実務からみた刑法総論「共謀と実行」その2 | 刑事弁護人の憂鬱

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2 共謀の意義

 (1)「共謀」の理解について

そもそも、共謀共同正犯における「共謀」とは何であろうか。

日本語の理解からすると「共謀」とは共同謀議の意味、つまり犯罪実行前の事前謀議・協議と理解することができる。すなわち、二人以上の者が事前に犯罪実行の謀議をなし、これに基づき、犯罪が実行されるというプロセスにおける一段階である。そうすると、ここでいう「共謀」を事前の客観的な謀議行為という解釈がまず考えられる(客観説ないし客観的謀議説 内藤謙・刑法講義総論下Ⅱ1374頁)。この考えは共謀の成立時期及びその態様をかなり厳格に理解するものである。後述する練馬事件判例は、客観説を採用したものとの理解もある(岩田誠・昭和33年最高裁調査官解説399頁以下、内藤・前掲1370頁以下参照)。

これに対し、実行行為の分担がなされる実行共同正犯においては、事前の謀議は要求されていないことから、共謀は、あくまで主観的要件と理解する見解もある(主観説ないし主観的謀議説)。これには、もっとも緩やかには、単なる意思疎通・意思の連絡で足りるとする見解がある。実行共同正犯における共同実行の意思の要件と同一に理解するものといえる。しかし、これでは、実行を行わない共謀者の正犯性を基礎づけるには弱く、共謀の成立範囲も拡張する嫌いがある。そこで、主観的要件として、もう少し限定し、犯罪遂行の合意の成立とその継続を共謀の要件とする見解がある(合意説 藤木英雄・可罰的違法性の理論343頁以下)。この合意説は、謀議行為の結果としての合意成立を主観的要件とし、実行共同正犯にも共通の主観的要件と解するが、かかる合意は必ずしも客観的謀議行為を前提とするとは限らない。実行共同正犯における現場共謀については、「一緒に犯行に及ぶ」という相互利用の実行意思とその了解は卒然と成立しうるし(成り行き型)、客観的な実行の分担は、合意成立とその継続を裏付けるものである。よって、合意説の立場でも、事前の客観的謀議行為の存在は、必ずしも共謀成立の前提と理解すべきではないし、客観的謀議行為に参加しても犯行に賛成していなければ、合意、つまり共謀は成立しない(藤木・前掲345頁、352頁以下参照。なお、もう少し厳格に実行行為を行うについて重要な精神的影響を与えることが必要とするのは林幹人・刑法総論第2版410頁[精神関係説])。すなわち、合意の形成過程は、客観的謀議行為に限定されないのである。合意形成過程は具体的な共犯事件ごとで異なり、必ずしも事前協議・謀議行為の存在をその形成過程として必要不可欠とするわけではない。この意味で、共謀の要件として、共同犯行の意識の形成を要求する見解(西原春夫・刑法総論下巻改訂準備版390頁以下。同見解は、共謀を共同犯行の意識の形成という客観的要件とする。)が実体をとらえているが、単なる意識形成プロセスが重要なのではなく、「意識形成の結果としての合意の成立とその継続」という理解[いわゆる「共謀を遂げた」とはかかる合意の成立をいう。]が重要である。このような意味での合意説が支持されるべきである(ただし、西原・前掲390頁も「共同犯行の意識を形成したという認定」という表現を使っているので、実体は合意説と違いはないのかもしれないが、共謀を客観的要件と解する以上、かかる見解からは、スワット事件判例のような「黙示の共謀」は認めにくいであろう。)。

なお、共謀を主観的要件と客観的要件によって成立要件を考える折衷説がある。主観的要件としては、合意説をとり、客観的要件としては、「犯罪遂行に向けての相互利用・相互補充関係の設定(共同関係の設定)という客観的要素」を要求する(新実例刑法総論303頁)。この見解は客観的要件としては謀議行為まで要求しておらず、後述する正犯意思を要求する主観説[主観的共犯論]に立つとするが、なにゆえ共謀概念に客観的要件が必要なのかの論理的関連性は明らかでない。おそらく共同正犯の一部実行全部責任を相互補充利用関係に求め、その考えを共謀概念に援用するものと思われるが、相互利応補充関係の設定が心理的拘束を意味するのならば、主観的要件に解消されるし(間接正犯類似説)、合意を超えた客観的要素を要求するのならば、重要な役割など共同実行の客観的事実を基礎づけるものであり、共同実行の客観的要件と重なる(準実行共同正犯説ないし実質的実行共同正犯説)。共謀共同正犯性を基礎づけるあらゆる事情を「共謀」概念または「正犯意思」に押し込むことは、かえってその概念の内実を不明瞭にし、全体的考察による直感的恣意的判断のおそれが生じよう。

判例は、共謀を意思の連絡ないし共同犯行の認識とするもの(最判昭和24・2・8刑集3・2・113)、謀議とするもの(練馬事件)などはっきりしないが、練馬事件判例以降は、後述する正犯意思説とともに共謀を合意説的に理解しているとの評価もある。ただ、順次共謀、黙示による共謀も許容する結論からすると、共謀概念の認定はかなり緩やかな傾向ともいえる(共謀が限定機能をもたないとすると、その反動として、共謀共同正犯の成立範囲を画する実質的規範的基準として、「正犯意思」の考えが形成されてきたのかもしれない)。

以上の共謀の意義に関する理解を前提に具体的な判例を検討する※。

 

 

※「共謀」概念の整理

   主観説…a意思の連絡説 b合意説→共謀を主観的要件として把握する。 実行共同正犯と共謀共同正犯の主観的要件を共通に理解する。なお、主観説=主観的謀議説と表現する文献も多い。

   客観説c事前協議・客観的謀議説→共謀を客観的要件としての共謀行為(謀議行為)と把握する。実行共同正犯と共謀共同正犯の客観的要件・主観的要件を異なるものと理解する。

d共同犯行の意識形成説…意思形成の客観的事実→客観的謀議に限定しない。

   折衷説…b説+相互利用補充関係の設定