刑事手続きの基礎 「罪体と犯人性」(上)
1 証明の対象としての公訴犯罪事実
刑事手続きの証明対象は、起訴状に記載された「公訴事実」である。公訴事実は「訴因」を明示して記載する。つまり、できる限り日時、場所及び方法をもって「罪となるべき事実」を特定する(刑訴法256条3項)。審理の結果、裁判所が有罪の判決言い渡しをする場合は、「罪となるべき事実」を示さなければならない(同法335条1項)。よって、条文の構造上は、公訴事実は、「訴因を明示して特定される具体的な罪となるべき事実」ということになる。つまり、刑訴法256条の解釈としては、公訴事実=起訴状で特定された訴因(具体化された犯罪構成事実)の意味である。
したがって、ここでいう公訴事実は、公訴において示される犯罪事実、公訴犯罪事実を意味することになる。
他方、訴因変更の基準である「公訴事実の同一性」(同法312条1項)とは、起訴状に記載される公訴事実(狭義)=訴因とは異なり、「同一」と評価される公訴事実のふくらみまで含んだもの(広義)である(田宮裕・刑事訴訟法新版177頁~179頁)。審判対象論としての訴因説と公訴事実説の対立は、訴因を対象とするか、広義の意味での公訴事実を対象とするかどうかの問題であるが、本稿ではこの論争については触れず、詳細は別の機会に譲る。※
団藤博士によれば、「公訴犯罪事実は、犯罪の特別構成要件を充足する具体的事実で、違法性及び責任の要件を具備するものをいう。※※そのすべてが証明の対象である。別の角度からみれば、それはむろん行為者と結びつけられたものであるが、しばらく行為者との結びつきを切りはなして、その客観的な側面だけを考えたばあいに、それは罪体(corpus delicti)と呼ばれる。この角度からいえば、罪体と被告人がその責任のある行為者であることが証明の対象である」(団藤重光・新刑事訴訟法綱要7訂版230頁)。
ここでいう犯罪事実の客観的側面つまり罪体と被告人が犯罪行為を行った行為者であることつまり犯人性が刑事手続きにおける重要な証明対象であり、かかる罪体及び犯人性が刑事手続きにおいて果たす意義について、若干の検討をこころみたい。
※審判対象論
今日の通説は、当事者主義構造を重視する訴因説である(田宮・前掲185頁~190頁参照)。訴因変更の必要性(訴因の同一性)、訴因変更の限界(公訴事実の同一性)、訴因変更義務と訴因変更命令などの解釈に当たって、審判対象論がどう影響するか(あるいはしないのか)については別の機会に論じたい。
※※訴因と構成要件と「罪となるべき事実」
平野博士は「訴因は、それについて検察官が審判を請求する、検察官の主張である。訴因は客観化された嫌疑ではない。」「訴因は、構成要件に該当する事実、すなわち「罪となるべき事実」の主張である(これは事実記載説と呼ばれる。)。検察官は処罰を主張する以上、構成要件に該当する違法・有責の事実を主張しなければならないが、構成要件事実を主張すれば、当然、違法・有責の事実の主張も黙示的になされたことになるから、とくに起訴状に記載する必要はない」という(平野龍一・刑事訴訟法131頁)。そして、ここでの構成要件は故意・過失を含むとする(平野・前掲133頁)。つまり訴因=構成要件該当事実(故意過失を含む「犯罪類型」該当事実)=「罪となるべき事実」と解し、違法有責の事実の主張は黙示的になされているとして、訴因で明示する必要はないとの趣旨と思われる。
2 罪体について(以下続く)
(1)意義・沿革
(2)構成要件論との関係
ア ベーリングの故意を規制する構成要件
イ 小野清一郎の構成要件の訴訟法的機能
(3)自白の補強証拠との関係
(4)罪体の範囲
3 犯人性について
(1)意義
(2)犯人性の立証と情況証拠
(3)アリバイ立証