刑事弁護人の葛藤
1 ここ数日PC遠隔操作事件の被告人が自作自演の真犯人メールを送り、用いたスマホを警察が発見し、DNA鑑定で被告人と符合し、この報道を知った被告人は最終的に事件の関与を弁護人に対し自白し、保釈取消で収監されたニュースが注目されている。弁護人が無罪主張と警察検察批判を従前強く主張していただけに、あまりの急展開に様々な意見が交わされている。
2 刑事弁護の実務からすれば、否認していた被告人が自白に転じることは、決してめずらしい話しではない。筆者の経験でも起訴前の段階でも起訴後の公判段階でも何回かある。結果として弁護人が騙される自体、熱心な弁護人にはショックではあるが、自体が変化した場合は、変化に応じて最善の弁護を尽くすのが刑事弁護人の職業倫理というものである。逆に被告人が証拠関係上有罪かもしれないという心証をもっても、被告人が無罪を主張する以上、弁護人は無罪弁論するのが筋で有り、被告人の意思に反する活動は許されない。それが、弁護人の考えと合わない場合は、弁護人は辞任するしかない。だからといって、弁護人は被告人の言うことを何でも聞かなければならないというわけでもない。違法なこと、不正なこと(例えば、証拠隠滅など)に応じる必要はないのはもちろんである。弁護人にもデュープロセス、手続き的正義が要請されているからである。
3 ただし、無罪を争う否認事件で弁護人が陥りやすい問題があるとすれば、「事件」の証拠についての争点や捜査機関と抗争することに目がいってしまって、被告人自身の性格、考え、思いの深層に目が向かなくなり、いつのまにか「争うために争う」、弁護人のための「事件」として扱ってしまい、被告人の真意、ひいては事件の真相への吟味検討がおろそかになってしまうことである。弁護人にすら、性格上、本当のことが話せない被告人、自己保身ないし仲間に対する義理からうそをいう被告人などは実際に存在するし、弁護人は捜査機関よりも被告人に近い立場にあるのであるから、この点に注意を払いながら信頼を得て被告人の本音を引き出さなければならない。そうでなければ、充実した弁護はできない。捜査機関が「絵を描いて」取り調べをするのと同じように弁護人が安易に「絵を描いて」弁護活動をすることは、どちらも、結果的に重要な事実に目をふさぎ、真実発見も適正手続きの実践も不十分になってしまう。
4 本件は、捜査機関側も弁護人側もその活動上、反省すべき点がある。前者はサイバー犯罪の捜査方法の不十分さと人権侵害をもたらす安易な自白強要による古典的な捜査手法の限界、後者は、被告人の真意を推し量る吟味、慎重さが不十分だった点である。もっとも、弁護人の強力な弁護により保釈がなされ、その結果として、被告人が偽メールを送信でき、捜査機関の古典的な「泳がせ捜査」が実を結び、偽の真犯人メールの証拠を保全でき、よって、被告人が追い詰められ自白し、保釈取消で収監され、真相が明らかになった。このことは、被告人にとって墓穴を掘ったという意味で滑稽であり皮肉であるが(デジタルでなくアナログ的な捜査手法の勝利)、弁護人がいうとおり、まさに「天がみている」ということであろう。