ベニー・グッドマンやビリー・ホリデイを売り出したジョン・ハモンド、JATPの興行で世界中を回ったノーマン・グランツ、ブルーノート・レコード創設者アルフレッド・ライオン、ジャズ史に大きく刻まれる「Kind of Blue」と「Bitches Brew」のテオ・マセロ、クロスオーバーでジャズの大衆化を図ったクリード・テイラー。レコードが売れてなんぼの世界だけあり時流の波に乗る名プロデューサーがいる。

 

 今年2月9日に亡くなったドン・シュリッテンは少しばかり趣が違った。経歴を見てみよう。1955年にトランペッターのジュール・コロンビーと組んでシグナル・レコードを設立するも1年余りで倒産する。リリースされた7枚はマニアをくすぐる秀逸な作品ばかりだが、内容が良いだけで売れないのがジャズレコードの世界だ。その後ボブ・ワインストックに乞われてプレスティッジでプロデュースやミュージシャンの写真撮影をする。アルバムデザインも手掛けているので棚からプレスティッジ盤を出すとどこかに名前が刻まれているだろう。

 

 フュージョンに毒され、A面もB面も同じようなソロピアノが跋扈する70年代に「Cobblestone」、「Muse」、「Onyx」でメインストリームのアルバムを作り、75年に自身のレーベル「Xanadu」を立ち上げる。90年までにカタログ数は200枚を超えるが、これぞジャズという秀逸な作品が並ぶ。パウエルやタル・ファーロウ等の未発表音源をリリースするゴールド・シリーズと、ジミー・ヒースやバリー・ハリス等、新録のシルバー・シリーズの2本立てだ。ジャケット写真はシュリッテンが撮ったもので、普段は見せないジャズメンの素顔が並ぶ。

 

 シュリッテンが声を掛けるとモード、フリー、フュージョンに脇目も振らず、スタイルを貫いたソニー・スティットやアル・コーン、ジミー・レイニー、チャールズ・マクファーソンといった名手がスタジオに集まる。ジャズの主流を生きた首領、ドン・シュリッテン。享年93歳。ドン死すともメインストリーム・ジャズは永遠だ。