「司法試験に合格し法曹の入り口に立ってしまった人たちへ」
本日、幸運にも又は不幸にも合格してしまった人たちに対して、以下の文章を贈りたい。いろいろ困難も多いが進むしかないという諦念と熱意と希望を込めて…
牧野英一著「人たちの言葉その折々」78頁以下より
「われ等のミストレスたる法律は、ただ、不断の真摯な熱情を以って、求愛せらるべきである。
If we are to speak of the law as our mistress,we who are here know that she is mistress only to be wooed with sustained at lonely passion…..
(Oliver Wendell Holmes,The law.Speech at Suffolk Bar Association Dinner,February 5,1885,Collecterd legal papers.)」
「ホームズは、まずいう。いかなる事柄でも、それが理解せられたとき、そうして他の事物との連絡においてながめられたとき、それが興味あるものでないものはない。コーリング(職業)は、すべて立派に追進せられたときには立派なものである、と。職業に上下の区別のないことは固より考えておかねばならぬことである。われわれの職業はコーリングなので、神の召し呼ぶところに依ってそれぞれになっているのである。職業に高い賤しいの差別のないのは人類普遍の原理である。」
「しかし、ホームズは、ローヤーたちの集会の席上において、ローヤーとしての自己の仕事を互に反省しようというのであった。ローヤーとしての自己の仕事を批判して見るとこの職業のように人の精神のエナージーを大規模に実現せしめるものは、他にないのでなかろうか。この職業においてのすべてに、ローヤーは証人としてそれに参加するのであるし、また、当事者としてそれに参加するのである、とするのであった。ローヤーの仕事は、人間の生活そのものの真に活き、真に動き、真にはたらき、真に飛ぶところのものを目標とし対象とするのである、と説くのであった。」
「かくして、ホームズは、法律を以って、われ等のミストレスと呼ぶのである。このミストレスは手軽にその意を迎えることのできるものではない。不断の真摯切実な情熱を以って、求愛せねばならぬ。精一ぱいのすべての能力を尽くすことに因ってはじめて成功し得るのである。法律は容易に神神しい姿を示すものではない。それに接するには大きな努力を必要とするのである。」
(中略)「法廷において、また市場において、法律の姿を考えて見るとき、このミストレスは、そこに微笑と威厳とを有って立っている。うちひしがれた者のためには保護のほほえみを示すし、元気よく闘う者に対しては正義の目を見はってこれを護る。そうして、その厳粛な命令に背いて横道に逃げ込もうとする者に向かっては、仮借なき死の面相を示すのである。」
「されば、われ等のミストレスたる法律のために讃歌を高唱しよう、とホームズは結んだのである。」