刑事手続きの基礎 「起訴猶予と執行猶予」 | 刑事弁護人の憂鬱

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刑事手続きの基礎
「起訴猶予と執行猶予」
1 はじめに
 例えば、窃盗事件がおこり、捜査が開始、被疑者が、逮捕勾留され、起訴されて、有罪判決が、懲役2年を宣告され確定すると、収監されて懲役刑が執行される。
 ところが、事件によっては、被疑者は起訴が猶予され、不起訴で手続きが終了することがある。これを起訴猶予処分という。また、起訴されて有罪判決を受けても、刑の執行が猶予されることがある。これを刑の執行猶予という。例えば、前例でいえば、懲役2年、判決確定の日から3年間、その刑の執行を猶予する場合である。
 これら刑事手続きの二つの猶予制度は、刑事政策的には、非刑罰措置、ダイバージョンとして重要な機能を営む。今回は、二つの猶予制度の基本的な知識を概説し、若干の問題点を指摘する。

2 起訴猶予制度について


刑訴法第248条
 犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。

 検察官には、公訴(起訴)する権限があるので(刑訴法247条)、嫌疑があり、有罪立証できる証拠があり、訴訟条件など法律上の問題がなければ、起訴することができる。しかし、法的に有罪立証が可能でも、検察官は、犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる(刑訴法248条)。これを起訴猶予処分といい、検察官の不起訴処分の一種である。
 軽微な事件や示談が成立し被害が回復している、初犯などの事情から、起訴する必要がない場合なされるものである。刑罰の画一的適用から生じる不都合を是正するものである。
 戦前の旧刑訴法から規定されたものであり、検察官の広範な起訴裁量権は、日本の刑事手続きの大きな特色である。
 しかし、被疑者にとっては裁判と同じくらい重要な処分であるが、起訴猶予の判断基準は、明確ではなく、公開法廷で、行わなわれる訳でもない。つまり検察官が、万能の判断権者として、一方的な処分として、行われる。
 そのため、起訴すべき事案について起訴しなかった場合、起訴すべきでない事案について起訴してしまった場合の規制が問題となる。前者については、検察審査会と強制起訴の制度がある。この制度は、近時の改正により、検察官の起訴裁量にたいする大きな規制となっている。後者については、解釈上、公訴権濫用論が、問題となるが、判例は消極的である。しかし、近時の検察官の証拠改ざん事件をみると、積極的に評価に活用すべき余地があると思われるが、この点は、別の機会に論じる。
 起訴猶予処分の効果であるが、確定判決と異なり、一事不再理の効力は生じない。しかし、再起訴を常に認めることは妥当でないので、新証拠が発見されない限り、再起訴できないと解すべきであろう。

3 執行猶予制度について

(執行猶予)
刑法第25条
 次に掲げる者が三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金の言渡しを受けたときは、情状により、裁判が確定した日から一年以上五年以下の期間、その執行を猶予することができる。

 前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者

 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても、その執行を終わった日又はその執行の免除を得た日から五年以内に禁錮以上の刑に処せられたことがない者

 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあってもその執行を猶予された者が一年以下の懲役又は禁錮の言渡しを受け、情状に特に酌量すべきものがあるときも、前項と同様とする。ただし、次条第一項の規定により保護観察に付せられ、その期間内に更に罪を犯した者については、この限りでない。

 刑の執行猶予とは、前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者が、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金の言渡しを受けたときは、情状により、裁判が確定した日から一年以上五年以下の期間、その執行を猶予することができる制度である(刑法25条)。
 つまり、執行猶予期間中、取消がなく、期間が満了すれば、刑務所に行かなくて済む制度である(刑法27条参照)。初犯で、軽微な事案では、執行猶予付き判決がなされることが多い。
 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあってもその執行を猶予された者が一年以下の懲役又は禁錮の言渡しを受け、情状に特に酌量すべきものがあるときも、刑の執行猶予をすることができる。これを再度の執行猶予という。
ただし、保護観察に付せられ、その期間内に更に罪を犯した者については、再度の執行猶予をすることができない。

(保護観察)
第25条の2
 前条第一項の場合においては猶予の期間中保護観察に付することができ、同条第二項の場合においては猶予の期間中保護観察に付する。

 保護観察は、行政官庁の処分によって仮に解除することができる。

 保護観察を仮に解除されたときは、前条第二項ただし書及び第二十六条の二第二号の規定の適用については、その処分を取り消されるまでの間は、保護観察に付せられなかったものとみなす。

 執行猶予をするにあたって、保護観察に付することができる。保護観察とは、執行猶予期間中、被告人を保護観察官、保護司が監督する制度である。
 近年、導入された裁判員裁判では、保護観察付き執行猶予判決が増えているという。
 
 



(執行猶予の必要的取消し)
第26条
 次に掲げる場合においては、刑の執行猶予の言渡しを取り消さなければならない。ただし、第三号の場合において、猶予の言渡しを受けた者が第二十五条第一項第二号に掲げる者であるとき、又は次条第三号に該当するときは、この限りでない。

 猶予の期間内に更に罪を犯して禁錮以上の刑に処せられ、その刑について執行猶予の言渡しがないとき。

 猶予の言渡し前に犯した他の罪について禁錮以上の刑に処せられ、その刑について執行猶予の言渡しがないとき。

 猶予の言渡し前に他の罪について禁錮以上の刑に処せられたことが発覚したとき。
(執行猶予の裁量的取消し)
第26条の2
 次に掲げる場合においては、刑の執行猶予の言渡しを取り消すことができる。

 猶予の期間内に更に罪を犯し、罰金に処せられたとき。

 第二十五条の二第一項の規定により保護観察に付せられた者が遵守すべき事項を遵守せず、その情状が重いとき。

 猶予の言渡し前に他の罪について禁錮以上の刑に処せられ、その執行を猶予されたことが発覚したとき。
(他の刑の執行猶予の取消し)
第26条の3
 前二条の規定により禁錮以上の刑の執行猶予の言渡しを取り消したときは、執行猶予中の他の禁錮以上の刑についても、その猶予の言渡しを取り消さなければならない。

 執行猶予が取消されると、刑の執行がなされる。自由刑の場合は、新しい罪の刑と合わせて服役することになる。




(猶予期間経過の効果)
第27条
 刑の執行猶予の言渡しを取り消されることなく猶予の期間を経過したときは、刑の言渡しは、効力を失う。



 

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