伝聞証拠と供述調書(下)
第4 伝聞証拠と立証の範囲
1 同意書面の意義
第326条
1項 「検察官及び被告人が証拠とすることに同意した書面又は供述は、その書面が作成され又は供述のされたときの情況を考慮し相当と認めるときに限り、第三百二十一条乃至前条の規定にかかわらず、これを証拠とすることができる。」
2項 「被告人が出頭しないでも証拠調を行うことができる場合において、被告人が出頭しないときは、前項の同意があつたものとみなす。但し、代理人又は弁護人が出頭したときは、この限りでない。」
(1) 同意書面とは、検察官及び被告人※が証拠とすることに同意した書面であり、書面作成時の情況を考慮し相当と認めるときに限り、証拠とすることができる書面をいう(刑訴法326条1項)。伝聞証拠であるが、伝聞法則の例外ないし不適用とされる場合である。
※ 弁護人の同意
明文上は、弁護人の記載はないが、弁護人は被告人の代理人として、被告人の意思に反しない限り同意できる。実務でも、裁判所は検察官の証拠請求についての証拠意見を弁護人に求めており、弁護人が同意して、被告人が別段の意思表示をしない場合は、被告人も同意したものとされる(最決昭和26・2・22)。なお、被告人が同意し弁護人が不同意の場合は、同意の効果が生じ、被告人が不同意で弁護人が同意した場合は、同意の効果は生じないと解される(被告人の意思を尊重する。土本武司・刑事訴訟法要義419頁。否認事件つき弁護人の同意を無効としたものとして大阪高判平成8・11・27。反対に有効としたものとして福岡高判平成10・2・5)。
(2) 刑事手続の冒頭で、検察官の証拠調べ請求に対して、被告人・弁護人側が供述書面(供述調書)等書証について同意不同意をすることにより、伝聞証拠として排斥されるかどうか(伝聞法則の適用があるかどうか)の判断がなされ、その同意不同意の範囲によって、検察官側の人証の範囲や立証の方法、つまり検察官立証が影響を受ける。例えば、犯行の目撃者の検察官面前調書が不同意になった場合、検察官は犯行情況の立証のために目撃者の証人尋問を行う必要があり、目撃者の証人請求を行うことになる。この目撃者の証言が検察官面前調書と同じ内容ならば、同調書を証拠調べする必要はなくなるので、検察官は同調書の証拠調べ請求を撤回する。他方、目撃者の証言が検察官面前調書と実質的に異なる場合は、検察官としては321条1項2号後段書面(伝聞例外)として証拠調べ請求することがある。
もちろん、同意があれば、目撃者を証人請求する必要性はなくなり、検察官面前調書の取り調べ(要旨の朗読等)で立証はたりる。
このように同意不同意は伝聞法則の第一の関門であり(田宮・前掲392頁)、立証の範囲、特に人証の必要性に影響を与え、審理の進行にあたって指針となる。※
※ 同意不同意の方式
同意不同意は、裁判所に対し口頭または書面で行われる訴訟行為である(事前に検察官に対して行う同意不同意は、見込みの通知であり、訴訟行為としてのものではない。)。争いのない自白事件の場合、弁護側は口頭で「すべて同意します。」「甲乙いずれも同意します。」と包括的全部同意をするのが一般である。後述するように同意は一部同意不同意が可能であり、これにより当事者の立証方法が変化する。
(3) 同意の性質については、反対尋問権の放棄とする見解(反対尋問権放棄説 平野・前掲219頁など通説)と証拠能力を付与するものとする見解(証拠能力付与説 判例実務)がある。
前者は、伝聞法則を被告人の証人審問権(反対尋問権)の保障と表裏のものと理解し、伝聞法則の解除としての同意は反対尋問権の放棄と位置づける見解である。しかし、被告人の反対尋問権の保障のみから伝聞法則を理解するのは321条以下の規定、特に被告人調書に伝聞法則が適用されることなどから、不十分である。また、この見解に対しては、弁護人が第三者の供述調書を同意するが、その信用性(証明力)を争うため第三者を証人請求※はできない(平野・前掲220頁)ことになるのは妥当でないとの批判がある。この場合、実質的に反対尋問権の放棄が留保されており、同意の効果は伝聞性解除つまり供述調書に証拠能力を付与しているにとどまると理解するならば、後者の見解と同じになる。
※ 証明力を争うための証人請求
例えば、弁護人が第三者の検面調書を不同意にして、第三者の尋問で有利な証言を得ても検察官により321条1項2号後段書面で伝聞例外として請求される可能性がある。むしろ同意して先に検面調書を調べ、弁護人側のペースで証人尋問により証明力を減殺させるほうが有利な場合もあり、実務はこのような運用を認めている(田宮・前掲393頁以下参照)。ただし、この問題は2号後段書面の許容がゆるやかに行われることからの妥協的な弁護戦術であり、むしろ特信状況の厳格な判断や必要性の厳格な吟味が要請されるべきであること、マクロ的には供述調書依存の調書裁判からの脱却がめざすべきことであろう。なお、反対尋問放棄説でも証人以外の証拠で証明力を争うことは肯定する。また、反対尋問放棄説にたっても、326条とは別に当事者主義原理から証拠能力付与の同意を認める見解(田宮・前掲394頁)もある。
後者は、同意を当事者主義の観点から積極的に伝聞証拠に証拠能力を付与するものと位置づける見解である。弁護人が第三者の供述調書を同意し、証明力を争う場合、弁護人による第三者の証人請求も当然可能となる。伝聞法則=証拠能力、供述の信用性=証明力の峻別からいっても、「証拠とすることに同意」という文言からみても(「反対尋問の放棄に対しての同意」ではない。)、この見解が妥当である。すなわち、326条は「当事者主義に基づき、当事者が自己に不利益な証拠に同意するならば、これを証拠として許容できることを定めたものであり、ある範囲で証拠に対する当事者の処分権を肯定した規定」と解される(藤木=土本=松本・刑事訴訟法入門第3版296頁。なお、田口守一・刑事訴訟法第二版335頁は、同意は、伝聞証拠の証拠能力欠如に対する責問権の放棄という処分権の行使ないし当事者の手続処分権に基づく証拠能力の付与行為とみる。)。