刑事手続きの基礎「公訴時効と免訴判決」
1 公訴した段階で、公訴時効が完成していると(刑訴法250条)、裁判所は免訴の判決をしなければならない(同法337条4号)。有罪無罪の判断をせず、裁判を打ち切るということである。
実務上、公訴時効による免訴裁判が行われるというのは少ないのであるが(公訴の段階で検察官がチェックするため。それでも看過され、かつ裁判所も気づかないケースも軽微な犯罪ではあるようである。)、最近公訴時効に関して興味深い判決が2つあった。
2 一つは、公訴時効と共犯との問題に関する明石歩道橋事件(強制起訴事件)の神戸地裁の判決である(平成25年2月20日)。
そもそも、公訴時効は犯罪行為が終わった時から進行するが(同法253条1項)、公訴により時効は停止するところ、共犯の場合は、共犯の一人に対してした公訴提起により、他の共犯についてもその効力を及ぶとの規定がある(同法254条2項)。
上記明石歩道橋事件はすでに複数の元警察官等が業務上過失致死罪として起訴され有罪となったものもあったが、本件では当時の警察副署長の過失責任が問われたものである。個別にみると元警察副署長の公訴時効が完成しているが、他の事件と共犯関係が認められれば、既に起訴された他の事件との関係上、刑訴法254条2項により、時効停止の効力が及び時効は完成しないことになる。
検察官役の指定弁護士は元警察副署長と現場の警察官との間に過失の共同正犯が成立するとの主張で時効停止の効力が生じる旨主張したが、判決は、元警察副署長に過失はなく、共犯関係もないとして、時効完成を認めて免訴の判決をした。
過失の共同正犯の成否という刑法上の問題もあるが、ここで刑訴法上の問題として着目すべきは、公訴時効という形式裁判をしながら、過失ないし共同正犯が認められないとして犯罪事実の存否について判断しており、事実上の無罪判決ともいえる判示となっている点である。
公訴時効は、訴訟条件であり、その完成は訴訟条件を欠くものとして、有罪無罪の犯罪事実の存否に関する実体裁判ではなく、裁判打ち切りの形式裁判と理解されている(形式裁判説 通説 田宮裕・刑事訴訟法新版449頁)。
とすると、上記犯罪事実の存否の判断は法的には無罪判決ではないということになる。
他方、免訴裁判は従来から、公訴棄却など他の形式裁判と性質を異にし、実体関係的訴訟条件に関する裁判であって、公訴時効などの免訴の訴訟条件は、実体関係的訴訟条件で有り、その存否の判断において必然的にある程度まで実体審理に立ち入る必要があるという実体関係的形式裁判説が主張されていた(団藤重光・新刑事訴訟法綱要7訂版159頁以下参照)。
この見解は、免訴裁判を実体裁判と同様の既判力(一事不再理)の効力を認める理論的根拠を与えるものである。このような見解からすれば、本判決のような「無罪的な実体関係的形式裁判」としての免訴も理論的には問題なく、確定すれば、無罪判決と同様に既判力(一事不再理)の効力が生じることになる(ちなみに本件は控訴され平成25年9月4日現在確定していない。)。
もっとも、通説である形式裁判説でも、刑訴法254条2項の共犯による時効停止の効力の有無の判断においては、共犯関係という実体関係を審理せざるをえず、この意味で実体関係的な形式裁判としての免訴も法が予定している場合があるともいえよう。
3 この実体関係的形式裁判説と関連して興味深いもう一つの判決として、縮小認定と公訴時効の問題についての東京高裁の判決(平成25年8月6日 関税法違反(無許可輸出未遂)事件)がある。本判決は、未遂の成立を否定し予備罪の限度にとどまると縮小認定をして、罰金の有罪判決を言い渡している。ところが、無許可輸出未遂の公訴時効は5年であるが、予備罪は3年であって、事件が起きたのが平成20年3月であり、略式起訴されていたのが平成24年12月であるから、未遂を基準とすると公訴時効は5年内で完成していないが、予備を基準とすると3年を経過し、公訴時効が完成している。そこで、むしろ免訴の判決をすべきであったのではないかと指摘がなされている。
未遂も予備罪も行為の発展段階の過程で有り、未遂が成立する場合は予備罪は成立せず、逆に未遂が成立しない場合は予備罪が成立しうるのであり、公訴事実の同一の範囲内、大は小を兼ねる関係にあるから、一種の縮小認定は可能である。
また、時効停止の効力は公訴事実の同一の範囲内まで及ぶとするのが通説であるところ、未遂で起訴すれば、公訴事実の同一の範囲内である予備罪も公訴時効が停止する。しかし、この場合も未遂の起訴時点で予備罪の公訴時効が完成していないことが前提である(松本一郎・事例演習教室刑事訴訟法102頁以下参照)。よって、本判決が予備罪の有罪判決を行ったことは違法ということになるであろう。
では、いかなる判決をすべきであったのか。
まず、通説の形式裁判説を前提にすれば、端的に未遂についての無罪判決が考えられる(無罪判決説)。そもそも、予備罪への縮小認定は、公訴時効完成のため、実体審理は許されなくなるからである。
次に予備罪についての公訴時効完成を理由とした免訴判決が考えられる(免訴判決説)。未遂が不成立という実体審理、認定を前提にするので、実体関係的形式裁判の一種とみることになる(未遂との関係では「無罪的な実体関係的形式裁判」)。しかし、予備罪との関係では、この場合「有罪的な実体関係的形式裁判」となろう。
以上の無罪判決説と免訴判決説のふたつは理論的にはどちらもありうる。通説を前提にすれば、既判力・一事不再理効の点でも差異はない。
ただ、時効が完成している予備罪をわざわざ縮小認定し「有罪的な実体関係的形式裁判」をする必要があるのかどうか。検察官の処罰意思からしても、被告人の法的地位からしても、未遂の成否に攻防のウェイトがあるのであり、端的な未遂の無罪判決が素直な判断ではなかろうか。公訴時効が完成している場合は縮小部分については本件控訴審の攻防の対象から外れているとの理由付けで(いわゆる攻防対象論※の援用)、未遂の無罪判決説を支持しうると思われる。
※攻防対象論
包括一罪や科刑上一罪のように、一罪であっても数個の事実で構成される場合に、その一部たるA事実有罪、他の部分たるB事実無罪とされ、A事実について被告人だけで上訴したときは、B事実は攻防の対象からはずされ、裁判所は職権調査権を及ぼしえないという理論をいう(田宮・前掲468頁、最大決昭和46・3・24、最判昭和47・3・24、なお最決平成元・5・1参照)。また、田宮・前掲468頁は、「原審が処罰外とした趣旨が明瞭であれば、検察官が争わない以上、単純一罪でも攻防対象からはずされる場合がでてきうるだろう(例えば、縮小認定ではずされた部分、さらには法令違反、量刑不当が主張された場合の事実の不利益変更禁止へと発展しうる)」という。そうだとすれば、本件のように公訴時効完成により縮小訴因への変更による処罰が法的に不能な場合、同理論を援用ないし応用することは理論的に可能ではなかろうか。