」と反省する。
英語を教えているからだろうか、自分が話す日本語が正しいか気になってしまうのだ。
しかし、言葉というものは時代と共に変化するものだ。
今では誰もが当たり前のように使うような表現を、いつまでも「それは正しい日本語ではない」と頑固に譲らないのも私は賛成しない。
英語も同じだ。
例えば、関係副詞の「how」は元々先行詞が「the way」の場合に使われていたものだ。
しかし今では「the way how」とは並べず、「the way」のみか、あるいは「how」のみか、どちらか一方のみで表現するのが「正式な言い方」とされている。
おそらく、かつては「the way how」が正式だったものが、時代の流れで変化したものなのだろう。
ある時、権威のある辞書や文法書が「この表現が正しい」と言い出せば、右に習えで一般の辞書や文法書も同じようにそれが正しいと認めるようになる。
日本語では、例えば「来る」に「可能」の意味の「られる」を付けると、正式には「来られる」だが、実際には「来れる」と言う人は多い。
これを「ら抜き言葉はけしからん」と言う人もいるが、もはや普通に使われている言葉に対して、必要以上に目くじらを立てることもないと思う。
ちなみに三省堂の国語辞典では、「来れる」を正式な表現として載せている。
そういう意味では「広辞苑」はかなり柔軟に新しい語を取り入れているようだ。
最新版ではどうなっているか知らないが、そういう「現代語」の中に私がいつも気になっている言葉がある。
それは「チンする」だ。
意味は「電子レンジで温める」というものだが、おそらくどこの家庭でも「チンする」で通じるだろう。
最新版の広辞苑には「チンする」は載っているだろうか。気になる。
先日NHKの料理番組でも「チンする」という表現が使われていたのにはさすがに驚いたが、この表現が一般の辞書に正式に載る日もそう遠くないかもしれない。
しかし「1000円からお預かりします」はあまり正式な表現として認めてほしくないけどね。