刑事政策の基礎 特別編「いわゆるテロ等準備罪について その3法案検討(下)2【完】」
・テロ等準備罪の故意及び目的
テロ等準備罪の故意は、二人以上の計画に基づく組織的犯罪の遂行のための準備行為の認識・認容である。準備行為の危険性の認識も当然要求される。
さらに既述したとおり、組織的犯罪につき組織構成員が自らまたは共同で実行する目的、つまり正犯意思が必要と解する。
また、金銭的利益その他物質的利益を得ることに直接又は間接に関連する目的がTOC条約の規定からは要求されると考える。財産犯のテロ等準備罪については、不法領得の意思に吸収されよう。それ以外、例えば、組織的殺人のテロ等準備罪についてはどうか。組織としての利益は、その犯行により、その政治的地位又は対抗組織間での地位の向上(風聞、悪名を広めることも含む)も、物質的利益に含まれると解し、その直接又は間接に関連する目的が未必的にせよ不文の構成要件要素として必要と解すべきである。※
※3つの目的
本罪の目的要件をまとめると、①組織的犯罪集団の結合関係を基礎付ける共同目的、②計画及び実行準備行為時に要求される正犯意思、③同じく金銭的利益その他物質的利益を得ることに直接又は間接に関連する目的となる。①は、条文上要求される要件であり、②③は解釈上必要と解する要件である(私見)。おそらく実際の判例・捜査実務は①のみで足りるとの解釈を採用するであろう。
エ 危険性の要件のまとめ
テロ等準備罪における危険性の要件は、既述したとおり、①組織要件としての危険性※と②実行準備行為要件としての危険性の二つの危険性で構成される。①②が合わさって、テロ等準備罪の可罰的違法性=加重処罰根拠を基礎付け、構成要件の実質的限定解釈を指導することとなる。
※集団犯罪の危険性
集団犯罪については、団藤重光・刑法綱要総論第三版370頁以下の次の指摘が重要である。すなわち、「集団犯罪については、単なる群衆犯罪と組織化された犯罪団体による犯罪とが区別されなければならない。…(1)第一に両者を通じて、多数人による犯行が社会的に危険である点から-したがって、主として違法性の見地から-重い刑罰をもって臨む必要」があり「(2)第二に、とくに群衆犯罪については、群衆心理の点で-したがって、主として責任の見地から-反対に軽くしなければならない面があ」り、「(3)第三に、とくに犯罪団体については、その組織者等の処罰の問題があ」り、「(4)第四に、多数人による犯行は危険であるから、なお、共同謀議そのものの処罰が問題となる。英米法の共同謀議罪(conspiracy)は、そのもっともいちじるしいものである。」という。テロ等準備罪も組織化された犯罪団体による集団犯罪の一種であり、危険性の観点を抜きにして解釈運用はしてはならないというべきである。
3 減免規定の問題性と捜査手続きの濫用の問題
ア テロ等準備罪は、「実行に着手する前に自首した者は、その刑を減軽し、又は免除する。」との減免規定がある。しかし、これはいわば、必要的自首減軽ないし免除規定であり、実行の着手後の中止未遂の必要的減免規定と比較して、「自首」を要件とする分、要件が厳格となっている。従来、議論されてきた予備の中止未遂の準用の論点について、テロ等準備罪も予備罪の一種と解する以上、中止未遂の準用を問題とするべきで有り、責任減少の観点から準用肯定説を採用すべきであろう(予備罪の中止未遂準用肯定説に立つのは、団藤・前掲367頁など通説。判例は否定説といわれる。)。このように減免規定の成立範囲を広げることが、行為者が犯行を撤回する動機に影響を与える、つまり「黄金の橋」として、組織的犯罪の未然防止に役立つのであり、テロ等準備罪の立法趣旨に合致する。
イ 本罪については、おとり捜査、潜入捜査、盗聴などによる捜査手続きの濫用のおそれが指摘されている。本罪だけでなくおよそ犯罪一般について捜査手続きの濫用のおそれがあるから、ことさらに問題にする必要もないとの見解もあるが、本罪が、実行の着手より前倒しに準備行為を広く犯罪化するものである以上、濫用のおそれの領域も広がるのはむしろ、当然であり、一層、捜査の乱用防止の必要性は高まるというべきであろう。
実体法上の解釈としては、既述した危険性の要件を核として厳格解釈に努め、手続き法上は、強制捜査はもちろん任意捜査も厳格な法律上の規制と解釈による規制が望まれる。新しい捜査手法の規制、例えばGPS捜査などについての検討は、別の機会に論じる予定である。