第2 施設内処遇と仮釈放
1 刑事収容施設法の制定
日本の刑事司法実務における自由刑の受刑者の処遇は、かつては監獄法と監獄法施行規則、行刑累進処遇令によって、行われていた。
しかし、監獄法は明治41年に施行されたものであり、戦後の日本国憲法下の受刑者の人権※や社会復帰論※※とそぐわず、規定上も不備な点が目立った。戦後何回か監獄法は改正論議がなされたが、いわゆる代用監獄問題※※※などで紛糾し、改正にはいたらなかったが、平成17年に「刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律」が成立し、さらに未決拘禁者処遇を含めた改正がなされ、平成18年に「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」(以下「刑事収容施設法」という。)が成立した。これにより監獄法は全面改正がなされた。
今後は、受刑者及び未決拘禁者の施設内処遇は、刑事収容施設法にもとづきなされることになる。
※受刑者・未決拘禁者の人権と特別権力関係論
受刑者及び未決拘禁者という在監者の人権については、かつて特別権力関係論が主張された。すなわち、特別の公法上の原因(法律の規定または本人の同意)によって成立する公権力と国民との特別の法律関係を「特別権力関係」という観念で捉え、①公権力は包括的な支配権(命令権、懲戒権)を有し、個々の場合に法律の根拠なくして特別権力関係に属する私人を包括的に支配できること(法治主義の排除)、②公権力は、特別権力関係に属する私人に対して、一般国民として有する人権を、法律の根拠なくして制限することができること(人権の制限)、③特別権力関係内部における公権力の行為は原則として司法審査に服さないこと(司法審査の排除)を主張する理論である(芦部信善・憲法第5版106頁参照)。しかし、平等原則、法の支配の理念を採用する日本国憲法下の解釈においては、在監者の人権を否定するに等しい特別権力関係理論は妥当しないとするのが通説であり(芦部・前掲108頁以下参照)、判例も、在監者の人権に司法審査を認めている。ただし、憲法が予定する在監関係とその自律性を考慮し、拘禁と戒護(規律維持を含む)及び受刑者の矯正教化という在監目的を達成するための最小限度の規制が許されるとするのが通説で有り、判例も比較衡量論の枠であるが、在監者の新聞閲読に関する事前の新聞記事抹消処分と在監者の知る権利の問題について、抹消処分も閲読を許すことによる監獄内の規律および秩序の維持にとって障害が生じる相当の蓋然性がある場合に適法とする(「よど号」ハイジャック新聞記事抹消事件最大判昭和58・6・22)。旧監獄法50条同施行規則130条の信書の検閲も合憲とされている(最判平成6・10・27)。さらに在監者の喫煙の自由(憲法13条)につき、その在監中の制限(旧監獄法施行規則96条)について、必要かつ合理的な制限として合憲としている(最大判昭和45・9・16)。つまり、判例は在監者の人権制約について司法審査を認めつつも具体的に判断においてはその制約を合憲適法とする傾向がある。なお、これに対し、信書の発信の制限について裁量権の逸脱を認めた判例もある(最判平成18・3・23)。
※※社会復帰論ないし社会復帰思想
社会復帰論ないし社会復帰思想は、刑罰論における近代学派・新派の目的刑・教育刑主義・特別予防主義・社会防衛主義と密接に関係する。
すなわち、近代学派は、刑罰は応報ではなく教育であり、行為者の反社会性を矯正して社会に適応復帰させることが刑罰の目的であり、刑罰によって犯人が教育改善されれば、その者は将来犯罪を起こさないようになる、つまり再犯を予防し、これにより犯罪から社会を防衛することができると主張した(団藤・前掲28頁以下参照)。
このような近代学派の思想は、受刑者を改善更生させて社会に復帰させることを自由刑・行刑の目的とする社会復帰論ないし社会復帰思想の理論的背景となっている。戦前からの日本の施設内処遇、つまり行刑実務においては、この社会復帰論ないし社会復帰思想が浸透し、処遇の人道化、受刑者の人権保障とともに重要な指導理念となっている。近代学派の思想は、刑法の解釈論、とくに犯罪論においては戦後、ほとんど主張されなくなり、縮小したが、行刑実務の分野では、21世紀の今日でも重要な影響を与えている。刑事収容施設法第30条も社会復帰論ないし社会復帰思想を反映している。
上記にあげた理念のほか社会復帰論が採用される実質的な理由としては、「罰せられるのは行為ではなく行為者である」という事実、自由刑の受刑者は満期ないし仮釈放により必ず社会に復帰するという事実、戦前の国家の温情主義ないし国親思想、「罪を憎んで人を憎まず」という日本の伝統的な考え、戦後の人権意識の向上、行刑における個別処遇・社会復帰目的を設定することによる処遇のプラス面などが考えられる。
もちろん、社会復帰論ないし社会復帰思想に対する批判もある。危険な性格の除去というのは、犯罪を病気、処遇を治療に類するものと考え(医療モデル)、危険がなくなるまで、つまり病気が治るまで、治療=処遇するという不定期刑制度が採用されると、受刑者の人権や主体性を著しく制約ないし阻害することになる。現実にアメリカでは、1970年代になって、コストがかかるわりには予防効果が乏しいとか、人権侵害の危険がいわれ「医療モデル」=社会復帰思想が衰退した(これは犯罪学における犯罪原因論の衰退でもあった。瀬川晃・犯罪学325頁以下参照)。1980年代のアメリカでは「医療モデル」にかわり「公正モデル(正義モデル)」が台頭したが(受刑者を社会から隔離することにより犯罪を防止・抑止することを重視する。)、日本の行刑実務は、なお社会復帰思想が維持されたのである。
刑事収容施設法
(受刑者の処遇の原則)
第30条「受刑者の処遇は、その者の資質及び環境に応じ、その自覚に訴え、改善更生の意欲の喚起及び社会生活に適応する能力の育成を図ることを旨として行うものとする。」
※※※代用監獄問題
旧監獄法1条3項は、警察署に付属する留置場を監獄に代用することを認めていた、これを「代用監獄」という。捜査段階の被疑者の勾留は、原則として留置場すなわち代用監獄で行われた。専用の拘置所が少なく、警察署の施設数のほうが多いことといった物理的便宜性はもとより、警察署に留置するほうが、取り調べ上便宜である反面、自白強要などの人権侵害が生じやすいとの批判がなされていた(田宮裕・刑事訴訟法新版86頁参照)。
刑事収容施設法は、代用監獄としての警察署留置を廃止するのではなく、警察署の留置施設を正面から未決拘禁者の収容施設として認め(同法14条)、留置担当者の拘禁者の人権についての教育指導及び留置担当者の捜査の従事を禁止し(同法16条)、留置施設視察委員会による視察等により留置業務運営の適正化がなされている(同法20条以下)。捜査担当者と留置担当者を分離すること自体、旧監獄法時代から、警察留置実務の運用により、実施されており、刑事収容施設法はこれを立法化したものである。
代用監獄時代、劣悪といわれた警察留置施設についても、留置施設の新設・拡大化、合理化は、少なくとも都内の新規の所轄署や警視庁分室の留置施設では少しづつ進んでいる(例えば湾岸警察署、警視庁原宿分室など)。よって、自白強要等の問題と解決策は、今日では取り調べの可視化論の問題にシフトしつつある。