facebook内で展開されたレコードバトンでしたが、図らずも自分のこれまでの活動を振り返る機会となり、自分的にも書き記しておきたいなと思ったのでまとめてみました。
記録として。
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その1:
油断してたら、スタッフとしても演者としてもお世話になっている阿部吉将氏からバトン。
という事で、音楽人生に影響を受けたアルバム10枚……。
あまり沢山は聴いてないので絞り出してみます。
が、一枚目からズルします。(笑
「TOMITA ON NHK 冨田勲 NHKテーマ音楽集」
https://columbia.jp/artist-in…/…/discography/COCQ-85246.html
これは音楽に触れた当時出てはいないアルバムですが、これらの音源はまだ幼かった僕の脳を直撃した音楽達です。
当然こうした形での音源化もされて居なかったので、という意味でこのアルバムを先ず第一に挙げます。
特にシンセサイザーという言葉すら知らなかった頃に「何だこの音は!?」と最初に意識した子供向け教育番組のテーマ曲、教養番組のジングル等々、興味の深化と不思議な原体験をした切っ掛けになったものですが、これが冨田さんの手による物だと知ったのはずっとずっとあとの話。
とにかく電子音と正面衝突した第一撃でした。
その2:
さて、#レコードバトン 二枚目ですが、時系列で言えば他に一枚考えていたんだけど、故あって一枚すっ飛ばしてこれです。(珍しく、今一瞬だけ忙しいので曲毎のレビューは勘弁ね/汗)
クラフトワーク「人間解体」
https://www.amazon.co.jp/%E4%BA%BA%E9%96%93%E8…/…/B00005GL2S
クラフトワーク自体は、それまでも音楽雑誌やレコード屋の棚で見かけて何となくは知ってたけれど、このアルバムとの出会いはタイトルも衝撃的でしたが、この見てくれにもやられました。
当時、小遣いでレコード買うのは相当の覚悟が要ったので、最初は知り合いにカセットを借りて聴きまくり、その後レンタルレコードでダビング。ヨレヨレになるまで聴きました。
あほ小学生人生の始まりです。
その3:
#レコードバトン 三枚目。
件の、昨日アップしようとしていたアルバム。
自分の小遣いで初めて買ったのは、当時たまたま見ていた音楽番組での受賞の瞬間を目撃してしまって気になっていたTwist(世良公則&ツイスト)のファーストで、勿論かっこいいとは思って聴いていたのだったが、実は同時に姉が買ったこっちが妙に気になり、借りて聴いてるうちにハマってしまったのが原田真二の「Feel Happy」。
http://music-calendar.jp/2016022101
初めて、編曲の面白さに気付いた作品かもしれない。
のちに、この仕事に就き懇意となるアレンジャーの知り合いとも、たまたまこのアルバムの話になり、彼をもってしてもとても上質なアレンジであるらしく、珠玉のアルバムだという事を知る。
とにかく、当時のベストテン番組で知ってた曲以外にも聴き応えのある物ばかりで、’音楽’を意識させられた一枚だった。
仕事を始めてからもCDでも入手し、たまに聴き返しているが、普段自分がやってる音楽とは正反対だけど、一枚聴き終わってとてもフラットな気分になる。
その4:
#レコードバトン 四枚目は言わずと知れたこれ。
「YELLOW MAGIC ORCHESTRA」
https://www.amazon.co.jp/%E3%82%A4%E3%82%A8%E3…/…/B00007KKZ1
近くに住んでた少し年上の従姉は、小学生にとっては大人なカルチャーの情報源で、新し物好きな姉もまた僕とは違うアンテナでいつの間にか知らない物を輸入してくる人でもあった。
このアルバムも、いつの間にか姉が情報を得ていて、ある日レコード屋で姉が購入。
早速家に帰ってこの奇妙で異様なジャケットに得体の知れない物を感じつつ針を落とすと、それまでに知った、トミタサウンドともクラフトワークとも違う面白さがあった。
また、冒頭に商店街(その頃住んでた街の商店街は地元では結構大きなアーケード商店街だった)でよく見かけたゲームのあの音を模した物であった事も興味を引く要因であったかも知れない。
今考えたら「テクノとは!?」と何度か振り返る転機になった作品でもあるけど、ほどなくしてセカンドのヒットと相俟ってますますシンセサイザーでの音作り、シーケンスの構築美にどんどんハマって行く事になる切っ掛けになったアルバムでもある。
何度かここやインタヴューでも書いてるが、既に電子音楽にハマった後に引っ越した先の少し郊外ののんびりした街に、意外にも電子音楽好きの友達が何人か居て、最初は話す程度だったが、のちにエラいことが発覚。こともあろうかそのうちの一人は既にバンドもやっていて、メンバーである先輩の家には夥しい数の当時まだ高価であっただろう新製品の電子楽器が所狭しと並んでいて、中学に上がると休み毎にその電子音楽友達と連れ立ってにそこに入り浸った。
中学時代はもっぱら友達と手分けして購入したアルバムを貸し合い、ビデオレンタルでMVを借りては皆で鑑賞し、ラジオでエアチェックしたライブ放送をまねて、当時唯一触る事の出来たシンセMS-20や友人のうちの電子オルガンでコピーに興じ、当時造成途中だった、裏の工業団地で機材並べて爆音で練習、音楽雑誌を漁り読んでは友達と夜な夜な長電話で新製品についてアレコレ詮索する日々であった。
その5:
さてさて、#レコードバトン 五枚目は悩みどころ。
四枚目の流れは、後日気が向いたら分岐させるとして、次いきます。😁
意外に思う人も多いかと思いますが、これ。
「The Beatles / 1962-1966」
https://ja.wikipedia.org/…/%E3%82%B6%E3%83%BB%E3%83%93%E3%8…
こんなの挙げると、世の熱狂的な信者の皆さんにシバキ倒されると思います。
実際、これを挙げてる僕本人も意外です。(笑
というのも、自他共に認める程、僕は記憶を辿る限りでは自らの意思では全くロックを通って来てないのであります。
ただ、後々色々な辻褄を考えた時に、どうも思い当たるのが、ジャズ、ラテン、ムード音楽、スクリーンミュージック、そしてロックをこよなく好んで聴きまくっていた親父からの影響が間接的ではあるが少なからずあるかと。
切っ掛けは四枚目のグループのセカンド収録曲。また時期的にも当時の英語教師が大のビートルズファンで、わざわざ自らプリントして来た歌詞とラジカセで、活きた英語の使い方、歌詞と実際の歌唱での発音や響きの違いなど、曲に合わせて懇切丁寧に教えてくれた事だった。
それで、自宅に数あるレコードのなかで唯一親父がカセットに落として聴いていたのをこっそり自室に持ち込み、聴きまくっていた時期があった。
これは、前述のグループのリアレンジの妙と共に、原曲の持つ表現やハーモニーについてハッとさせられた一枚だった。
だから世に言うビートルズファンからは怒られそうだけど、随分遅れて(当時所属していたブラスバンド部で、演奏曲の一つとしては習っていたが)「ビートルズ」というグループを意識的に知ったアルバムであった。
でも、このお陰で、のちの仕事にもかなり共通語として知っておいて良かったし、このグループの後期の作品群なんかは、影響とまでは烏滸がましいけど、何かと自分が得意として来た手法や思想など共感する物を感じて、元祖がここにあった…!と感じた事が何度かあって、バンド活動などではいまだに一つのバイブルとなっている。
ただ、いまだにロックが何たるか、は理解し得ては居ないが、とてもスピリットを感じる物である事は間違いないようだ。
今思うと後にも先にもこの当時唯一シンセを使っていないバンドで聴いていたアルバムかもしれない。
その6:
折り返し。
ここから先が順列付け難く、また悩みそう。(汗
でも、やはり影響を受けたという事で六枚目はこれ。
「錻力の太鼓」
https://okmusic.jp/news/47588
とにかく唄モノとしてスッと入って来ただけでなく、リズムパターン、ベースライン、シンセの音色、それ以外に使用されている楽器やエフェクトの数々…。
それまでのグラムっぽい出で立ちとは打って変わって、前作と悩みましたがやっぱ「何じゃこりゃぁ!」な一枚です。
これはいまだに色んな意味でバイブルなアルバムであります。
この人達のMVも相当良かったなぁ。
これを切っ掛けに音の織り成す空間や、良い意味で曖昧で抽象的な音作り、不安定で不可思議な音の揺らぎについても考えるようになりました。
#レコードバトン
その7:
相当悩んで、同系列や支線はすっ飛ばして(何しろ十枚に収めねばならんので)次に大きな変革を迎えたアルバムとして七枚目はこれにする。
「Youthquake」
いわゆるユーロビートという言葉を知った頃に、専ら新しい音楽の情報源でもあった小~中学からのシンセ仲間やレコード屋の兄ちゃんからお勧めされて聴き出したのが最初だったと記憶してるが、とにかくシンセの嵐!どぎついミックス!これでもかというギミックが終始散りばめられて、激しいビートの物もメロディアスなミドルテンポの物も聴かせるバンドだなというのが第一印象で、ライブビデオもかなりショウアップされた物だった。
また、これ以降もバンバン出現するリミックスがまたトリッキーで、それまで割と保守的な音楽の聴き方をしていたんだなと思わされる程遊び心に溢れているものだった。
これを切っ掛けに、これらの他のリミックス等も気になり出し、様々なギミックの手法を当時の打ち込み仲間と休み毎に部屋に籠り、あーだこーだと色々試してみたりしていた時期でもあった。
また、サンプラーを攻撃的に使う!を始めたのもこの辺のリミックスから影響されたのかも知れない。
https://www.youtube.com/watch?v=PGNiXGX2nLU&feature=emb_logo
#レコードバトン
その8:
遂に #レコードバトン も八枚目。
別に8にちなんだ訳ではないけれど、次に大きな衝撃を受けたのがこれ。
「90」
https://ja.wikipedia.org/…/%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%8…
専門学校当時、よく遊んでもらってた講師でもあった先輩に勧められて聴いたのが最初。
確か気に入り過ぎてこっちに引っ越して来る新幹線の車中でもずっと聴きまくっていた。
英盤、米盤の他にも○○エディションなど複数のバージョンが存在するがどれも度肝を抜く仕上がりだった。
一言で言うなら荒削りにして破天荒なシンセの使い方だった。
遊びながら作ったのか!?というくらい同じリフを別の楽器で鳴らしたり、エフェクトがぶった切れていようがシンセのチューニングがおかしかろうがお構い無し!
でも、それが素人臭いという感じではなく、絶妙にカッコイイズレっ振りで、計算か?と思うくらいむしろ清々しい。
真似しようと思ってもこうはならない。
その後に続く数枚も、豪華なゲストを迎え、恐ろしい攻め具合であったけれど、やはりここに立ち戻る。
これまで挙げたどのアルバムも、それまでのシンセの使い方とは違うという衝撃であったけれども、これはまたそれらのどれとも違う、違うチャンネル…だけど、シンセの原点。サンプリングの散りばめ方も、最初にサンプラーを手に入れた時の面白さを思い出させてくれるような使い方で、とてつもなくエレクトリックなんだけどとてもプリミティブな印象を受ける一枚だった。
ちなみに、当時名前に騙されていた人も多かったが、使用されていたリズムマシンはR-8らしき音色が多く、その頃のスタジオでメインで使っていたリズムマシンもR-8だったので「ははぁーん、この機能使いよったな…。」とか一人ほくそ笑んでいた。(笑
その9:
#レコードバトン 九枚目。
やはり迷い続けて、迷った挙句手前味噌で済みません。
自分の音楽活動に影響…という意味で選んでみました。
「Escape」@Ambient7
https://okmusic.jp/Ambient%207
それまでも創作活動やライブ活動自体は行なって来たのですが、互いの音楽的趣味も活動エリアも職種も全く違う同士で何の助走期間も無く閃きのみでユニットを組むという、自分の中では初の試みだった。
また、初の主催イベントを開いたり、初の海外(しかも初渡航)ライブを行ったり、初の自分たちのレーベルを作ったり、初の人との本格的な曲作りだったり、初の自分(の名が刻まれた)達名義のアルバムだったりお初だらけの経験で、おそらくこれが無かったら今みたいな活動はしてなかったかも。というくらい自分の表現について改めて考えたり、他流試合的なライブの原点となった作品かも。
リンクはちょっと情報の不足してる部分もあるけど、現存する数少ないレビュー。(笑
このあと、更に二枚アルバムを作って、その間も別名義で何枚か、あとリミックスワークや楽曲提供、CM音楽や空間音響等も同じチームで沢山手がけたな。
そういう意味では、単に「アンビエント好き?」という一言で僕を引っ張り出してくれた、千可さん、池淵君には大感謝です。
これを引っさげてプロモーションやら道場破りのようなライブもいっぱいやったけど、そのお陰で沢山のすんごい知り合いや友達とも出会えたし、自分なりの即興に対するノウハウや、人と演る打ち込みについても沢山学んだなぁ。
今でも時々聴きます。
ある意味、スピーカーの前にどしっと座って「聴こう」という姿勢を諦めさせられるような音場がいいなと思っていたところ、マスタリングは当時コロムビアにいらしたH坂弘幸氏にお願いしたのですが、途中入って来られたスタッフの方に「イーノの新作ですか?」と云われて嬉しかったり恐縮したり…。(汗
それと、ここだけの話。H坂さんは検聴時にスヤスヤ寝てしまわれて、逆に「よっしゃー!」って思いました。😄
その10:
十枚目は明け方と共に。(5/15午前4時頃執筆)
これも、手前味噌ではありますが、一枚目とはまた違う形で、また九枚目とも違う初体験として、色んな意味で自分への影響を再確認した一枚です。
「イーハトーヴ交響曲」
https://www.youtube.com/watch?v=wL8rLJirHVc
正確には、アルバムに参加したというよりも、自分も参加させてもらったコンサートを収録したものですが、様々な偶然と縁を感じました。
何度もここで白状(笑)してますが、実はこの初演にはチケット買って観に行くつもりでした。
ところが、暑さも残るある日の仕事の帰りの電車でKとぶきさんからヘルプメール。
とりあえず状況を訊いて翌日早速必要な機材をガッシャガッシャ持って彼の滞在するホテルの一室へ。
恐らくバンドの仕込みか彼のライフワークに関する実験か何かだろうと思って向かったが、部屋から聴こえるのはボーカロイドの声…?
へぇ、まさかプノンペンで使うのかな?くらいに思って、質問したら違う。と云う。
じゃぁ何か別のプロジェクトかと訊くとどうも口籠ったあと、メンバーを訊ねると、オケと合唱団と…トミタイサオ…?え?冨田さん?どういう事?
てな事で、さしあたって云われるがままにごそごそやってるうちに、いつの間にかお手伝いする事に。
そしていつの間にか本番のステージにも出る事に。
そして更にツアーにも参加する事に。
そして更に海外にも遠征する事に。(※あれ?もしかしたら5年前の今頃ちょうど北京に居た頃か?)
そして更に次回作にも参加する事に…。
思えば色々大変ではありましたが、記憶を辿れば色々楽しい事ばかり。短期間ではありましたが非常に濃い、とても長く感じるくらい皆さんにはお世話になりました。
冨田さんとの会話や、このくらいの時間によく交わしていたメールも楽しかったなぁ。
ってアルバムの内容と全く関係なかった…。(汗
そう、僕も幼少の頃から宮沢作品は好きだったので是非観たいと思っていたんだけど、結果的には映像で観る事に。(笑
マスタリングもお邪魔して、とても思い出深いアルバムです。
奇しくもツアーの最初が花巻。最後に冨田さんとご一緒したのが盛岡。まさにイーハトーヴ。
とてもいい作品なので、また再演あるといいなぁ。
これにて #レコードバトン ひとまず完。
何方に回すか、または回さないか、番外編などなど、また改めて考えます。
有り難うございました。
m(__)m