刑法思考実験室「結果回避義務違反と許された危険…過失犯の構造の再編」その16 | 刑事弁護人の憂鬱

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カ 過失犯の類型

 A 過失の種類…単純過失・重過失・業務上過失

   過失の種類には、単純過失ないし軽過失(刑法209条、210条等)、重大な過失[重過失](同211条1項後段等)、業務上過失(同211条1項前段等)がある。単純過失より重過失や業務上過失のほうが重く処罰される。昭和22年改正まで重過失致死傷罪の処罰規定はなく、単純過失致死傷罪の加重類型は業務上過失致死傷罪しかなかった。さらに業務上過失死傷罪の加重類型として平成19年改正により自動車運転過失致死傷罪が新設された(同211条2項)。自動車事故類型については、危険運転致死傷罪とともに後述する。

   単純過失ないし軽過失とは、いままでのべたとおりの通常の過失(注意義務違反=予見義務・回避義務違反)をいう。

   重大な過失ないし重過失とは、注意義務に違反する程度が著しい場合をいう(西田・刑法各論第6版62頁等通説)。旧過失論では予見義務違反の程度が著しい場合であり、新過失論では、結果回避義務違反の程度が著しい場合と解される(なお、過失において二つの注意義務を必要とする立場からは、両方あるいは前者又は後者の義務違反の程度が著しい場合と解することもできよう。)重大な過失が重く処罰される根拠は、単純過失に比べて責任が重い(旧過失論 内藤など)ないし違法性が強度である(新過失論 藤木・前掲253頁)からである。業務上過失における業務概念を判例通説は拡大解釈する結果、重過失に該当する事例は少ない(住宅地の路上でのゴルフの素振りで自転車にのっていた被害者に強打し死亡させた場合、飲酒酩酊すると心神耗弱ないし心神喪失となり暴行を加える習癖のある者が飲酒の上傷害を被害者に負わせた場合、自転車が赤信号を見落とし歩行者に傷害を負わせた場合など)

 これに対し、業務上過失とは、単に業務者に関する過失というだけでなく「業務上必要なる注意を怠ること」をいう(団藤・刑法綱要総論第三版345頁)。業務上過失致死傷罪における業務とは、「人が社会生活上の地位に基づき反復継続して行う行為であって、かつその行為は他人の生命身体等に危害を加えるおそれのあるものをいい、行為の目的がこれによって収入を得るにあるとその他の欲望をみたすにあるとを問わない」と解されている(判例【最判昭和33・4・18など】・通説)

 しかし、判例・通説によれば、娯楽のための自動車運転や狩猟行為も業務に含まれ、反復継続して行う意思があれば、初めての自動車運転行為でも業務に当たるものと拡張的に解されている(但し、家庭内の家事など日常的に危険を伴わないものは除く)。これは、単純過失致死傷の刑が罰金刑で軽いこと、かつて重過失の加重類型がなかったことから、5年以下の懲役・禁固で重く処罰するために業務性の概念の拡張解釈がはかられたものである。なお、業務上過失の処罰は、英米法、フランス法にはなく、ドイツ法においても1940年に廃止されている(藤木英雄・「過失犯の理論」116頁、団藤・前掲345頁等参照)。他方、業務上失火罪における業務とは「職務として火気の安全に配慮すべき社会生活上の地位」と解されている(最決昭和60・10・21など)。

   そもそも、業務上過失の加重根拠については、業務者に通常人よりも重い注意義務が課せられているとする特別注意義務説が判例(大判大正8・11・13など)及びかつての通説※であるが、過失犯全般において生命身体等の法益の危険を及ぼす行為の性質、具体的状況等により、課せられる注意義務の内容程度は異なるし、拡張された業務概念は、重過失概念との区別、ひいては軽過失との区別も相対化しがちである。そこで、業務上過失を重過失の一類型とする見解重過失説 内藤など)もあるが、条文の規定上は区別せざるをえない。そこで、業務行為の類型的危険性の程度と一般予防の必要を加味して特別注意義務説を現行法の解釈としては支持してよいであろう(なお、西田・刑法各論第6版63頁参照)。

他方、業務上過失の適用は、かつては自動車運転事故を含み、今日においても鉄道、航空機事故、公害・薬害事件、ホテル火災事件など過失犯における事実上原則的類型ともいえるほど多くの適用が実務上なされている。

特別注意義務説のように業務上過失致死傷罪等を業務者という身分犯の一種と把握することは、結果回避義務ないし作為義務との関係においては、法益の保護・危険の回避にあたって特別な類型的保証人的地位が要求されているともいえよう。しかし、このことは、注意義務の標準ないし注意能力論に解消されるともいえるのであり(類型的通常人を基準とする客観説は、業務者概念と重なってこよう。)、むしろ単純過失致死傷と類型的区別をすべきなのかどうか、立法論的には過失犯罪類型の規定方法について統合整理を行う必要があるといえる。たとえば、立法的に業務上過失を重過失に吸収し、削除することも提唱されている(高橋・前掲216頁参照)。

※業務上過失の加重根拠



 特別注意義務説にたつ団藤・前掲345頁は「業務上過失は、行為主体が業務者であるために(身分犯)、とくに重い注意義務が課されるのである。そこでは、もはや行為者の具体的な能力は顧慮されず、仮に行為者に業務上必要な注意をするだけの能力がなくても、責任は阻却されない。そこには、行政的な取締目的、いいかえれば行政刑法的な原理が忍び込んで、固有の刑法の原理を修正している」という。しかし、これでは、論者が注意義務の標準について折衷説をとっていること(団藤・前掲343頁)と矛盾するし、行政刑法的原理により責任主義が修正される意味ならば大きな問題である(さらに団藤・前掲346頁は結果の予見可能性・回避可能性の有無は「行為者本人の能力を基準とするものではなく、行為の具体的事情のもとにおいて業務者として可能であったかどうかを基準として判断されることになる」という。これは業務上過失においては、注意義務の標準について客観説を採用することを意味しよう。)。

他方、注意義務そのものについては業務者であると通常人であるとその程度は異ならないとする見解を前提に業務者という身分に着目し、①業務者は通常人より結果の予見範囲が広いから結果発生の防止は通常人より容易であり、それを怠った点に通常人より非難可能性が強いとする見解(責任非難加重説 滝川)、②業務者の過失は被害法益が重大であるとする見解(違法性加重説 宮本)、③業務者に対する一般予防を加重根拠とする見解(一般予防説 植松など)がある。他方、業務上の過失行為の違法性に着目し、④業務上の過失行為はしばしば重大な結果を惹起しやすい性質のものであり、それだけ、行為者に対して慎重な態度が要求され、その注意義務違反により重大な結果が惹起されるときには「社会的に公認された行為が安全に行われることに関する社会一般の信頼を裏切ることともなり、その行為の反社会性も強まる」ので、業務行為に伴う過失は通常の過失に比べて違法性が強度であることが加重根拠とする見解もある(行為の違法性の程度加重説 藤木英雄・「過失犯の理論」122頁)。

さらに特別注意義務説と行為の違法性の程度加重説を統合する見解もある(西原・前掲212頁、高橋・前掲215頁)。すなわち、業務上過失の加重根拠は、業務者には通常人の行えない権利が排他的に付与されていることの反面であって、業務上の注意は、そのような権利に見合う特別な義務であり、その義務を順守する程度は、業務者にとって別に「高度」なものではないが、人の死傷に致す危険のある個々の業務行為を行うについての「特別」な義務であるだけに、その違反は通常の注意義務違反よりも違法性の程度が高いと解するのである。しかし、無免許の自動車運転も「業務」に該当すると解されていたことからすると、通常人では行えない排他的「権利」を前提とすることは、判例通説の拡張的な業務概念と調和しにくいのではないかと思われる。