部分的犯罪共同説は、その共同正犯成立要件の吟味の中で「構成要件の重なり合い」を考慮するので、法定的符合説における錯誤論の実質判断は考慮済みになり、かつ刑法38条2項を当然の確認注意規定とみれば、60条の成否のみとらえ、法令適用上、同条項を適用する必要はないのが原則である。
但し、他方において判例通説は、抽象的事実の錯誤において、「構成要件の実質的重なり合い」を基準として肯定し(形式的な符合を超えて法益の共通性・行為態様の類似性などに着目する実質的符合)、軽い罪の認識で重い罪を実現した場合、38条2項により、軽い罪の客観的構成要件を厳密には充足しないのにもかかわらず、軽い罪の故意犯成立を認めている。その際、刑法38条2項を客観的構成要件が軽い罪を含むよう拡張修正する規定(構成要件修正規定)と理解する立場からは(町野、谷口、高橋則夫など)、実質的符合の限度では、部分的犯罪共同説の立場でも、共犯過剰においては例外的に刑法38条2項の法令適用を認めることが合理的であろう。
(2)共犯成立における構成要件関連性と罪名従属性・独立性
部分的犯罪共同説の実質は、第一に法定的符合説(構成要件符合説)の考えを共犯成立要件に組み込むものであり、これは故意の構成要件関連性にならって、共犯成立における構成要件関連性といってもよい。そうすると、部分的「犯罪共同」説の実体は、部分的「構成要件共同(符合)」説ともいうべきものである。
また、第二に共犯成立の面では軽い罪名に従属し、過剰部分について重い罪名の単独正犯が成立する。但し、この点、共犯成立の面でも例外的に共謀者と実行者間の錯誤の競合、教唆犯の共犯過剰などにおいて、罪名独立性を肯定せざるをえないと思われる※。
なお、部分的犯罪共同説にたって、この第二の特色を放棄し、罪名独立性を原則とすると(例えば、藤木など)、構成要件の一部共同ないし重要部分の共同を要求する行為共同説(平野、内藤、西田、山口、前田[なお、同・刑法総論講義第三版では「やわらかい行為共同説」と呼称]※※)との区別は困難であるし、例外があるとはいえ、第二の特色を維持し、罪名従属性を原則とする意味で、部分的犯罪共同説を理解することが妥当であろう。
※部分的犯罪共同説と罪名独立性
・共謀者と実行者間の錯誤の競合ケース
例えば、デパートのトイレ近くのベンチに放置されていた財布を持ち主がトイレに行こうとした際に置き忘れたことをAは知りつつ、これを知らないBに対して、「あの財布を盗ろう」と共謀し、Bは遺失物の意思で財布を取得した場合で、Aは実行せず見張りをして、財布の被害者の占有はまだ失われていないことを前提にすると、Bは、軽い占有離脱物横領の意思で客観的には重い窃盗を実現したことになる。
よって、Bには、抽象的事実の錯誤により、刑法38条2項により、重い窃盗罪は成立しないが、構成要件が実質的に重なる軽い占有離脱物横領罪が成立する(実行者の抽象的事実の錯誤)。
他方、BはAとの共犯関係上、部分的犯罪共同説の立場からは、実質的に重なる軽い占有離脱物横領罪の共同正犯が成立する(Bからみると客観的な窃盗の共同実行が実現されているので、共犯過剰の一種とみることができる)。
窃盗の意思の共謀者Aの罪責は、窃盗罪の単独正犯と占有離脱物横領罪の成否が問題となるところ、前者については直接実行していないので、窃盗罪の間接正犯が検討されるべきところ、間接正犯の評価が可能であっても、Aは窃盗の共謀共同正犯の意思で客観的には間接正犯を実現したことになる(関与形式の錯誤[共犯の錯誤の一種])。
この点、共同正犯も間接正犯も相互利用か一方的利用かの差異はあるが、他人を利用した正犯行為という点で共通しており、実質的に構成要件は重なる。
よって、判例通説の立場からすると、①抽象的事実の錯誤における法定刑同一の類型と同じと解し、客観的な罪、つまり窃盗の間接正犯を肯定する見解、②法定刑同一の場合は、刑法38条2項を準用し、主観面の意思に応じた罪の成立を認めることを前提に(内藤・前掲下Ⅰ995頁参照)、つまりAに窃盗罪の共謀共同正犯を肯定する見解、③共同正犯と間接正犯では、後者のほうの犯情が重いとみて、刑法38条2項を準用し、窃盗罪の共謀共同正犯を肯定する見解が考えられよう。
この点、①の解釈は、仮にAがBも窃盗を行う意思と誤解していた場合、間接正犯を認めるのはその主観的対応と客観的に窃盗の共同実行の事実が実現されていることを軽視し、妥当でない。そうすると、②ないし③の解釈となるが、結果的にAに窃盗罪の共謀共同正犯成立を認めると(占有離脱物横領罪の共同正犯は法条競合)、罪名従属性は貫徹されず、罪名独立性を認めざるを得ないことになる。
・教唆犯の共犯過剰のケース
例えば、AがBに対し、窃盗を教唆したところ、Bが強盗を実行した場合、あるいは占有離脱物横領罪を教唆したところ、Bが窃盗を実行した場合、Aには構成要件の重なる軽い罪の限度で軽い罪の教唆犯、つまり窃盗教唆や占有離脱物横領罪の教唆犯が成立する(刑法38条2項)。この場合も部分的犯罪共同説は罪名従属性を貫徹することができず、罪名独立性を認めざるを得ないことになる。この場合、教唆犯の罪名に対応する同一罪名の正犯は成立していないから、一種の「正犯なき共犯」となっている。
※※行為共同説と罪名従属性
平野博士は、犯罪共同説は、罪名従属性説であり、行為共同説は罪名独立性説であると指摘した(平野龍一・刑法総論Ⅱ346頁参照)。しかし、罪名科刑分離説を採用しない限り、既に述べたとおり、今日の部分的犯罪共同説で罪名従属を貫徹することは困難である。
また、行為共同説の立場でも、強盗を教唆したところ、正犯の実行が窃盗にとどまった場合(共犯過剰の逆、いわば「共犯過少」)に、罪名独立性を貫徹すれば、強盗の教唆犯と窃盗の正犯が成立することになる。しかし、この結論は、強盗の違法性は、正犯としては実現されておらず、教唆行為のみにおいて基礎づけられており、純粋惹起説に適合的であっても、実質は共犯独立性説(実行独立性説)を採用しているのと同じことである。すなわち、通説である実行従属性説[共犯従属性説]、制限従属性説と矛盾が生じてしまうのである。
よって、この場合、実行従属性説・制限従属性説との均衡上、行為共同説の立場から、例外的に軽い窃盗の教唆犯の成立を認めるのならば、罪名従属性を認めることになり、罪名独立性を貫徹しないことになる(ちなみに、行為共同説に立ちながら、前田・前掲538頁は、重い罪を教唆し軽い罪が実行された場合を、共犯の錯誤の場面と解するが、実行従属性説(正犯の実行行為の存在)と因果関係を根拠に重なり合う軽い罪の教唆犯成立を認めており、結果的に罪名従属性を肯定している。)
この意味で、行為共同説と共犯独立性説(実行独立性説)を採用することによって、はじめて罪名独立性が理論的に貫徹しうるといえよう。
7 おわりに
以上、いわゆる部分的犯罪共同説の理解について、判例と法令適用を踏まえ、あいまいであった内容を再定義し、再構成を試みた。しかし、従来の判例通説の考えをなぞり明確化しただけにすぎないところもあり、理論的にすべてクリヤにできたわけではない。特に法令適用と罪数論、罪名従属性・独立性の関係については、別の考え方もありうる。また、判例学説の理解に不十分なところもあるかと思われるが、これらの点は、将来、補訂・補充の論考でカバーしたい。
主要参考文献
団藤重光・刑法綱要総論第三版(創文社 1990年)
平野龍一・刑法総論Ⅱ(有斐閣 1975年)
藤木英雄・刑法講義総論(弘文堂 1975年)
内藤謙・刑法講義総論下Ⅰ(有斐閣 1991年)
内藤謙・刑法講義総論下Ⅱ(有斐閣 2002年)
山口厚=井田良=佐伯仁志(岩波書店 2001年)
西田典之・刑法総論第2版(弘文堂 2010年)
高橋則夫・刑法総論初版(成文堂 2010年)
前田雅英・刑法総論講義第5版(東京大学出版会 2011年)
板倉ほか判例刑法研究(4)未遂・共犯・罪数(有斐閣 1981年)
阿部純二ほか編・刑法基本講座第4巻(法学書院 1992年)
藤木英雄ほか編・刑法の争点新版(有斐閣 1987年)
西田典之ほか編・刑法の争点第3版(有斐閣 2000年)
昭和54年度最高裁判例解説
平成17年度最高裁判例解説