刑法思考実験室「刑法における法益の保護と規範の維持…正当防衛における法確証原理の内実」 | 刑事弁護人の憂鬱

刑事弁護人の憂鬱

日々負われる弁護士業務の備忘録、独自の見解、裁判外の弁護活動の実情、つぶやきエトセトラ

刑法思考実験室

「刑法における法益の保護と規範の維持…正当防衛における法確証原理の内実」

1 正当防衛の正当化原理として、「法確証の利益」ないし「法確証の原理」ということがドイツの学説でいわれ、日本の学説も正当化原理として援用する見解も増えてきている。

  法の確証という訳語は抽象的でわかりにくいが、「法は不正に譲歩しない」の趣旨、つまり、法秩序は不正な侵害者の攻撃に対して動揺しないことを明らかにすること、法に代わって秩序を維持するないし法秩序の維持防衛に貢献することなどと解される。

2 他方、刑法の機能、役割として法益の保護や社会秩序とか規範の維持ないし確証ということがいわれる。つまり、刑法は、法益を侵害する行為=刑法規範に反する行為を禁止し、現実に処罰することにより、法益の保護、つまり一般人が将来犯罪を犯すことを予防する(一般予防)ないし犯罪者の再犯防止(特別予防)機能をはたし、社会秩序ないし規範の維持を図るというのである。

  しかし、犯罪は現実に具体的な法益を侵害し、規範に反する行為であって、刑法が現実に適用される場面では、現実に法益が侵害され保護されていないし、規範は破られ維持されていないのである。つまり、現在の現実の犯罪を防止すること(現実の現在の法益の保護と規範の維持)には、刑法は無力である。換言すれば、原則として、刑法は事前告知または事後の制裁により将来の犯罪を予防する=将来の法益を保護することにより規範を維持するにすぎないのである。そうすると、現在の現実に侵害された法益との関係では刑法の適用、つまり刑罰の適用は、徹頭徹尾、応報としての意味しかなく、いわゆる目的刑・抑止刑論を徹底することは困難である(現実の侵害された法益との関係では応報、将来の法益との関係では犯罪予防という理解であり、一種の分配説)

3 では、刑法における法益の保護・規範の維持と正当防衛における法確証の原理はいかなる関係にあると解すべきか。

  そもそも、現実の法益の侵害、規範の違反に対する防止・排除は原則として警察などの公的機関による救済に依存する(自力救済禁止の原則)。しかし、緊急状態での公的機関に救済を期待できない場合、刑法は自力救済を例外的に許容するという形で現実の法益を保護し、規範の維持を図ろうとする。これが正当防衛、緊急避難など緊急行為とよばれるものである。これは、刑法が刑罰を科すことによる将来の法益を保護し規範を維持することとは異なり、刑法が刑罰を科さないことにより、例外的に現在の現実的な法益を保護し規範の維持を図るということである。


4 団藤博士が緊急行為の正当化根拠として主張する「法の自己保全(団藤重光・刑法綱要総論第三版232頁から234頁参照)の内実は、このように緊急時における現在の現実的な法益の保護とみるべきであり、ドイツの学説のいう正当防衛における「法確証の原理」も、「法の自己保全」の一種であり、ただ不正対正の利益衝突の特殊性から正当防衛は、不正な侵害者の法益の劣位性を前提として、現在の法益は正当な理由なく侵害されてはならないという刑法規範を維持・防衛するものと解すべきではなかろうか。 だからこそ「法は不正に譲歩しない」とのテーゼが法確証の原理の現れとして理解することができる。正当防衛を許容することにより将来的な犯罪抑止や一般人の法に対する信頼確保による犯罪抑止機能が全く否定されるものではないが(なお、これは刑罰による犯罪抑止機能=禁止規範の事前告知ないし事後の制裁による規範意識の覚醒強化と同じものではない。)、将来ではなく現在の法益に関し現実的な保護を図る機能を第一次的に考慮することが、実態に即している。よって、侵害者の法益の劣位性、その裏面としての被侵害者の「個人法益の現実の保全」の優位性を論理的前提として、「法確証の原理」を考えるか、率直にその内実を緊急時の「優越的な個人法益の現実の保全」と言い換えてもよいかもしれない。

 なお、この原理はあくまでも正当防衛の正当化根拠付けの理論であり、この根拠からダイレクトに制限論理は導き得ない。法確証の原理に加え 均衡性・比例性の原則がさらに正当防衛の根拠かつ制限原理として考慮されなければならない。これが必要性・相当性=防衛の程度の問題(ドイツ刑法では必要性ないし社会倫理的制限として、フランス刑法では相当性の問題)で有るが、この点は別の機会に論じたい。