刑事手続きの基礎 「訴因の特定と被害者の氏名…被害者匿名起訴の問題」その1 | 刑事弁護人の憂鬱

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刑事手続きの基礎 「訴因の特定と被害者の氏名…被害者匿名起訴の問題」その1

 

1 はじめに

 

  近時、刑事実務において、性犯罪事件の被害者の氏名を匿名にした起訴状が提出され、裁判所において、これを認めるもの、認めないものと判断が分かれている。最高裁は、司法研修所等内部検討に入り、さらに日本弁護士連合会に意見を求めている。(http://www.jiji.com/jc/zc?k=201309/2013092300166 )。

  被害者保護の要請から、従来からも起訴状朗読や尋問の際に被害者の氏名を出さないことがなされていたが、そもそも起訴状そのものに被害者氏名を記載しないケース(いわば被害者の匿名起訴 ニュース報道によれば、最高検察庁の指示により、平成25年に入ってから全国の地検が匿名起訴をし始めているという。http://mainichi.jp/select/news/20130615k0000m040125000c.html)が出てきたことは、訴訟遂行上の単なる事実上の氏名秘匿ではなく、起訴状自体の法的効力の問題、特に訴因の特定の問題とからみ理論的な問題を提起しており、基本的な方向としては、立法的に手当による解決が望ましいが、それにもクリアしなければならない問題が残る。

  この問題は、被害者保護と被告人の防御の利益が、理論上対立する場面であるが、まず、基礎理論としての訴因の特定の問題を検討し、被害者氏名に関する従来の保護規定を概観しつつ、被害者氏名の不記載の具体的類型を想定し、理論的・政策的・立法論的検討及び問題点について検討する。※

 

※捜索差押え令状・逮捕状・勾留状の被害者氏名秘匿

  被害者氏名秘匿の問題は、起訴状だけでなく、捜査段階の捜索差押令状、逮捕状、勾留状の記載の被疑事実においても問題となる。令状提示の原則もあり、起訴状同様に防御範囲の明示との絡みで問題となる。匿名起訴よりも先に匿名令状のほうが前倒しでその有効性が吟味されるともいえる。捜査の流動性、罪証隠滅の防止の必要性などから、画一的処理がしにくい領域でもあるが、後述する匿名起訴の考えの応用により解決すべきであろう。

 

2 訴因の特定について

 

 検察官が提出する起訴状の記載事項について、刑訴法256条2項は、①「被告人の氏名その他被告人を特定するに足りる事項」、②「公訴事実」、③「罪名」とする。②の「公訴事実」については、同条3項は、以下のように規定する。

 

刑訴法256条第3項

 「公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない。」

 

 つまり、公訴事実は、訴因=具体的な犯罪事実を「できる限り」特定して記載する必要がある。日時場所方法は例示であり、被害者のある犯罪事実では、被害者の具体的記載が要求されることはもちろんである。

 かかる訴因の特定は、「できる限り」=as far as knownの意味であり、確認されていなければ書かなくてよいという意味ではなく、訴因の特定が裁判所に対する審判対象の明示とともに被告人に対する防御範囲の明示という趣旨に照らし、「できる限り」厳格にの意味と解すべきである(田宮裕・刑事訴訟法新版178頁参照)。

 訴因の特定がなされていない起訴状による起訴は無効となる(刑訴法338条4号)。ただし、裁判所の釈明により、補正により訴因が特定がされれば有効な起訴となる(訴因の補正 判例通説)。

 もっとも、覚せい剤の自己使用罪の起訴においては、立証の困難性から日時場所をかなり概括的な記載で起訴することが実務上多く、起訴時の証拠に基づき「できる限り」特定したものとして有効とするのが判例でもある(吉田町覚せい剤使用事件 最決昭和56・4・25)。尿鑑定の結果から使用の事実があったことは間違いがなく、ただ、被告人が否認している場合は、日時は薬物が体内に吸収され尿として排出される合理的な期間から推測するため、一定の幅が生じざるをえないこと、その幅の範囲内での被告人の行動範囲から場所を推認せざるをえないことなどの事情から「できる限り」が緩和されるともいえるが、被告人の防御の点から、その日時の幅の間で1回の使用行為を起訴した趣旨の限度で、特定として有効と解されよう(田宮・前掲179頁)。なお、密出国の事件につき、その特殊性から日時場所の概括的記載の訴因を有効とする判例もある(白山丸事件 最大判昭和37・11・28)。

 罪となるべき事実の一部である被害者の特定にあたっては、通常は、被害者の氏名、年齢等により特定する。ただし、法文上、明らかなように被告人と異なり、被害者氏名を特定に要求する規定は現行法上、存在しない。しかし、個人の氏名は、個人を識別する高度な機能を有し、被害者特定の原則的記載要素となることは当然であり、原則として氏名の記載だけで特定は足りる(末永秀夫ほか・5訂版犯罪事実記載の実務 刑法犯 11頁参照)。もちろん、殺人事件で被害者の身元が判明しないこともあり、その場合は、氏名の記載はできないので、身体的特徴、服装、推定年齢等により特定することなる。

 なお、被告人の特定も、氏名による特定が原則であるが、黙秘などにより不明な場合は、留置番号等により特定することになる。

 

3 被害者氏名等の保護規定

 

 性犯罪の被害者保護の観点から、平成19年刑訴法改正により、一定の犯罪について裁判所が相当と認めるときは、公開の法廷で、被害者等の氏名等(被害者特定事項)を明らかにしない旨の決定をすることができるとの規定が新設された(刑訴法290条の2)。かかる秘匿される被害者特定事項とは、被害者の氏名及びその他当該事件の被害者を特定させることになる事項である。

 秘匿の具体的方法は、起訴状の朗読(起訴状を被告人に示すことを要する。同法291条2項)、冒頭陳述、証拠書類の朗読、尋問等にあたって、被害者特定事項、たとえば、「甲野乙子」という氏名を秘匿し、「本件被害者」などと呼称し審理を進行させる(同法291条2項、305条3項等)。また、検察官は、被害者特定事項が明らかにされることによって、被害者等の名誉等が著しく害される場合は、証拠開示の際に被告人の防御に関し必要がある場合を除き、被告人その他の第三者への開示をしないよう求めることができるとされる(同法299条の3)。

 

刑訴法

第291条の2

第1項

 「裁判所は、次に掲げる事件を取り扱う場合において、当該事件の被害者等(被害者又は被害者が死亡した場合若しくはその心身に重大な故障がある場合におけるその配偶者、直系の親族若しくは兄弟姉妹をいう。以下同じ。)若しくは当該被害者の法定代理人又はこれらの者から委託を受けた弁護士から申出があるときは、被告人又は弁護人の意見を聴き、相当と認めるときは、被害者特定事項(氏名及び住所その他の当該事件の被害者を特定させることとなる事項をいう。以下同じ。)を公開の法廷で明らかにしない旨の決定をすることができる

 

 刑法第百七十六条 から第百七十八条の二 まで若しくは第百八十一条 の罪、同法第二百二十五条 若しくは第二百二十六条の二第三項 の罪(わいせつ又は結婚の目的に係る部分に限る。以下この号において同じ。)、同法第二百二十七条第一項 (第二百二十五条又は第二百二十六条の二第三項の罪を犯した者を幇助する目的に係る部分に限る。)若しくは第三項 (わいせつの目的に係る部分に限る。)若しくは第二百四十一条 の罪又はこれらの罪の未遂罪に係る事件

 

 児童福祉法第六十条第一項 の罪若しくは同法第三十四条第一項第九号 に係る同法第六十条第二項 の罪又は児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律第四条 から第八条 までの罪に係る事件

 

 前二号に掲げる事件のほか、犯行の態様、被害の状況その他の事情により、被害者特定事項が公開の法廷で明らかにされることにより被害者等の名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれがあると認められる事件」

 

 第2項  「前項の申出は、あらかじめ、検察官にしなければならない。この場合において、検察官は、意見を付して、これを裁判所に通知するものとする。」

 

 第3項  「裁判所は、第一項に定めるもののほか、犯行の態様、被害の状況その他の事情により、被害者特定事項が公開の法廷で明らかにされることにより被害者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させ若しくは困惑させる行為がなされるおそれがあると認められる事件を取り扱う場合において、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴き、相当と認めるときは、被害者特定事項を公開の法廷で明らかにしない旨の決定をすることができる。

 

 第4項  「裁判所は、第一項又は前項の決定をした事件について、被害者特定事項を公開の法廷で明らかにしないことが相当でないと認めるに至つたとき、第三百十二条の規定により罰条が撤回若しくは変更されたため第一項第一号若しくは第二号に掲げる事件に該当しなくなつたとき又は同項第三号に掲げる事件若しくは前項に規定する事件に該当しないと認めるに至つたときは、決定で、第一項又は前項の決定を取り消さなければならない。」

 

第291条

  第1項  「検察官は、まず、起訴状を朗読しなければならない。」

 

  第2項  「前条第一項又は第三項の決定があつたときは、前項の起訴状の朗読は、被害者特定事項を明らかにしない方法でこれを行うものとする。この場合においては、検察官は、被告人に起訴状を示さなければならない。

 

 

第295条

 第3項  「裁判長は、第二百九十条の二第一項又は第三項の決定があつた場合において、訴訟関係人のする尋問又は陳述が被害者特定事項にわたるときは、これを制限することにより、犯罪の証明に重大な支障を生ずるおそれがある場合又は被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがある場合を除き、当該尋問又は陳述を制限することができる。訴訟関係人の被告人に対する供述を求める行為についても、同様とする。

 第4項  「裁判所は、前三項の規定による命令を受けた検察官又は弁護士である弁護人がこれに従わなかつた場合には、検察官については当該検察官を指揮監督する権限を有する者に、弁護士である弁護人については当該弁護士の所属する弁護士会又は日本弁護士連合会に通知し、適当な処置をとるべきことを請求することができる。」

 

第299条の3

       「検察官は、第二百九十九条第一項の規定により証人の氏名及び住居を知る機会を与え又は証拠書類若しくは証拠物を閲覧する機会を与えるに当たり、被害者特定事項が明らかにされることにより、被害者等の名誉若しくは社会生活の平穏が著しく害されるおそれがあると認めるとき、又は被害者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え若しくはこれらの者を畏怖させ若しくは困惑させる行為がなされるおそれがあると認めるときは、弁護人に対し、その旨を告げ、被害者特定事項が、被告人の防御に関し必要がある場合を除き、被告人その他の者に知られないようにすることを求めることができる。ただし、被告人に知られないようにすることを求めることについては、被害者特定事項のうち起訴状に記載された事項以外のものに限る。