地元ではPLの花火ですな。
この日は地元では特別な感じで、本来は地元に本拠地のある芸術に関する云々(よく知らんが)に特色を持つ教団の教祖祭のイベントの一つ。
ここでも何度か取り上げているが、信者以外の住民にとっては、ド派手な花火大会。年に一度の大イベントでもある。
大阪市内で幼少期を過ごしていた頃から色々な思い出があるな。
家族はもちろん、夏休みになるとよく行ってた祖父母や伯母の家の前でスイカを食べながら観た花火、その地に引っ越したあとも中学・高校の友達の家の窓から観た花火、家人を初めて実家に連れて行って前日グデングデンになって這いつくばりながら観た花火、最後は闘病する親父との何とも云えない思いを抱きながら観た花火…。どれもこれも、地元での生活と、それぞれ特別な思い出と共にある。
規模は小さくなったとか、時間が短くなったように感じた。とか、年々寂しい話題が続くが、それでも今までみたどの花火よりもド派手である事は間違いないらしい。
歳と共に、気楽にふいっと新幹線にのって気ままに帰郷する事は出来なくなってしまって、年々様々な理由でタイミングが合わなくて、なかなか観る事は叶わなくなってしまったけれど…。
久しぶりに観たいなぁ。
来年は是非小鬼達を連れて観に行きたい。
エラい事になりました…。
シンセと出会って約40年。この世界に入って約30年…。
バンド活動は中学頃からガチャガチャと始め、形を変えつつ現在も何かと継続しているものの、表向きには裏方(ややこしいな)としての活動での方が知られているであろうわたくしめの為に、50歳を迎える記念として知人友人達が、畏れ多くも大それた企画を…。
活動停止しているものを除いて現在所属する多数のバンドでのイベントが発表され申した。
時は11月20日。場所は高円寺HIGH。発案はベラさんと団長。
思い起こせば、昨年でしたか、プノンペンモデルの怒濤のツアー最終日、下北沢はCLUB QUEでの打ち上げでの出来事。
ふとしたタイミングでベラさんが「そういやモモちゃん、そろそろ50だね。イベントやろうよ!」とその場で高円寺HIGHの予定を探り出したのが切っ掛けだったかな。
その場は、まぁ疲れと酔いで、半分冗談なんだろうと思ってたけど、ベラさんは本気だった!!
いやはや、こんな裏方風情のイベントに客来るのか!?
「モモ?モ●サムじゃないよね?誰よ!ざけんな!」ってなるよね。普通。
しかもその、誰?って人が事もあろうか高円寺でも名うての店で俺を祝えよと生誕祭??有り得ない!!有り得なぁーーいっ!!
と駄々を捏ねて数ヶ月…。ベラさんや団長の強い推しもあって、じゃぁ皆が賛同してくれたらね。なんてタカをくくってたが、いつの間にか裏でOKをとる工作は進んでいたらしく、気付けば面子は揃っていた…。
されどスッキリと返事出来ない思いは払拭出来ず。とはいえ、出演バンドは各方面に人気のメンバー揃い。熱量はすごいであろう事間違いはない。
皆さんヤル気だ!!しかし、本当に看板が自分で大丈夫なのか?その自問自答は今でも続いている。
せめてタイトルを別のものにして、ついでで誕生日祝いって事でどうか、としつこく食い下がったが、大人しく神輿に乗って担がれてくれ。という熱意に押されて承諾。
ええい、ままよ!と、捨て鉢になっている場合ではない。受けたからには演らねば!
いや、演るからには、お客さんに対しても、各メンバーに対しても誠心誠意お応えせねば。
なので、決まったからにはガッツリやらせて頂く所存でございます。
是非是非、お誘い合わせの上、遊びにいらしてキッチリ楽しんで行って下さいませ。
SNS、高円寺HIGHのHPなど詳細にご注視下さいませ。
(2018.08.01 MOMO)
11/20(火) KOENJI HIGH
『MASAYUKI MOMO 50th Anniversary』
-Live-
Loco-Apes
Pharmacy
VIDEO rODEO
HUB
COHERENCE
-Opening Act(Floor Live)-
SALT LICK LANDSCAPE
-DJ&Ambient-
SATOSHI
Open/18:30 Start/19:00
ADV/\3,500 Door/\4,000+1D
前売りは8/12 KOENJI HIGH店頭、e+にて発売予定!
http://koenji-high.com/

先日、外出した先で見つけて思わず書いてみました。(乱筆ですが…。)
地域、政治、天候、等々…周りを取り巻く環境には色んな不安要素がありますが、どうか、どんな時でも、あらゆる全ての家族が安心して暮らせる、そんな世の中になって欲しいと思いました。
自然現象や天候に苦しめられている被災者の方々、まだまだ予断は許されない感じかと思いますが、どうかくれぐれもお気をつけ下さい。
これ以上被害が拡大しませんように。
今でも時々思い出す光景がある。
専門学校時代の事で、ここんところその当時の事を色々思い出すのだが、中でも印象的な出来事だ。
ある日、教員室のライブラリーを漁りに、か、若しくは何かの機材を借りにかは忘れてしまったが、部屋のドアを開けたところ、丁度、担任(A)と主任的位置の先生(B)が話しているところで、生徒の様子を色々聞いている最中だった。
しかもグッドだかバッドだかのタイミングで、B先生の「モモはどうやねん?」の問いに、A先生が今ひとつな感じの事を言っている現場であった。
一瞬、がーん!と思ったが、まぁそもそも小さい頃から家族や親戚の間でもアカンタレ認定されて劣等感の塊だったし、中高でもさして目立つ活動も無く、先生からもいわゆる普通の学生です。と面談で云われたくらいなので、特に期待されてるとも思ってなかったし、そんな事はさっ引いたとしても、化け物級の個性が集まった学年だったし、まぁしゃあないかと聞かなかったフリしてつかつかと入室したら、A先生は一瞬表情が止まって何か取り繕おうとしているのに対し、B先生が「おう!あんまり大したこと無いモモ、どないしてん?」と話しかけて来た。
流石にどう対応していいか解らなかったが、ここで微妙な顔してもメンドくさいなと、とぼけたフリして用事を済ませて出た。
何とストレートな!!(笑
とは思ったが、逆にそれでその後、何だか肩の力が抜けたと言うか、自分の立ち位置が解った気がして、むしろ楽になった。それもあって、大概の事には物怖じしなくなった。
(キンチョーもしなくなったのはどうかと思うが…。)
そういうのもあってなのか、その後卒業するまで?否、卒業後も結構学校(主に電子音楽教室や実習室、またはそれらの準備室など)に入り浸っては家からも機材持って行ったりして好き放題してたな。
どうせ期待されてないならここの機材使い倒してやりたい事やって普段出来ない事片っ端からやろう!って。あ、勿論いい意味で。
(お陰でその後すぐ即戦力として就職する事になるんだけど、そこで好き放題やらせてもらったのが随分役立ったな。)
それは、今にも繋がるスタイルになっているのかもしれない。
ま、これは結構僕の中で核になってる部分の一つなんだけども、まさか母校での講義では口が裂けても云えないエピソードね。(笑
でも、それは今もそうで、出来得る範囲内の事は熟知しなきゃ気が済まなかったり使い倒さないと治まらないってのはあって、しかしそれでもやはり周りには化け物級の天才肌や、熟練の先輩方がウヨウヨしている。
どう頑張っても太刀打ち出来ないが、サポートする事は出来る。
元々は表に立つような器じゃない事も解っているけど、裏方で良かったなぁっていう事は今でも続いている。
一見(一聴?)、間の悪いエピソードだけど、多分これが今のスタイルの礎になっている…のかもしれないと思うと、あの場で出くわしたあの瞬間は、僕にとってプラスに働いたって事ですな。
その担任の先生もこの春お辞めになられたそうで、お疲れさまは云えなかったんだけど、その後も色々とお世話になった事も含めて感謝感謝です。
しかし、すんごい同期がいっぱい居たなぁ。
彼らは今も、その技術や才能を活かしてあちこちの現場で人の支えになったり夢を与えたりしてます。
僕もまだまだ頑張らねばね。
てな事を徒然に…。
さて、作業作業。
普段、人に褒められる為に何かをする。という事が無いため、先日次鬼とちょっとした衝突あり。
休日の夕方に、家の前で遊びたいというので付き合う。
珍しく自転車の練習をするというので自転車を出すが、二度ほど跨がって諦め、最初から乗るのは難しいからバランスの練習でもしたらとすすめたがきかず、今度は一輪車をやりたいと。
これも数回で諦め、かわりに近所のちょっと活発な同い年の男の子がやってみたいという事で渡したら、転んでも転んでもチャレンジ。数十センチだが自力で移動。
これを褒めると、次鬼ももう一回やってみるといいながらやはり巧く行かず、フェンスを持って移動の練習。
まぁこれはこれでいいかと次鬼の自転車に跨がって見てたが、近所の子がその自転車に乗りたいというので貸してあげると、スイスイ乗りこなす。
以前、まだ大きめの自転車になれない時にこれを貸した時も、最初ぎこちないながらも練習して乗れるようになったので、感心していたら、今度は次鬼がキックボードを持って来て、結局一輪車も自転車も放ったらかし。
更には近所の女の子がやれラジコンだのカードゲームだの持ち出したのにつられてそっちに夢中。
余りに根気がないので諦めてうちのものを全部片付けて撤収。
夕飯時に近所の子の根気について話していると次鬼が急にぶち切れて騒動に。
自分の子も頑張っていたのにこれを褒めず、近所の子ばかり褒めるのが気に入らなかったようだ。
そうか、あのフェンス移動は見て欲しかったからやってたのか。
キックボードも彼の中ではバランスの練習だったらしい。
そんな事は全く気付かなかった。
褒めて欲しかったからやってたのか…。
恐らく長鬼も理解してなかっただろう。彼は一見ちゃらんぽらんだけど、自分の為に努力するタイプだから。
逆に言うと、人からどう思われようと興味の無い事ややる気が無い事は一切しようとしない。
むしろ自分の達成感、人の役に立つであろう事、人が喜ぶだろう事、自分の精神衛生上やっておかねば気持ちが悪い時のみ異常なやる気を出す。
まぁ僕の気質に似たんだろう。(子供のうちからそれでは困るが…。)
次鬼は逆で、褒められる事でなければ必要である事もしない。(それでよく怒られている。)
褒められそうな事であれば、蛇足な事でも進んでやる。(それもよく怒られている。)全く逆のタイプだ。
あとで色々考えてみて、そのパフォーマンスは父親の目を惹こうと考えてやってたのかと思うとちょっと健気にも、少し不憫にも思えた。
褒めて育てるにも、その子の性格や気質も踏まえ、褒め過ぎてもイケナイんだなと少し思った。
まぁ、僕なんか、活発な姉や、近所に住む従兄と常に比べられ、何だったら罵られ、劣等感の中で生きて来たからな。
そういうのもあって、人とは違う事、人が気付かない事を一人で黙々と遂行する事が馴れっこになってしまったのかも知れない。
褒められようなんて毛頭考えていない。どうせまたいらん事して…くらいに思われてるくらいに思って生きて来た。
だから、わざわざ見える様な尽くし方をして「褒めて!」という人間を今まで理解出来ていないんだと思う。
それが全て悪い事だとは言わないけど、褒められる為だけに何かをする人にはなって欲しくない。
地味で結構。褒めてもらわなくても結構。
人の見ていないところで地道な失敗を積み重ね、泥臭く地味ではあるが小さな成功を素直に喜べる人間になって欲しい。
喩え評価をされなくても、誰かがいずれどこかで嬉しいと思う事をやって欲しい。自分しか出来ない事で人の役に立つ人間になって欲しい。
何をかは解らないけど、自分の中で「やったった!」と思える事に力と時間を無心に費やしていける粘り強さを身につけて欲しい。
どんな自分でも、どんな時でも、もっと自分に自信を持って欲しい。
誰かの目を気にするんじゃなくて、確かな自分の目を養って行って欲しい。
自分を見て欲しいではなく、人を見わたせる人間になって欲しい。本当の意味で仲間を大切に出来る人になって欲しい。
そうすれば自ずと人は集まってくれるものだと思う。
どんなに不甲斐なく思っても、パパはちゃんとお前達の事は見ている。
だって、パパがお前達くらいの時はもっと何も出来なくて、引っ込み思案で、きっともっともっと不甲斐なかったからね。
親父(ジイジ)もバアバも、きっとガミガミいいながらも何だかんだ云って見守ってくれていただろうからね。
バアバには今も心配かけ通しだけど、こんな大人になったって、親父は黙って心の支えで居てくれたし、何やってるか解らなくたって、パパが信じて身を投じているものを同じように信じて、最期まで応援していてくれてたからね。
パパも是非そうしたいと思っている。
どんな事もこれから興味を持って行くだろうけど、人様に迷惑をかける事でなければ、危険な事でなければ、どんどん興味を持って行けばいい。
パパが知っている事は何でも教えてやるから、自信と信念を持って取り組んで欲しい。
その代わり弱音は吐くな。
挫折しても、それは終わりじゃない。チャンスだと思え。
失敗を重ねるごとに自分の引き出しが増えて行くと思え。
それはその時に合わなかっただけ。いつかバッチリ合うタイミングが来る。
それは成功の一歩だ。無駄な事、役に立たないものなどほぼ無い。と思っている。
自分の持っている物とタイミングがバッチリ合った時の喜びを一つでも多く知れば失敗なんて怖くなくなる。
ただ、失敗しても、逃げたり誤摩化したりせず、直ちに失敗を認め、失敗前よりも良くなるよう修復に務めろ。
そしてとにかく真面目に、地道にドンドン行け!
そして、親父よりもパパよりも、長く人から大事にされるような人になってくれ。



