刑法思考実験室 「違法の相対性」(上) | 刑事弁護人の憂鬱

刑事弁護人の憂鬱

日々負われる弁護士業務の備忘録、独自の見解、裁判外の弁護活動の実情、つぶやきエトセトラ

刑法思考実験室 「違法の相対性」(上)
1 はじめに
 刑法の解釈上、違法の相対性ということがいわれる。第一に他の法領域で違法な場合、刑法上も違法となるのか、法秩序の統一性の問題である。第二に共犯者の一人に違法性阻却事由がある場合、他の共犯者も違法性が阻却されるか、共犯の違法の連帯性と相対性の問題である。
前者は、法領域間の相対性であり、後者は人的相対性といってよい。理論的問題点について若干試みてみる。

2 法秩序の統一性と違法の相対性
 刑法以外の他の法領域で違法と評価される場合、刑法上も違法と評価される場合、あるいはその逆の場合がある。例えば、殺人行為は、民法の不法行為法上違法であり、刑法上も違法である。逆に刑法上、詐欺で違法な行為は民法上も違法な不法行為である。このように違法評価は統一的であり、矛盾なく一元的な法秩序が形成されていると把握することもできる(かたい違法一元論)。
 しかし、不貞行為は民法上不法行為として違法であるが、刑法上姦通罪は処罰されておらず、適法である。また、民法上の債務不履行が全て刑法上財産犯として違法となるわけではない。さらに他の法領域で違法な場合、直ちに刑法上も違法として処罰することは、刑法の補充性、謙抑主義からして妥当とはいえない。
 このようにして、他の法領域で違法でも刑法上違法でないことを是認するという意味で違法の相対性は肯定せざるを得ない。問題はその理論的説明である。※
 かつての通説は、可罰的違法性の理論により説明する。すなわち、他の法領域でも違法な場合、刑法上も違法であるが、可罰的程度ではない、つまり可罰的違法性がないと理解する。違法の一元性を前提にしつつも刑法の謙抑主義から部分的に違法の相対性を認めるものである(やわらかな違法一元論)。
 これに対して、そもそも法秩序は、一元的統一的である必要はなく、法領域ごと要件効果は異なるであるから、法秩序は多元的であり、違法の相対性は当然であるとの理解がある(違法多元論 前田)。

※認定上の結果としての相対性
民事裁判との刑事裁判においては、証拠法の規制において差異があり、前者は緩やかであるが、後者は伝聞法則をはじめ規制は厳格である。したがって、基礎となる証拠の違いにより、同一の要件事実(刑事の場合は訴因によって示される公訴事実)の認定が異なる場合があり、民法上違法、刑法上適法ということがありうる。交通事故等がいわゆる「民事上有罪、刑事上無罪」という結果を招くことがあるということである。この場合は、手続きの相対性、認定上の結果として違法の相対性が生じることになるが、本文でのべたことは、基礎なる事実、証拠は共通であることが前提の実体法上の相対性の問題として論じていることに注意されたい。

 説明の違いでしかないようにもおもえるが、実際には、次のパターンで違いがある。

A 他の法領域で適法 刑法で適法
B 他の法領域で違法 刑法で違法
C 他の法領域で違法 刑法で適法
D 他の法領域で適法 刑法で違法

 かたい違法一元論は、ABを肯定し、CDを否定する。
 やわらかな違法一元論は、ABCを肯定し、Dを否定する。
 違法多元論は、ABCDを肯定する。
 このようにして、やわらかな違法一元論と違法多元論の違いは、D類型の是非にある。
 D類型の具体例として、不法原因給付と横領が考えられる。
 民法上では、不法原因給付で不動産を贈与した場合、贈与者が受贈者に対し返還請求が認められない反射的効果として受贈者に所有権が移転すると解され、受贈者の不動産処分は適法である。
 他方、刑法上、贈与者に所有権はまだあり、受贈者の不動産処分は違法な横領となると解する場合は、違法多元論をとるということになる。やわらかな違法一元論では、民法上適法である以上、刑法上も適法な不動産処分であり横領とはならない。
 刑法の補充性、謙抑性の観点からは、D類型は肯定すべきではないだろう。刑法独自の処罰の必要性を強調し、他の法領域での価値基準を考慮しない違法多元論は、刑法上の違法性判断における処罰の必要性、可罰性基準による「刑法上の違法一元論」といってもよい。他方、やわらかな違法一元論は、刑法上の違法性判断における刑法上の処罰の必要性のみならず他の法領域の価値基準を考慮する「刑法上の違法多元論」といってもよい。
 後者の方が分析的であり、刑法と他の法規範価値基準との調整、謙抑性の理念への配慮からみて妥当である。
 よって、やわらかな違法一元論を支持すべきである。
 この説に関しては、「刑法上違法であるが可罰的違法でない」という表現において刑法上の違法はまさに可罰的違法のことだから、可罰的違法と区別して刑法上一般的な違法を論ずる意味はないとの批判がある。
 しかし、これには以下の反論が可能である。
 規範的一般的予防論ないし行為規範論を重視する見解からは、行為規範として刑法上一般的違法を論じる意味がある(井田)。
 あるいは、刑法上の違法とは①構成要件該当性、②違法性阻却事由の不存在だけで確定するのではなく、③その程度が可罰的と評価できなければならないところ、①②の要件を満たす場合、違法であるが、③可罰的違法性を肯定できないという多元的分析的違法判断を行うため、①②と③を区別する意味で刑法上一般的違法と可罰的違法を区別して論じる意味がある。※

※ただし、違法の相対性の次元では第一に①構成要件不存在、構成要件の解釈・構成要件該当性において可罰的違法性(政策的考慮、量的軽微性ないし絶対的軽微性、法益及び行為態様、刑の均衡論等)が考慮され、第二に②違法性阻却事由(優越的利益保全の相当性)の判断の際の他の法領域の価値が考慮される(他の法領域の違法性阻却事由を刑法にも援用する。)。第三に①②では汲み取れない事情を考慮する刑法固有の観点から③狭義の可罰的違法性阻却事由(質的軽微性ないし相対的軽微性・違法減少事由)を判断すべきところ、一般的違法性(他の法領域の違法)は各々の判断の比較対象として措定される。

 このように理論的には、やわらかな違法一元論ないし可罰的違法性の理論は再評価されるべきである。

3 共犯と違法の相対性
(続く)

 


iPhoneから送信