実務からみた刑法総論「共謀と実行」その5 | 刑事弁護人の憂鬱

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(4)スワット事件判例類似の事案と共謀の成否

    スワット事件判例については、共謀の意義における客観説(客観的謀議説)からの批判はもちろん、黙示の意思の連絡という極めて緩やかな共謀認定について、疑問を呈する見解もあった(共謀を緩和すると、いわば「共謀なき共謀共同正犯」を認めることになるなど。)。他方、スワット事件では、警備のための特別なグループ(スワット)の存在と組織性、対抗組織の襲撃の可能性、組長である被告人もボディーガード経験があったことなどの特殊性からけん銃不法所持の共謀共同正犯を認めたと理解する見解もあった(事案の特殊性の重視)。

    このような中、スワット事件の類似の暴力団幹部を組員がけん銃不法所持で警護していた事案につき、幹部に黙示の意思連絡の共謀を肯定する判例と否定する裁判例が現れた。

    本件事案を要約すると、抗争事件中の同一指定暴力団の幹部A、B(それぞれ同一傘下の別団体の幹部)が、組織の定例会に出席するため、大阪のホテルに宿泊した際、ボディーガードの各自の組員らがけん銃不法所持した事案であり、警察の計画的な一斉職務質問によって、実行犯が現行犯で検挙されたことが端緒となっている。

 

 ア 幹部Aに対する事件 Aにけん銃不法所持の共謀共同正犯の成否につき、

  第一審(大阪地判平成13年3月14日判時1746・159) 無罪

  第二審(大阪高判平成16年2月24日判時1881・140) 有罪

 

  上告審(最決平成17年11月29日刑集288・543) 有罪確定

   「被告人は,本件当時,配下の組員らが被告人に同行するに当たり,そのうち一部の者が被告人を警護するためけん銃等を携帯所持していることを,概括的とはいえ確定的に認識し認容していたものであり,実質的にはこれらの者に本件けん銃等を所持させていたと評し得るなどとして,本件けん銃等の携帯所持について被告人に共謀共同正犯が成立するとした原判断は,正当として是認できる」と判示した。

 

  第一審と第二審は証拠評価及び事実認定の違いから結論が分かれたものであるが、第二審、これを追認する上告審はスワット事件判例に類するケースとみて、黙示の意思連絡としての共謀共同正犯を認定している。

 

 これに対し、スワット事件のような特別な警護態勢(明確かつ恒常的な活動)があったとはいえず、事案を異にし、共謀共同正犯は認められないとして第一審を支持し、第二審、上告審を批判する見解もある(事前の客観的謀議は不要であるが、客観的外部的態度が共謀共同正犯については必要とする立場から、西原春夫・「憂慮すべき最近の共謀共同正犯実務」刑事法ジャーナル3号[2006年]54頁以下参照。)。この批判的見解も共謀の意思形成と客観的外部的態度の厳格な証明を強調しており、つまり、本件について、善解すれば、共謀プラスアルファのアルファ部分が弱い事案と評価しており、黙示の意思の連絡を否定するわけではない。

しかし、組織暴力団の警護態勢において、特に襲撃の可能性がある場合、常に特別なスワットのような警備活動がなされなければ、警護の中心人物である組長、幹部に共謀共同正犯が成立しないというのは、何のためにけん銃不法所持の警護が行われていたのかの社会的認識が不十分である。つまり、かかる場合は、幹部のためにけん銃不法所持による警護はなされるのであり、警護者と幹部はその目的上不可分な行動をともにしているという社会的組織的実体を軽視するのは妥当とは思われない。論者の前提とする共同意思主体説からみても、その事案の「評価」は疑問がある。もちろん、その集団的組織的活動の濃淡は事実関係において異なりうるし、具体的な組織的活動は中断することもありえ、暴力団組織の一般論から、直ちに共謀を認定することは「厳格な証明」といえないのであり、その意味で慎重な事実認定が要求されることは当然であろう。よって、論者の批判の趣旨である組織暴力団以外の事案についての共謀共同正犯の拡張適用の問題意識は、判例を前提にしても注意を要するものである。

 

イ 幹部Bに対する事件 Bにけん銃不法所持の共謀共同正犯の成否につき

  第一審(大阪地判平成16年3月23日) 無罪

   被告人の警備体制は厳重なものとはいえず、被告人のその認識もなかったなどから、組員が「けん銃等を携行して被告人を警護していることを概括的であっても確定的に認識しながら、これを当然のこととして受け入れ認容していたとするには、なお合理的な疑いが残る」という。

  第二審(大阪高判平成18年4月24日) 無罪

   第一審を支持、検察官控訴を棄却

 

  上告審(最判平成21年10月19日刑集297・489)破棄差戻

   第一審及び第二審の間接事実の認定評価に誤りがあるとし、専従の警護組織がなくても、共謀の認定は直接左右せず、Aの警護態勢も2名であり、Bの警護態勢の2名と比較してもそん色のあるものではないとし、被告人は、けん銃による襲撃の危険性を十分に認識し、組員2名を同行させて警護に当たらせていたものと認められ、特段の事情がない限り、組員らが「けん銃を所持していることを認識した上で、それを当然のこととして受け入れて認容していたものと推認するのが相当である」として、重大な事実誤認として第一審及び原審を破棄し、大阪地裁に差し戻した。

 

  差戻第一審(大阪地判平成23年5月24日) 無罪

 新たな証拠調べを実施し、その上で被告人の自宅、浜松駅での移動、ホテル等の警備体制が厳重なものであったとはいえない、被告人の行動から、けん銃等による襲撃の危険性を十分に認識していたとはいえず、組員らのけん銃所持を認識し、それを当然のこととして受け入れて認容していたと推認するには合理的な疑いがあり、共謀していたと推認することができないとした。

  

差戻第二審(大阪高判平成25年8月30日) 破棄差戻

   上告審の破棄判決の拘束力を前提に、また新たな証拠調べの結果の間接事実の認定評価から、厳重な警備体制の認定ができるとして、共謀を否定したのは、事実誤認の誤りとして、大阪地裁に破棄差し戻した。現在上告中

   

  以上、Bに対する事件は、未だ確定しておらず、第一審の証拠、間接事実の認定評価が最高裁の評価と相違し、対立する自体となっている。差戻前も差戻後も、第一審の事実認定はかなり詳細に行っているが、最終的な評価、つまり、「警備が厳重であったかどうか」がどちらの立場がより説得的かとうことで意見は分かれよう。第一審は、被告人Bは、隙のある杜撰な警備で、襲撃の危険を意に返していなかったとみていると思われる。これに対し、最高裁及び差戻後の控訴審は、Aの事件とのバランスを実質的に考慮し、類似の状況下での警備なのであるから、当然危険の認識もあり、警備も厳重と評価して良いと考えているふしがある。同一組織の傘下であっても、各下位組織の性格、構成要素はそれぞれ異なりうるであり、スワット事件判例>Aに対する事件>Bに対する事件と警備体制が徐々に緩和しているように見える場合でも、すべて同一評価してよいかが問われている。

おそらく最高裁の考えは、スワット類似事例について、認定評価といういわば客観的検証のしにくい次元で(経験則の適用という名の「常識」判断)、組織暴力団の抗争の抑止、ないし組織の壊滅という刑事政策的配慮を意識して「特段の事情がない限り」、共謀の推認を積極的に行うべしという「決断」を事実審に要求しているのであろう。

なお、本件でも、表現があいまいであるが、黙示の意思連絡による共謀と未必の故意との関係については、別途理論的に検討する必要があるので、後述する。