(4) 同意の範囲
同意は特定の書証についてはもちろん包括的に全部の書証を同意することができる。また、当事者の手続き処分権の観点から、書証の供述部分の一部や要証事実を限定した同意も可能である※。証拠能力付与説からは供述録取書の署名押印の欠如などの手続きの瑕疵の治癒も可能と解されるが、いわゆる違法収集証拠については議論がある※※。
※同意の効力と立証趣旨の拘束力
証拠調べ請求に際には証拠の採否の検討(必要性・関連性の判断)と攻撃防御の範囲を明示するため立証趣旨を明らかにすることが当事者に要請される。従来、証拠の利用がこの立証趣旨に拘束されるかが問題とされるたことがあった(いわゆる「立証趣旨の拘束力」)。しかし、この問題は、証拠調べ請求の際の証拠意見との関係から見ると、同意の効力が要証事実との関係でどこまで及ぶかの問題であり、証拠意見における同意の趣旨を要証事実との関係で、当該証拠の使用目的範囲内で証拠能力を付与するもの、つまり、同意=証拠能力は要証事実との関係で相対的な効力として付与されるのであり、同意の対象とする要証事実以外の証拠の目的外使用は許されないことを意味する(田宮・前掲312頁、松尾ほか条解刑事訴訟法第4版901頁以下参照)。たとえば、詐欺と窃盗の併合事件で詐欺を否認し窃盗を認めている場合、共犯者の員面調書の同意は、窃盗の限度でしが及ばないし、情状立証の趣旨で同意した供述書を犯罪事実の認定に使用することはできない。このような同意の効力範囲(証拠利用の制限・証拠能力の相対性)とは区別された本来の「立証趣旨の拘束力」については、自由心証主義の原則に照らし、今日の実務・学説は消極に解している。
※※違法収集証拠の同意
326条は文言からして、伝聞証拠つまり供述証拠を前提としており、違法な手続きで作成された被告人調書、被告人以外の第三者供述調書が問題となる(なお、証拠物については同条の準用となろう。)。証拠能力付与説からは当事者に処分可能な権利侵害に関する違法手続きの場合は、原則として同意も有効と解されている(田口。なお、反対尋問権放棄説の立場にたち一般的同意の問題と思われるが、ほぼ結論同旨、田宮)。
しかし、被告人の自白調書での任意性の欠如、特に憲法が禁止する拷問等強要に基づく自白調書を同意により有効とすることは法の趣旨(適正手続き)に照らし妥当でなく、相当性を欠くものとして326条により証拠としては認められないというべきである(藤木=土本=松本・前掲299頁参照。)。
なお、証拠物に関しての違法収集証拠の同意についても、違法が重大な場合で将来の違法捜査抑止の観点から排除相当な場合は、同様に同意があっても相当性を欠くものとして証拠として認められないというべきである(326条の準用。藤木=土本=松本・前掲294頁参照。排除法則を採用する以前の古い判例であるが、違法収集証拠を同意により許容するものとして最大判昭和36・6・7)。
ちなみに違法収集証拠と認められれば証拠能力が否定されるとの主張を留保しての同意(留保付き同意)、たとえば、違法に押収されたと主張されている証拠物に関する鑑定書につき、その内容の真実性に争いはない場合、弁護人が「同意。但し、違法収集証拠の主張は留保する」という証拠意見をいう場合がある(松尾ほか条解刑事訴訟法第4版901頁)。
(5) 相当性
326条は、同意のほかに、相当性を要件としている。
同意の性質が当事者の処分権に由来する積極的証拠能力の付与であっても、その同意によっても許容すべきでない重大な違法や手続きの瑕疵がある場合、証拠能力を認めるべきでないことから要請された証拠能力の要件と解される(松尾ほか条解刑事訴訟法第4版896頁参照。なお、平野・前掲219頁は、証明力の弱いことが明らかな場合を排除する趣旨とする。)。
たとえば、自白調書が同意されても任意性に疑いがある場合、相当性がない。他方、署名押印を欠いている供述録取書は、同意があっても署名押印を欠いたことについてやむをえない理由があれば相当性はあるが、供述内容の訂正を求めたが拒否され、署名押印を拒絶したときは録取の正確性に欠けるので相当性がないといえる(松尾ほか条解刑事訴訟法第4版898頁参照)。
(6) 同意・不同意の撤回
同意の撤回については、原則として手続きの安定維持から否定するのが通説的見解であるが、例外的に証拠調べ施行前ならば肯定すべきである(田宮・前掲393頁、土本・前掲421頁。なお、証拠調べ終了まで広く撤回を認めるのは平野・前掲220頁。)。また、錯誤に基づく場合も同意の撤回(取消)を認めるべきとする見解もあるが、判例実務は消極的である(東京高判昭和47・3・22、松尾ほか条解刑事訴訟法第4版896頁)。
これに対し、不同意の撤回は肯定される(通説、実務)。たとえば、冒頭で不同意にした検面調書について事後意見を変更して同意する場合である。不同意はその際の状態をそのまま変化させない消極的な訴訟上の効果しかないからである(松尾ほか条解刑事訴訟法第4版893頁)
(7) 擬制同意
被告人が出頭しないでも証拠調を行うことができる場合において、被告人が出頭しないときは、同意があつたものとみなされる(326条2項)。これを擬制同意という。その趣旨は被告人不出頭の場合の訴訟進行阻害の防止にある(田宮・前掲393頁参照)。但し、代理人又は弁護人が出頭したときは、この限りでない(同条項但書)。同意の有無の確認が可能で有り訴訟進行の阻害は生じないからである。
被告人不出頭の場合とは、284条(50万円以下の罰金科料事件)、285条(拘留等の事件で裁判所の許可ある場合)、286条の2(勾留中の被告人の出頭拒否の場合)、341条(許可なく退廷、退廷命令を受けた場合)がこれにあたる(判例・通説)。ただし、出頭拒否と退廷命令の場合を消極に解する見解もある(退廷命令の場合に擬制同意を肯定すると、その時点で書証をだすとすべて許容されてしまい不都合であるからである。平野・前掲220頁参照)。