刑事手続きの基礎「罪体と犯人性」(下)その2 | 刑事弁護人の憂鬱

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(2)犯人性の立証と客観的証拠・情況証拠・自白の信用性


 犯人性の立証は、具体的事件ごとで多様である。そこで、単純な説例にもとづいて、その特色を検討してみる。



 説例 殺人罪の公訴事実(罪となるべき事実)

 「被告人は、平成24年※月※日、午後9時半ころ、東京都※※区※※1-1◎◎マンション102号室において、殺意をもって、甲野乙子に対し、同人の頸部及び腹部を刃渡り10センチのサバイバルナイフで複数回突き刺して、同人を出血多量により死亡させて殺害したものである」




 ア 犯人性の主要事実

 本件の罪体は、「何人かにより公訴事実記載の日時場所において、当該サバイバルナイフにより甲野乙子が頸部及び腹部を複数回突き刺され出血多量により死亡した事実」である。

 よって、本件で被告人が犯人と同一性があるというためには、被告人による犯行であること、つまり①被告人が公訴事実記載の日時場所に存在していたこと(「現場性存在性」なお、共犯の場合は、各共犯行為あるいは共謀時点での存在性が問題となる)、②被告人が当該サバイバルナイフにより甲野乙子の頸部及び腹部を複数回突き刺し出血多量により死亡させたこと(結果帰属の因果関係とは区別された「犯行が被告人のしわざであること」=「行為(または罪体)の行為者への帰属」)が立証されなければならない。




イ 犯人性の立証



 ①②の直接証拠として重要なのは自白である。判例通説によれば、犯人性について補強証拠は不要であるが、自白の信用性の吟味において特に注意する必要がある。※

 現場に残された遺留物、血痕、指紋、DNA、体毛などが被告人と結びつく場合、特に本件では、サバイバルナイフの指紋が被告人の指紋と一致する場合(遺留物等と被告人との密接関連性ないし符合性)、①が推認されることはもちろん②も強く推認される。※※ ①はこれを推認させる複数の間接事実の立証情況証拠による立証※※※)により証明されることも多い。①について、犯行日時近くに当該マンションの入口の防犯カメラに被告人に似た男が写っていた事実(並行的事実 カメラ映像は情況証拠)、②について、遺体発見時部屋の鍵は閉まっていた事実(犯人は犯行後鍵を閉めて逃げたこと)、被告人と被害者は交際関係にあり部屋の合鍵をもっていた事実(被告人が鍵を閉めた可能性が高い、反面、被告人以外の第三者がいた可能性は乏しいこと 犯行の機会性)、別れ話が持ち上がっていた事実(携帯メールのやりとりに記録あり。痴情のもつれなど動機の存在)、被告人が犯行前日に当該サバイバルナイフと同型のナイフを購入したレシートをもっていた事実(予見的事実)などが考えられる。

 犯行時あるいはその前後、現場近くで被告人を目撃した証言も犯人性を証明する有力な証拠となる(いわゆる犯人識別供述。犯行の直接目撃の供述は直接証拠、近接した時点場所での目撃の供述は情況証拠となる。)。※※※※

の反証としてはいわゆるアリバイ立証(不在証明)が重要であり、別項目で論じる。





客観的証拠と自白の信用性の判断基準



 被告人の自白を除いて、まず客観的事実、客観的証拠により犯人性の有無を吟味し、その上で自白の信用性を吟味して判断すべきである(狭山事件 最決昭和52・8・9)。すなわち、①被告人と犯人との同一性に関する客観的証拠(被告人の自白以外の物的証拠及び証言)、②被告人が犯人であるとの自白の真実性を担保する証拠、③自白の内容及び犯行の態様を明らかにする客観的証拠を吟味し、それを前提に自白の信用性を吟味する。否認事件の場合はもちろん自白事件でも自白を除いても犯人性の認定ができるかどうかを吟味することが、自白偏重を防止する補強証拠の趣旨に合致するからである。ちなみに司法研修所の検察起案でも犯人性を被告人の供述を除く客観的証拠でまず判断するよう指導している。このような考えからは事実上、犯人性に関して自白の補強証拠を要求するのと結果的に同じことになることが多いであろう。ただし、客観的証拠で犯人性が認定できなくても自白の信用性が十分であれば、通説(罪体説)の立場からは理論上犯人性に関する補強証拠がなくても、犯人性を認定することができる。

 自白の信用性に関しては、犯人にしか知り得ない事実を供述しているかどうか、いわゆる「秘密の暴露」があったかどうかが重視される。本件で言えば、被告人の犯行で使用したサバイバルナイフを川に投棄したとの供述により、現に川底から同ナイフが発見され、傷跡と切っ先の角度等が符合し、購入したナイフと同型であったことなどである。

 犯人性に関係する自白の信用性判断基準について、この「秘密の暴露」の有無のほか、客観的証拠の裏付けの有無、供述の変遷の程度、供述時の心理的状況、自白内容の合理性不合理性など具体的事実に照らし分析的客観的アプローチで吟味する見解と全体的な観点から多少矛盾があっても合理的範囲内にあるかどうか、自白内容の具体性・詳細性・迫真性を重視し、総合的直感的アプローチで吟味する見解(全体的印象から部分の信用性を検証する)があるが、近時の判例学説ともに前者の分析的客観的アプローチが多数を占める(木谷明「犯人の特定」刑事事実認定(下)28頁から40頁参照)。





※※ 科学的証拠による認定



  指紋照合、血液型鑑定、DNA型鑑定など科学的証拠による認定においては、対照となる指紋、血液、DNAなどの採取過程に問題がないか、鑑定方法の正確性・精度の吟味、科学的判断への過信がないかなどがその信用性、証拠評価の判断の吟味が重要である。また、捜査機関による意図的な改ざんが行われる危険のほか、裁判官が科学的判断結果に安易に依存し、反対事実の存在可能性への吟味を怠りがちになる(第三者が犯人である可能性吟味がラフになる)などの危険が指摘できる。





  ※※※ 情況証拠の分類



      アメリカ証拠法に関するウィグモアの分類によれば、①人の行為を証明するもの、②人の性質、状態を証明するもの、③自然界の事物ないし状態を証明するものなどがある。犯人性に関しては①が重要で有り、判例実務の傾向を考慮し、犯行時点を基準に類型化すると以下のようになる(司法研修所編・「情況証拠の観点から見た事実認定」33頁以下参照)。





ア 犯行前に関する予見的事実ないし予見的証拠

イ 犯行と同時的な場合に関する並行的・同時的事実ないし並行的証拠

ウ 犯行後に関する遡及的・回顧的事実ないし遡及的証拠





  イは犯行の機会性(現場での物理的存在可能性、被告人による犯行可能性)、被告人以外の第三者関与の可能性、犯行の手口と被告人との結びつきなどが指摘される。



       また、犯人性に関する情況証拠において、犯人性を積極的に肯定する積極的情況証拠(たとえば被告人の指紋が犯行現場から検出された事実など)、犯人性を否定する消極的情況証拠(たとえば、被告人のアリバイ、被告人以外の第三者が犯人である可能性など)に分類できる。情況証拠による事実認定にあたっては、誤判防止上、積極的情況証拠のみならず消極的情況証拠の吟味も怠ってはならない。

     

※※※※ 犯人識別供述

  犯人識別供述については、知覚、記憶、叙述(表現)といった過程に誤りが生じやすい危険があると指摘される。たとえば、捜査機関によって行われる面割り(写真面割り、面通し等)の過程で、暗示や誘導によって、容易に記憶の変容を生じるといわれる(木谷・前掲5頁)。よって、犯人識別供述の信用性判断は厳格に行う必要がある。