💭「なぜか、場の空気を壊してはいけない気がする」
💭「自分が何とかしなきゃ、と焦ってしまう」
💭「本当は疲れているのに、笑顔を作ってしまう」

 

そんな感覚、ありませんか?

 

今日は、今年の元旦に実家へ帰ったときの話を

少しだけ書いてみようと思います。

 

🌫 実家で感じた「私が何とかしなきゃ」

 

元旦に、

妻と二人で私の実家へ帰省しました。

 

両親はおせちを用意して

待ってくれている予定でした。

 

結婚して2年ほど経ち、

妻と両親が会うのはこれで7回目くらいです。

 

それでも、

実家に着いたときは毎回そうなのですが、

両親も妻も、どこかぎこちない挨拶になります。

 

最初はだいたい、こんな空気です。

私は普段、 それほどおしゃべりな方ではありません。

 

それでもこのときは、

「空気を和ませなきゃ」と思っていました。

 

夫婦で出かけたことや、

最近の何気ない出来事を話して、

「仲良くやっていますよ」と

両親に伝えようとしていました。

 

でも、

思ったほど空気は和らぎませんでした。

 

私は少し焦っていました。

 

🍃予期せぬ来客と、妻の自然な一言

 

そんなとき、

思いがけず姉と姪が訪ねてきました。

 

その瞬間、

頭の中が一気に忙しくなりました。

 

「まずい。お年玉を用意してない。」

 

財布にお金はあっても、

ポチ袋がありません。

 

すると妻が、

「お義母さん、お年玉の袋って今ありますか?」

と母に声をかけました。

母は

「ちょっと待ってて。ほら、ここに」

と袋を出してくれました。

「ありがとうございます」

 

父が話している間に、

お年玉の準備をして、

私は姪に渡しました。

 

姉と姪は、

挨拶だけしてすぐに帰っていきました。

 

妻は母に、

「お義母さん、ありがとうございました。

本当に助かりました」

と伝えました。

母は

「いいの、これくらい。

来るなら、あらかじめ言ってくれればいいのに」

と、少し笑いながら答えていました。

 

そのやりとりを見て、

私はようやくホッとしました。

 

場の空気が、

少し和らいだ気がしたからです。

 

父もお酒が進み、

次第に饒舌になっていきました。

 

🤔 ふと浮かんだ違和感

 

私は何日か実家に泊まり、

妻は予定通りその日のうちに帰りました。

 

その後は、

両親と三人で、

いかにも正月らしい、

のんびりした時間を過ごしました。

 

そこで、ふと思いました。

 

私は普段、

そんなに喋るタイプではありません。

 

それなのに、

なぜあのとき、

あんなに必死に

場を和ませようとしたのだろう。

 

沈黙が流れること。

ぎこちない空気があること。

誰かが少し気まずそうにしていること。

 

それらが起きたら、

自分が何とかしなければいけない。

 

そんな感覚が、

無意識に身体を動かしていた気がします。

 

💡 あなたはどうでしょうか?

 

・家族が集まる場面で、なぜか疲れてしまう

・自分が場を回さないと、空気が悪くなる気がする

・「何もしていない自分」でいるのが落ち着かない

 

 

もし、これを読んで

少しでも引っかかるものがあったなら——  

 

それは性格の問題や、 気遣いができる・できないという

話だけではないのかもしれません。

 

もしかすると、

 あなた自身も気づかないうちに 

昔から身につけてきた「感じ方のクセ」が、 

そうさせているのかもしれません。

 

🌱 この感覚の正体を知りたい方へ

 

なぜ私たちは、

無意識のうちに 「場を和ませる役割」や 

「調整する立場」を引き受けてしまうのか。

 

そして、それを手放そうとするとき、 

心の中では何が起きるのか。

 

この続きを、 7日間の無料メール講座で
少しずつお伝えしています。

 

▶︎【7daysメール講座のご案内はこちら】 

※登録はかんたん

 ※いつでも解除できます