刑事手続きの基礎「保釈とその取消」
1 保釈とは「勾留を観念的に維持しながら、保証金を納付させて、不出頭の場合は没取するという条件で威嚇し、被告人を暫定的に釈放する制度」である(田宮裕・刑事訴訟法新版257頁)。保釈は、勾留されている被告人、その弁護人などによる請求によって行われ(刑訴法88条)、法定の例外事由に当たらない限り、許されなければならないとされる(法89条 権利保釈※、必要的保釈の原則)。しかし、実務の運用では、例外事由が広いこと、及び否認していると「罪証隠滅を疑うに足りる相当な理由があるとき」と判断される場合があり、「権利保釈」の意義が後退してしまっている。もっとも、権利保釈が認められない場合でも、適当と認められるときは、裁判所の職権による保釈が認められる(法90条 裁量保釈、任意的保釈。なお、勾留が不当に長期にわたる場合は義務的保釈となる。法91条1項)。
よって、弁護人の保釈請求書の理由には、権利保釈と同時に裁量保釈の必要性(保釈の相当性)を説明することも多い。なお、日本の刑事手続きでは、アメリカの刑事手続きと異なり、保釈は、起訴後の身柄解放手続きであり、起訴前の保釈は認められていない。
※権利保釈と事件単位の原則
権利保釈の判断にあたって、勾留の基礎となる事実=事件を基準に判断するのが通説であるが(事件単位説)、一号三号については、例外的に余罪を考慮できるとする見解もある(田宮・前掲258頁参照。なお、裁量保釈で余罪を考慮するのは、最決昭和44・7・14)。
刑訴法
第89条 保釈の請求があつたときは、次の場合を除いては、これを許さなければならない。
一 被告人が死刑又は無期若しくは短期一年以上の懲役若しくは禁錮に当たる罪を犯したものであるとき。
二 被告人が前に死刑又は無期若しくは長期十年を超える懲役若しくは禁錮に当たる罪につき有罪の宣告を受けたことがあるとき。
三 被告人が常習として長期三年以上の懲役又は禁錮に当たる罪を犯したものであるとき。
四 被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
五 被告人が、被害者その他事件の審判に必要な知識を有すると認められる者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させる行為をすると疑うに足りる相当な理由があるとき。
六 被告人の氏名又は住居が分からないとき。
第90条 裁判所は、適当と認めるときは、職権で保釈を許すことができる。
2 裁判所は、保釈の判断をするに当たって、検察官の意見を聞かなければならない(法92条1項)。裁判所は、保釈許可の決定をするに当たって、犯罪の性質、被告人の資力等を考慮し、保釈金額を定める。保釈金額は、事件ごとで異なるが、被害金額が大きかったり、重大な事件の場合は、罪証隠滅と逃亡防止の威嚇のため、高額になることが多い。軽微な犯罪で自白事件の場合、平均的に100万円から150万くらいである。さらに被告人の住居制限、旅行制限、被害者や共犯者との接触禁止の条件がつけられることも多い(むしろ、刑事弁護実務上は、制限住居地、身元引受人(身元引受書も添付する)、希望の保釈金額を保釈請求書に記載して保釈決定を受けることのほうが一般である。)。保釈許可の決定がなされると、弁護人は保証金を裁判所等に納付し、これを条件として、検察官の釈放指揮により、被告人は釈放される。保証金は、現金、振込のほか、保証金に代えて保証書によることも許される(法94条3項)※
※保釈保証の運用
従来、保釈保証の運用は少なかったが、近時積極的に保釈保証を活用することが日本弁護士連合会による提案により、全国弁護士共同組合を保証機関とする方式が2013年7月から試みられている。保証金を工面できない被告人にはプラスであるが、逃亡した場合、弁護人に保釈保証金の没取について求償されたり、自らお金を支払わないので、没取の威嚇効果の意味がなくなるなどの批判もある(逃亡を容易にするなど)。なお、類似の制度として、保釈保証金を立て替える保釈保証会社も存在する。これは保証書によるものではなく、保証料(利息)と保証人を前提とした一種の借り入れである。アメリカの保証会社では高額の手数料(保証料)が保釈を困難にするとの指摘がある(田宮・前掲260頁参照)。
http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/110120_4.pdf
http://www.zenbenkyo.or.jp/service/hosyakuhosyou.html
3 保釈は以下の場合、検察官の請求または職権で取り消される(法96条1項)。取り消されると被告人は収監される。
一 被告人が、召喚を受け正当な理由がなく出頭しないとき。
二 被告人が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
三 被告人が罪証を隠滅し又は罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
四 被告人が、被害者その他事件の審判に必要な知識を有すると認められる者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え若しくは加えようとし、又はこれらの者を畏怖させる行為をしたとき。
五 被告人が住居の制限その他裁判所の定めた条件に違反したとき。
保釈が取り消される場合、裁判所は、決定で保証金の全部又は一部を没取することができる(裁量的没取 法96条2項)。もっとも、保釈された者が、刑の言渡を受けその判決が確定した後、執行のため呼出を受け正当な理由がなく出頭しないとき、又は逃亡したときは、検察官の請求により、決定で裁判所は、保証金の全部又は一部を没取しなければならない(必要的没取 法96条3項)。没取の裁判に不服がある場合は、抗告ないし準抗告で争うことができる。
没取されなかった保証金は、勾留の取り消しないし失効、保釈の取消ないし失効等の場合、還付される(刑訴規則91条※)。還付は、以前、日銀発行の小切手による場合もあったが、最近は、指定口座への振り込みによる場合が一般的運用となっている。
※保釈保証金の流用
第1審で保釈されていた者が、実刑判決を受け、保証金の納付者(第1審の弁護人等)によりまたは納付者と請求者が異なる者により再保釈請求がされ、許可決定がなされた場合、納付者の異議がない限り、従前の保釈保証金を再保釈に流用できる(規則91条2項 )。例えば、第1審で300万円の保釈保証金を納付していた場合で、再保釈請求で500万円の保釈保証金を条件とされた場合、従前の300万円を流用でき、200万円の保証金を新たに納付することができる。なお、第1審後の再保釈請求について権利保釈は認められず(法344条)、職権保釈しかなく、許可される場合でも保釈金額は従前より高くなる。