訴訟代理人のつぶやき 「民法改正ノート 時効その1」
債権編を中心とした民法改正法が、平成29年5月26日に成立し、公布の日(平成29年6月2日)から3年以内に施行される。実務にも影響を与える法律だけに著者の理解のために、その内容を不定期に確認していきたい。本来、刑事法中心のブログであるが、たまには、民事法の世界も論述することによって、本業にも役立つ記事を展開していきたい。
【概説】平成29年民法改正法(以下「改正法」という。)は、時効の規定を消滅時効を中心に修正している。すなわち、①判例通説を踏まえて、時効の援用権者、特に消滅時効の援用権者の定義と例示を定め、②従来の時効の中断・停止概念に変えて更新・完成猶予の概念を採用し、その要件を新規に定め、③債権の消滅時効期間を、権利行使が可能と知ったときから5年(主観的起算点)、権利行使が客観的に可能となったときから10年(客観的起算点)とし(二重の消滅時効期間)、④短期消滅時効の特則を削除した。
ア 時効の援用権者
改正法第145条
「時効は、当事者(消滅時効にあっては、保証人、物上保証人、第三取得者その他権利の消滅について正当な利益を有する者を含む。)が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない。」
改正前民法第145条
「時効は、当事者が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない。」
時効は、当事者がその完成を援用(主張・立証)しなければ、その効果を裁判の基礎とすることはできない。すなわち、時効の援用は、時効の利益を受けようとする観念の表示であり(我妻=有泉・コンメンタール民法第2版追補版290頁。なお、古い判例には、「訴訟法上の攻撃防御方法」(訴訟法説的見解)とするものがある。大判大正8・7・4など)、時効の効果は援用されたときにはじめて確定的に生じると解されている(消滅時効につき、最判昭和61年3月17日民集40巻420頁参照、取得時効につき大判昭和10・12・24 確定効果説・実体法説的見解)。
時効の援用権者、すなわち、「当事者」(改正前145条)について、従来、判例は、時効により直接利益を受ける者、特に消滅時効においては、「権利の消滅により直接利益を受ける者」とした上で、具体的には、保証人、連帯保証人、物上保証人、抵当不動産の第三取得者などを時効の援用権者としている(最判昭和48年12月14日民集27巻11号1586頁など)。しかし、結論は支持しうるとしても、「直接利益を受ける者」の直接性の判断基準は明瞭でないとの批判が学説上提起されていた(例えば、四宮=能見・民法総則第8版405頁など)。
そこで、改正法は、当事者について、「(消滅時効にあっては、保証人、物上保証人、第三取得者その他権利の消滅について正当な利益を有する者を含む。)」の文言を挿入し、消滅時効において、時効の援用権者を「権利の消滅について正当な利益を有する者」と定義し、例示として、保証人等を定め、従前の規定に比較して明確化に努めている。
よって、時効の援用権者(当事者)とは、「時効により正当な利益を有する者」と定義されることになろう(四宮=能見・前掲405頁参照)。
今後判例・学説上は、「直接」の利益ではなく、「正当な」利益の有無という形で時効の援用権者の実質的判断基準が考察されることになる(私見)。従来の判例の「直接」性の要件は形骸化しているといわれていたので、従来の判例の結論は、「正当」な利益の解釈においても是認されるであろう(潮見佳男・民法(債権関係)改正法の概要36頁参照)。
イ 時効障害事由…更新と時効完成猶予
従来、時効障害事由として、中断と停止の規定が設けられていた(改正前147条等)。中断は、中断事由が生じると、時効進行がとまり、一定時点から再起算される、つまり時効期間は、最初から計算し直され、新たな時効が進行する(いわば、「振り出しに戻る」)。これに対し、停止とは、停止事由が生じると、時効進行が一時停止し、停止事由がなくなると、時効進行が再開される(再起算ではない)。中断は、その文言が停止と区別しにくく、かつ中断事由の規定は複雑な規定となっていた(暫定的時効中断事由など)。そこで、改正法は、中断と停止の概念から更新と時効完成猶予の概念に変更し、時効障害事由の分類を再構成し規定の整備を行った。
A 時効完成の猶予…改正前民法の停止に当たる概念である。
例えば、「…までの間は、時効は完成しない」と規定される。
B 時効の更新…改正前の中断に当たる概念であるが、猶予+更新により、時効完成の一時停止+一定時点からの時効の再起算(新たな進行)となる。
例えば、A「…までの間は、時効は完成しない」、この場合、B「時効は、…の事由が終了した時から新たな進行を始める」と規定される。
以上のことから、改正前の暫定的時効中断事由は、Aの時効完成の猶予事由として整理されることになった(例えば、裁判上の請求(いわゆる「裁判上の催告」を含む※)につき改正法147条1項1号、強制執行(差押え)・担保権実行につき改正法149条1項1号2号、仮差押えにつき改正法149条1号、催告(裁判外の請求)につき、改正法150条など)。
なお、停止事由をそのまま猶予事由に変更したもの(実質内容の変更なし)として、未成年者又は成年被後見人に関する改正法158条、夫婦間に関する改正法159条、相続財産に関する改正法160条などがあり、猶予期間(停止期間)を2週間から3か月に変更したものとして天災等に関する161条がある。
※裁判上の催告
改正前民法によれば、裁判で債権を請求することは「裁判上の請求」として、時効中断事由であるが、訴えの却下又は訴えの取り下げがあると、時効中断が生じないとされた(改正前149条)。しかし、判例は、訴えの取り下げなどにより、裁判での債権の請求(催促)が、「裁判上の請求」として時効中断が認められない場合でも、訴え提起から取り下げ時点まで、「催告」が継続しており、取り下げのあった時点から6か月以内に強い時効中断措置をとれば、「催告」(改正前153条)として、時効中断の効力を認めていた。これを「裁判上の催告」という(債権者破産申立で、債権者が破産申立を取り下げても、債権の権利主張はあったので、取り下げしてから6か月以内に訴え提起等の時効中断措置をとれば、「裁判上の催告」として時効中断の効力を認める。最判昭和45・9・10、最判昭和50・1・17など)。改正法147条は、「裁判上の請求」を猶予事由(停止事由)としつつ、確定判決等により、権利が確定したときは、時効は、裁判上の請求が終了した時から新たに進行を始めるとした(更新事由)。つまり、裁判における債権の主張は、取り下げ等があった場合は、取り下げ時点から6か月を経過するまでは、時効は完成しない(改正法147条1項括弧書き)。よって、従来の判例の「裁判上の催告」は、改正法147条の「裁判上の請求」に含まれることになる(潮見佳男・民法(債権関係)改正法の概要38頁参照)。なお、改正前においては裁判上の催告は、「催告」の一種と解されていた(四宮=能見・前掲394頁以下参照)。
(裁判上の請求等による時効の完成猶予及び更新)
改正法第147条
第1項「次に掲げる事由がある場合※には、その事由が終了する(確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定することなくその事由が終了した場合にあっては、その終了の時から6箇月を経過する)までの間は、時効は完成しない。
一 裁判上の請求※ ※※
二 支払督促
三 民事訴訟法第275条第1項の和解又は民事調停法(昭和26年法律第222号)若しくは家事事件手続法(平成23年法律第52号)による調停
四 破産手続参加、再生手続参加又は更生手続参加
第2項「前項の場合において、確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定したときは、時効は、同項各号に掲げる事由が終了した時から新たにその進行を始める。」
※ 「事由がある場合」
裁判上の請求を例にとると、訴状が被告に送達されることを条件として、猶予の効力が生じるのは訴状の提出時からと解される(日本弁護士連合会編・実務解説改正債権法77頁。改正民法に伴う整備法による改正民訴法147条参照)。
※※ 一部請求と裁判上の催告
改正前の解釈であるが、以下の判例がある。
すなわち、①可分な金銭債権の一部を裁判上の請求した場合、一部であることを明示している限り、その一部分にしか、時効中断の効力は及ばず、残部について裁判上の請求に準じて消滅時効の中断の効力は生じない。②ただし、残部について、権利行使の意思が継続的に表示されているとはいえない特段の事情のないかぎり、残部について裁判上の催告として時効中断の効力が生じるが、③催告から6か月以内に再び催告をしても、第1の催告から6か月以内に民法第153条所定の措置を講じなかった以上は、消滅時効が完成し、この理は、第2の催告が明示的一部請求の訴えによる裁判上の催告であっても異ならないという(最判平成25・6・6)。しかし、裁判上の催告が、改正法により「裁判上の請求」として猶予事由に位置づけられたことが、③については、催告に関する改正法150条2項の適用はないことは明白であり、改正法第150条1項本文括弧書きの終了した時から6か月の時効完成猶予の効力が生じるという解釈が不可能には思えない(潮見佳男・民法(債権関係)改正法の概要39頁参照)。判例の趣旨が改正法にも及ぶかどうかは検討を要する。ちなみに判例は、裁判外の明示的一部請求の催告、つぎに裁判上の明示的一部請求(残部については裁判上の催告)した事案である。