映画「1975年のケルン・コンサート」を観た。実話に基づきコンサートを開くまでの舞台裏を描いている。キース・ジャレットのファンや世界で最も売れたジャズのソロアルバムを愛聴されている方には広く知られている開催中止寸前のトラブルという。このライブ盤をジャズ喫茶で数回聴いただけの小生は初めて女性プロモーターのヴェラ・ブランデスを知った。

 

 キースのジャズに対する意欲的な姿勢は認めるも、どうにもあの奇声は苦手だ。後年指が付いていかないパウエルや、ビハインド・ザ・ビートのテンポのズレを埋めるガーナーの唸りとは違い不自然で作為的に聞こえる。そして軟体動物のような動きだ。派手なパフォーマンスといえば体を大きく揺らし、叫び、不気味な笑みを浮かべるドロシー・ドネガンがいるが、それは観客を楽しませるもので自己陶酔ではない。キースの椅子からずり落ちる姿は鍵盤と一体になった姿だと言われてもジャレットがピアノと戯(じゃ)れているようにしか見えないのだ。

 

 レコードが出た75年頃からジャズを聴きだした方であればすんなりキースのスタイルを受け入れられるようだが、ハードバップこそジャズと信じる世代には無理がある。それはルディ・ヴァン・ゲルダーの音が骨の髄まで染み込んでいるので、ECMマンフレート・アイヒャーのコンセプトである「沈黙の次に美しい音」を生理的に受け付けない。脂身の少ないキース、いやロース肉にガーリックの利いていないソースをかけた料理のようなもので味気ないのだ。口直しにブライアントの「Montreux」やバイアードの「Blues for Smoke」を聴きたくなる。

 

 ヴェラの視点で描かれているので小生のようなアンチ・キースの方にもお勧めしたい。序盤、ロニー・スコットが、煙草を吸い、酒を飲み、男遊びをする16歳のヴェラに「誰が好き?」訊く。「Coltrane、Miles、Mingus、Gordon、Sonny、Monk」と答える。後に「Intuition Records」を立ち上げる彼女のような不良少女がいる限りモダンジャズは生きている。