今日は大蓮寺の梅花講員さんたちと一緒に、一日早い釈尊涅槃会のお勤めをしました。金曜日がお稽古日なので、ずらしてもらいました。

 

いつものように本堂で、釈尊涅槃会のご和讃とご詠歌をお唱えしました。そのあとは住職が、お釈迦様がお亡くなりになった頃のお話をしました。

涅槃図をもとにしてのお話です。お弟子さんたちばかりでなく、様々な動物や虫たちまでもが嘆き悲しむこの絵は、私が寺に嫁に来て初めて見たときにびっくりして、感動した絵です。

 

この絵の解説本が出ていて、読んだことがあります。その中でも印象に残った話が、お釈迦様の足に触っているお婆さんの話です。

このお婆さんは、若いころから一度おしゃかさんのお話を聞きたいと、おしゃかさんが来てみえるという場所を訪ねますが、いつも行き違いになって、結局会えず、やっとたどり着いたときは、お釈迦様は亡くなっていたという、今の時代では考えられない話です。話の真偽はわかりませんが、通信手段が何もない時代、それでも何とかして実物のお釈迦様を見たい、お話を聞きたいという当時の人々の心が切ない話です。

 

私はこの絵を見たときから、仏教に出会えてよかったと、寺に嫁に来てよかったと思っています。

 

この涅槃の日が終わると春がもうそこまで来ているという気がしますが、でも現実はそう簡単にいかないようで、来週はまた寒波来襲とか。どうか、ひどくなりませんようにと祈りたいです。

今日は2025年の初午祈祷の日でした。実際の初午の日ではないのですが、初午に近い日曜日に設定しています。

 

今週は今冬最強寒波がやってきて、その中でも昨日は、一日中小雪が舞う寒い一日でした。三重県でも北勢地方には大雪警報まで出て、高速道路はあちこちで通行止め、なかなか大変な一日でした。

 

今日は、朝の冷え込みは強かったもののお天気は回復して、明るい青空がのぞきました。風の冷たさは仕方ないとして、寒いくらいは雨が降るよりはましです。去年は雨が降ったりやんだり、お餅やお菓子をまくのに雨の合間を縫って苦労した覚えがあります。

 

今年の祈祷希望の人はいつもより少なく12人。19歳の女性から88歳の米寿の人まで様々です。撒くものが少ない割には、拾い手がたくさん来てくれて、一人当たりの収穫は少なかったと思います。

 

以前は、この日のために屋台を組んでいましたが、屋台を組み立てる住職が高齢化したことや、万が一危険なことがあってはいけないので、ここ最近は本堂前の石段を利用して撒いています。

 

この初午のころにいつも思うのですが、太陽の日差しが12月ごろより強くなっているようにおもいます。空が明るいのです。春がもうそこまで来ているようです。

今日は立春です。いつもより一日早いかと思いますが、立春という言葉を聞くと、なぜかほっとします。たいして寒さに耐えたわけでもないのですが、日本歌曲の早春賦の心境です。

 

春は名のみの風の寒さや。谷のうぐいす歌は思えど、時にあらずと声も立てず。

 

もちろん、まだうぐいすは鳴きません。でも私は最近、うぐいすの夫婦をこの目で見ました。裏庭の木の枝にかけてある小鳥用の餌籠に入れてあるリンゴなどの皮や芯を食べに、ヒヨドリなど大きな鳥も来るのですが、たまにうぐいすと思われる小さな小鳥が2羽やってきます。栄養付けて春になったらいい声で鳴いてね、と思いながら見ています。

例年より遅いめですが、スイセンがたくさん咲いてきました。

 

最近見たテレビドラマ「ミステリーというなかれ」の劇場版の放送は、なかなか印象的でした。実はこの映画を映画館で以前に見ているのですが、2回目に見ると、なるほどと思うことがいくつかありました。

 

その中の一つが、「人間は弱くて当たり前」という言葉です。事件が解決した後、主人公の菅田将暉さん演じる久能整くんが、深く傷ついたであろう女子高校生の汐里さんに、「お母さんと一緒にカウンセリングを受けなさい」とアドバイスします。

 

アメリカでは、事件が解決した後、被害者も警察官もカウンセリングを受けることが当たり前で、受けないと元の仕事に復帰できないというのです。私も昔見ていたアメリカのドラマで、カウンセリングという言葉がたびたび出てくるのにびっくりした覚えがあります。

 

ところが日本ではそういう意識がなく、ひどく傷ついても落ち込んでいたら、男のくせにいつまでもめそめそして、など悪く言われます。自分で心に蓋をして、うまく回復すればいいけれど、そのままうつ病になる人もあるでしょう。

 

人間は弱いものであるという前提に立つと、カウンセリングを受けることは何ら恥ずかしいことではないのです。

 

これと関連していると思いますが、NHKのドキュメンタリーで放送している「映像の世紀」という番組は私が一番好きな番組で、必ず見ていますし、ビデオにもとっています。

 

先日観た番組では、戦争における兵士のPTSDについてしていました。第1次世界大戦以後、体は傷ついていないのに、手足が震えたり、歩けなくなって精神的にも異常をきたす兵士がたくさん出て、はじめは何かわからなかったそうです。

 

精神病だ、仮病だ、と言われたこともあったそうですが、最終的についた病名はPTSDでした。屈強な兵士と言えども、人を殺す、殺される恐怖は大変なものだったのです。

 

ベトナム戦争の時もこうした兵士がたくさん出て、軍は「ベトナム人は、人間以下の家畜並みの人たちだ」と、兵士に教えたそうです。なんとひどい言葉でしょうか。それでも精神を病む兵士は後を絶たず、爆弾などで亡くなった兵士の何倍もの兵士が帰国後自殺したそうです。

 

今も世界のあちこちで戦争が行われています。人間の欲の深さに絶望する反面、これを乗り越えて平和を取り戻せる力も人間にはあると思います。春の訪れが、希望に満ちたものになりますようにと、祈りたいです。