実務から見た刑法総論その7「正当防衛その3 防衛の意思の考察(下)」
1 侵害回避義務論について
積極的加害意思を急迫性阻却事由とするリーディングケースとなった昭和52年判例は、正当防衛が急迫性を要件とするのは、行為者に侵害を回避する義務を課す趣旨ではなく、侵害を予期していたからといって直ちに急迫性は失われないともいう。これは、侵害の予期だけで急迫性を否定することは、行為者に侵害を回避する義務を課すことになるが、かかる義務は認められないと読むことができる。すなわち、正当防衛においては、「正は不正に譲歩しない」のであるから、行為者は侵害回避義務を負わないと解釈できる。このことから、原則として、行為者には、侵害回避義務は課せられないが、例外的に侵害回避義務を負う場合は、正当防衛は認められないという正当防衛制限ないし阻却事由として考える見解が主張されている(山口厚、橋爪隆など) 。そして、積極的加害意思の判例理論を、例外的に侵害回避義務が認められる場合と理解し、急迫性の阻却と解するもの(橋爪隆「不正の侵害に先行する事情と正当防衛の限界」現代刑事法2000年1月号28頁以下 ただし、積極的加害意思という心情要素ではなく、侵害の予期、客観的利益状況を重視する)、客観的な「防衛するため」の阻却事由と解するもの(山口旧説 同・問題探求刑法総論57頁以下)、「原因において違法な行為」という正当防衛制限事由と解するもの(山口新説 同・刑法総論110頁以下)などある。
なるほど、例外的にせよ、法が、侵害を予期している者に対して、侵害の回避、退避が可能かつ容易の場合に「君子危うきに近よらず」を要請しても、その者の行動の自由を阻害しない限り、不合理なものとはいえない(橋爪・前掲32頁のいう「利害衝突の合理的解消」の視点。)。むしろ、侵害を予期しつつ、積極的に侵害に対抗し、その機会に単なる侵害の阻止、防衛の程度を越える攻撃を仕掛ける準備をし、侵害に臨んだ場合に、行為者には過剰防衛(違法行為)をする権利、自由はないので、正当防衛状況である「正対不正」の利益衝突状況の契機はなく、むしろ「不正対不正」の契機でしかない。そして、正当防衛の第一要件である「急迫性」は「法が侵害回避義務を課せられない「正対不正」の契機となる侵害の切迫性」と抽象的規範的要素を加味して理解すれば、積極的加害意思の判例理論の適用事案について、「急迫性」を欠くということ、すなわち急迫性阻却の理論的正当化は可能であろう(栃木力「正当防衛(1)ー急迫性」小林充=植村立郎編「刑事事実認定重要判決50選 上 補訂版」56頁から57頁は「被侵害者に侵害回避義務を課すことが可能な場合には急迫性が否定される」「回避義務があるのに、侵害を予期しながら侵害に臨むことは、自ら侵害を現実化させたものとして急迫性を欠く」とする趣旨を私なりに咀嚼して表現すると上記のようになる。)。
2 積極的加害意思と防衛の意思について
さて、積極的加害意思の判例理論の実質を侵害回避義務論として理解すると、積極的加害意思は、その判断上の一要素でしかなく、積極的加害意思があっても、侵害回避義務が否定されることもあろうし、なくても、他の事情から侵害回避義務を肯定される場合もあろう。そして、前述したとおり、積極的加害意思の要点は「加害意思」の点ではなく
「積極的」に意味があるのならば、それは「過剰防衛を行う意思」であり、別の角度からいうと「過剰防衛の故意(認識・認容)」である。通説の理解によれば、過剰防衛は違法な行為であるから、過剰性を基礎づける事実は、違法性を基礎づける事実であり、正当防衛状況の認識をうちに含んでいたとしても、全体として構成要件に該当する違法な事実認識をしていたことに変わりはないので、(責任)故意は阻却されない。
前回提起した防衛の意思の内容を「急迫不正の侵害に対する自己又は他人の権利を防衛するためやむを得ずした行為」を基礎づける事実の認識認容と解することは、上記結論と適合する。さらにその帰結として、積極的加害意思(過剰防衛の故意)は防衛の意思阻却事由と位置づけることができる。
もとより、この判断時点は反撃行為時である。他方、判例が急迫性を阻却する場合の「積極的加害意思」も過剰防衛の故意と同じものであるが、その判断時点は侵害に臨んだ時点であり、過剰防衛の準備行為が行われている場合は、予備罪における既遂目的と同様に位置づけられるが、侵害の予期とともなって侵害回避義務を判断する一要素と理解できよう。
参考文献
①小林充=香城敏麿編「刑事事実認定(上)」261頁以下(1992年 判例タイムズ社)
②小林充=植村立郎編「刑事事実認定重要判決50選 上 補訂版」53頁以下(2007年 立花書房)
③木谷明編「刑事事実認定の基本問題」95頁以下(2008年 成文堂)
その他本文掲示の文献、各種刑法総論教科書参照。
※判例理論をコンパクトに整理して理解するには文献③がよい。文献①は判例の詳細な分析が秀逸。②は①と③の中間くらいのボリュームで侵害回避義務論から積極的加害意思の判例理論の理論化を図っている。
※※補足 ③につき、改訂版が出ていました。木谷明編「刑事事実認定の基本問題第2版」121頁以下(2010年 成文堂)