刑法思考実験室「結果回避義務違反と許された危険…過失犯の構造の再編」その14 | 刑事弁護人の憂鬱

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オ 過失の共同正犯

  過失の競合においては、監督者と被監督者の過失競合のような上下関係における行為者間の場合のみならず、チーム医療や共同作業(平等的水平的な関係)の場合、あるいは全く無関係な行為者間の過失競合の場合もある。また、これには、同時的な過失競合の場合(過失同時犯)もあれば、連鎖的異時的な過失競合の場合もある。個々の過失行為と結果との間に因果関係が認められるかぎり、個々の行為者に(単独の)過失犯が成立しうることは当然である。

問題は、個々の行為と結果との間の個別の因果関係が認められない場合、特に共同で作業する行為者において、たとえば、AとBが共同で熊に対して猟銃を発射したところ、弾がそれてCにあたり死亡したが、ABどちらの弾がCに当たったか不明な場合や、AとBが瓦礫を屋上から共同で落とす作業をしていたが、落とした瓦礫がCにあたり死亡したがABどちらが落とした瓦礫が当たったか不明な場合、各行為者に過失犯(業務上過失致死)は成立しないのか、それとも過失の共同正犯が成立し、ABともに過失責任を負うのかである。過失の共同正犯を肯定する場合は、ABに過失責任を負うことになるが、否定すると無罪と解される。但し、後述する同時犯解消説においては、単独の過失同時犯が成立しうるという。

従来、この問題は過失の共同正犯を肯定するかどうかの問題として議論され、さらに過失の共同という観点から共同正犯を肯定する見解、逆に否定する見解が主張された※。※※

判例は、メタノール含有飲料の販売罪の過失の共同正犯を肯定する(最判昭和28・1・23)。下級審では、失火の共同正犯を認めるものもある(名古屋高判昭和31・10・22など)。

なお、近時は過失共同正犯の問題は、過失同時犯に解消できるという見解も有力である(同時犯解消説 西田、前田、高橋則夫など)。

※行為共同説・犯罪共同説と過失の共働の理論

 従来、共同正犯における行為共同説は肯定説を主張し(牧野、木村など)、犯罪共同説は否定説を主張した(小野、団藤など)。前者は、共同正犯を基礎づける共同実行の意思を自然的な行為ないし事実を共同する意思と把握するが、後者は、特定の犯罪の故意の共同と把握するからである。しかし、過失犯の固有の実行行為を観念できるという新過失論の理解を前提に、犯罪共同説にかかわらず、過失の共同、つまり過失の共同正犯を肯定する見解が有力となった(いわゆる「過失共働の理論」からの肯定説 内田文昭、大塚、福田、船山など。)。刑法60条は犯罪の共同実行を要求しているだけであり、過失犯も犯罪であって、実行行為とその共同を観念できる以上(新過失論を前提とした過失共働)、犯罪共同説が故意犯に限定される論理必然性は本来ないはずであり、過失の共同正犯の場合の共同実行の意思を故意犯と同様に故意の共同と解する方がかえって不自然である。否定説の論拠として犯罪共同説の援用は、理論的根拠として強固なものとはいえない。行為共同説にたつにせよ犯罪共同説に立つにせよ、共同正犯論の観点から、否定説に立つ論理必然性はないというべきである。

さらに否定説は過失の本質を無意識的部分に求め、その共同を否定するが(団藤)、問題となるのは過失の「実行行為」の共同であって、「過失責任」の共同ではない(平野・前掲395頁参照)。

よって、過失の実行行為の共同という観点からは、理論上、過失の共同正犯肯定説が妥当である。

※※拡張的正犯概念・制限的正犯概念と過失の共同正犯

過失の共同正犯肯定説には、過失犯にも制限的(限縮的)正犯概念が妥当し、過失の共同正犯を認めようというのは、実行行為が共同のものいえる場合に限って共同行為者に過失犯の成立を認め、教唆・幇助しか当たらない場合は、因果関係があっても不可罰とする見解がある(平野・前掲395頁参照)。

他方、ドイツのヴェルツェルなどの過失の共同正犯否定説は、故意犯においては目的的行為支配があるが、過失犯においては、目的的行為支配はなく故意犯と同様の正犯性(制限的正犯概念)を認めることはできず、よって、拡張的正犯概念が妥当する、つまり過失犯に共犯はなく、すべて(単独)正犯であることを理由とする(橋本正博・「行為支配論」と正犯理論195頁、204頁以下参照。但し、橋本・前掲195頁は、結果回避可能な事実的寄与を過失犯の行為支配と解し肯定説をとる。)。

 

 さらに肯定説は、過失の共同正犯を基礎づける結果回避義務違反の内実は、共同作業者の相互間において各自の行為のみならず他の者の行為についても共同で注意する義務の違反、つまり「共同義務の共同違反」と主張した(ロクシン、藤木、大塚、世田谷ケーブル事件判決[東京地判平成4・1・23※]参照。平野・前掲395頁も「過失行為共働の形態は複雑で、その中には一方が他方の行為についてまで注意しなければならない場合と、他方に委せてしまってよい場合とがあ」り、「過失の共同正犯は、前者を捉え、後者を除外するための理論である」という。)。

世田谷ケーブル事件(東京地判平成4・1・23)

「そこで、本件火災における出火原因は、以上判示したとおり、被告人両名が第二現場で解鉛作業に使用した二個のうち一個のトーチランプの火が完全に消火されなかったため、この火が同所の電話ケーブルを覆っていた防護シートに着火した点にあると認定されるところであるが、以下、この点に関する被告人両名の注意義務と過失行為の有無について検討する。

 まず、前記本件各洞道の構造、洞道内における可燃性電話ケーブルの敷設状況等に照らして、このような洞道内で火災事故が一旦発生すれば、消火活動が困難であり、電話ケーブルが焼損して電話回線が不通となり、多数の電話加入権者を含む一般市民の電話使用が不能となって、社会生活上重大な影響の惹起されることは、一般的に容易に予見し得るところである。

 そして、かかる事態の発生を未然に防止する見地から、関係証拠によれば、日本電信電話公社においては、洞道内の火器使用上の注意として、「火器使用に当たっては、周囲の可燃物に対し適切な措置を行う。作業場を離れる時は、火気のないことを確認する。」旨を定め(電気通信技術標準実施方法C八一一・〇三〇「とう道の保守」(基準、標準)〔第一版・改定書第1号・昭和五九年八月二四日改定、同年一〇月二〇日実施〕中の九の三「とう道入出者の遵守事項」参照。)、同公社東京電気通信局長から電気通信設備請負工事施工会社宛に、既設洞道内での火災事故防止として「トーチランプを使用するときは、作業現場を整理し、可燃物等は付近におかないこと。」旨を指示し(昭和五四年四月二四日付「とう道内火災事故防止について」第二参照。)、これに従い、被告人両名所属の明和通信の元請企業である大明電話においても、「とう道内作業時の事故防止対策」(昭和五八年四月改定)を定めて、「火気使用に当たっては、周囲の加熱物に対し適切な措置を行う。」「作業現場を離れるときは、火気のないことを確認する。」旨を一般的に規定するほか、その遵守を徹底するため、大明電話の社員のみならず、明和通信等の下請会社の作業員に対しても、日頃から始業前のミーティング、安全対策会議等を通じて、「トーチランプの作業が終わったら火は必ず消すこと。作業現場から離れるときは、その場に置いておくトーチランプの火が消えているかどうかを確認し、その際には自己の使用したランプだけではなく、一緒に作業した者のランプについても確認すること。特に、その確認に当たっては、トーチランプを指差し、消火の有無を呼称して確認すること。」などの指示が繰り返し行われていたことが認められるとともに、殊に、本件の解鉛作業の場合等のように、数名の作業員が数個のトーチランプを使用して共同作業を行い、一時、作業を中断して現場から立ち去るときには、作業慣行としても、各作業員が自己の使用したランプのみならず共同作業に従事した者が使用した全てのランプにつき、相互に指差し呼称して確実に消火した点を確認し合わなければならない業務上の注意義務が、共同作業者全員に課せられていたことが認められるのであって、右の事実に徴すると、本件のように共同解鉛作業中、一時現場を離れるに当たり、共同作業者においては、トーチランプにつき相互に指差し呼称確認を行うことは容易なことであるとともに、これを行うことによりトーチランプの火による他の可燃物への燃焼を未然に防止し得ることも明らかであるから、本件の共同作業者に対して右のごとき内容の注意義務を課することは、なんら無理を強いるものではなく、極めて合理的かつ常識的な作業慣行であるものと思料される。

 したがって、本件の被告人両名においては、第二現場でトーチランプを使用して解鉛作業を行い、断線箇所を発見した後、その修理方法等につき上司の指示を仰ぐべく、第三棟局舎へ赴くために第二現場を立ち去るに当たり、被告人両名が各使用した二個のトーチランプの火が完全に消火しているか否かにつき、相互に指差し呼称して確認し合うべき業務上の注意義務があり、被告人両名がこの点を十分認識していたものであることは、両名の作業経験等に徴して明らかである。

 しかるに、被告人両名は、右の断線箇所を発見した後、その修理方法等を検討するため、一時、第二現場を立ち去るに当たり、被告人Aにおいて、前回の探索の際に断線箇所を発見できなかった責任を感じ、精神的に動揺した状態にあったとはいえ、なお被告人両名においては、冷静に前記共同の注意義務を履行すべき立場に置かれていたにも拘らず、これを怠り、前記二個のトーチランプの火が完全に消火しているか否かにつき、なんら相互の確認をすることなく、トーチランプをIYケーブルの下段の電話ケーブルを保護するための防護シートに近接する位置に置いたまま、被告人両名が共に同所を立ち去ったものであり、この点において、被告人両名が過失行為を共同して行ったことが明らかであるといわなければならない。

 以上の理由により、もとよりいわゆる過失犯の共同正犯の成否等に関しては議論の存するところであるが、本件のごとく、社会生活上危険かつ重大な結果の発生することが予想される場合においては、相互利用・補充による共同の注意義務を負う共同作業者が現に存在するところであり、しかもその共同作業者間において、その注意義務を怠った共同の行為があると認められる場合には、その共同作業者全員に対し過失犯の共同正犯の成立を認めた上、発生した結果全体につき共同正犯者としての刑事責任を負わしめることは、なんら刑法上の責任主義に反するものではないと思料する。」