刑事政策の基礎 刑罰論その1 「死刑と無期懲役」(上)
1 はじめに
刑罰の中で極刑といわれる死刑について、存廃論争は理念論、政策論、感情論等の観点から行われているが、まず、現にある制度としての「死刑」について、その判断基準、執行方法、再審手続きなどの問題について検討し、とくに次に重いとされる無期懲役と比較しながら考察するのが現実的だと思われる。この観点から、元判事である森炎氏の最近の著作「司法殺人」「死刑と正義」が興味深く、特に死刑における価値判断の分析は一考に値する。そこで、森氏の問題提起も踏まえつつ死刑と無期懲役の比較的考察を試みたい。
2 死刑の意義と執行手続き
死刑とは生命を奪う刑罰、すなわち生命刑である※。日本の刑法典においては、刑罰において一番重いものである(刑法9条、10条1項※※)。その執行方法は、刑事施設内において、絞首して執行する(刑法11条1項)。死刑の言い渡しを受けた者は、執行まで刑事施設に拘置される(同条2項)。なお、ここでいう絞首とは、受刑者の首に縄をかけ、これを緊縛することによって、窒息しさせる執行方法をいう(太政官布告65条、東京地判昭和35・7・19参照。)。
死刑の執行は、法務大臣の命令により、法律上、判決確定の日から原則として6ヶ月以内にしなければならない(刑訴法475条※※※)。ただし、上訴権回復もしくは再審の請求、非常上告又は恩赦の出願もしくは申し出がなされ、その手続きが終了するまでの期間及び共同被告人であった者に対する判決が確定するまでの期間は、6ヶ月に算入しない(刑訴法475条)。命令があると5日以内に執行しなければならず、執行には検察官等が立ち会う(刑訴法476条、477条)。ただし、死刑の言い渡しを受けた者が、①心神喪失の状態にあるとき、または②女子であって懐胎しているときは、法務大臣の命令によって執行を停止し、心神喪失の回復後または出産後原則として6ヶ月以内に法務大臣の命令をまって執行する(刑訴法479条)。
※死刑の合憲性
憲法36条が禁止する残虐な刑罰に当たるかどうかにつき、判例は死刑自体はもちろん、執行方法、拘置についても残虐な刑罰に当たらず、合憲とする(最判昭和23・3・12、最判昭和30・4・6、最決昭和60・7・19など)。
※※死刑を法定刑とする犯罪
刑法典では、内乱罪の首謀者(刑法77条1項1号)、外患誘致罪(81条)、外観援助罪(82条)、現住建造物等放火罪(108条)、汽車転覆等致死罪(126条3項)、往来危険による汽車転覆等致死罪(127条)、殺人罪(199条)、強盗致死(240条後段)など。
※※※法務大臣の命令義務
判決確定日からの6ヶ月以内の命令は訓示規定と解され、法務大臣には命令を発する法的義務はないと解されている。さらに実務上、死刑確定事件は、法務省内部で再度の審査が行われ、最後に法務大臣の命令を得ることになっている。また死刑執行の事前告知は、受刑者本人に直前に告知されるのみで、家族はもちろん一般には知らされない(川出敏裕=金光旭・刑事政策68頁参照)。