笑顔のチカラ | ~俺もないけど心配するな~

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デュープラー英語学院の代表、hisasueの気ままなブログ


笑顔というものは人から人へ伝染するチカラを持っている。

相手が笑顔だと、こちらもつられて笑顔になってしまうことがある。

一旦笑顔が出ると、それまで自分を支配していた「緊張」「不安」「嫌悪」「無関心」「苛立ち」など、あらゆるマイナス感情が緩和される。

緩和されるどころか、時には「リラックス」「好意」「安心」「好奇心」「爽快感」などのプラス感情にすっかり変化してしまうこともある。

人に教えることを生業にしているからには、自分の笑顔で相手を笑顔にさせてやれるようでなければならないと思う。

しかし、これがなかなか思うようにいかない。

英語教師の私ではなく、ドライバーの私ならこれができるのだが…

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運転代行の仕事は、サービス業と言える。

代行で呼ばれて行った先の居酒屋のおかみさんやお客さんが無愛想な時、私の中で「勝負」が始まる。

この無愛想なおかみさん(あるいはお客さん)が、私の笑顔につられて笑顔になったら私の勝ちだ(笑)。

逆に笑顔にさせられなかったら私の負け。

笑顔で勝負して勝つと、相手も気持ち良いだろうが、私も気持ち良い。


これと同じことを、本業の英語教師として、なんとか取り入れたいと常々思っている。

しかし、発音を練習したり、文法を理解しようとしたりする生徒の顔は真剣だ。

時にはホッとさせてあげる為に笑顔を送ってやることもあるが、基本的には英語を学ぶというのは真剣でなくてはならないと思う。

上手な発音を身につけたり、正しく文法を理解したりするのは、生徒自身が自力でやらなくては意味がない。

教師が笑顔でホッとさせてやれば上達するという訳ではない。

生徒が一人になった時に自力で英語学習ができるようにさせてやるのが教師の務めではないだろうか。

まるで「あしたのために・その7(孤独との戦い)」を矢吹丈に分からせようとする丹下段平みたいだ。(←分かるかなぁ…)


リングに上がればボクサーは孤独だ。

コーチもセコンドも、ボクサーが一旦リングに上がってしまったら、もう助けてやることはできないのだ。

そこは真剣勝負の世界であり、コーチもセコンドもただ見守るしかない。ましてや笑顔が助けになる訳でもない。

同じように、英語を使う時には生徒は孤独になる。

たった一人で相手とコミュニケーションをとらなくてはならない。

教師がいつもそばにいて助けてあげられる訳ではないのだ。


運転代行のようなサービス業では基本的に笑顔が武器になるが、英語教師のように人に教えるような仕事では、笑顔はあくまでも補佐的な、しかも一時的な助けにしかならないことが多い。

もちろん補佐的でも一時的でも、笑顔が生徒を救うことがあるのも事実だ。
しかし、指導のメインは笑顔ではないだろう。

それでも、人の心を和らげる笑顔は、どうにかして授業に取り入れたいというのが本音だ。

きっと笑顔をうまく取り入れている教師もいるのだろう。

笑顔と厳しさのバランスは、いつだって難しい。