実務から見た刑法総論その6「正当防衛その2 防衛の意思の考察(中)」
1 防衛の意思の内容について
防衛の意思の内容については、大きくわけて、正当防衛状況の認識とする見解(認識説)、認識のほか正当防衛の目的、動機を要求する見解(目的説ないし意思説)とに分類できる※1。
判例は、防衛の意思の内容については、積極的定義をしておらず、相手の加害行為に対し「憤激又は逆上」しても「憎悪や怒りの念を抱き攻撃的な意思」があっても防衛の意思は否定されないという。この点から、緩やかな正当防衛の「認識」で足りるようにも考えられるが、他方、後述するように判例はいわゆる積極的加害意思のある場合に「急迫性」または「防衛の意思」を否定するので(正当防衛阻却事由ないし消極的要件としての積極的加害意思)、「認識」に加え「侵害の対応する意思」「侵害を避けようとする単純な心理状態」という「意思」的要素を加味しているとの評価もある。
しかしながら、防衛の意思とは「急迫不正の侵害に対し自己又は他人の権利を防衛するためのやむを得ずにした行為を基礎づける事実」(つまり正当防衛を基礎づける客観面にあたる事実)の認識・認容と解すべきと思われる。防衛の意思は故意の裏面であり、その存在は故意阻却事由と解される以上(誤想防衛=故意阻却・過失犯説)、その内容も故意の裏返しとして対称的な心理状態とみるのが、合理的だからである(いわば「防衛の故意説」)。この定義は、従来の認識説より、認識対象となる事実を「やむを得ずにした」=防衛行為の必要性・相当性を基礎づける事実まで広げて考えることに特色があり、その具体的検証は、判例の積極的加害意思の理論を検討してから、行ってみたい。
※1 内容の分類
認識説に判例のように意思的要素を加味した見解として「急迫不正の侵害を意識しつつ、これを避けようとする心理状態」と解する見解もある(大塚仁・刑法概説総論改訂版338頁など)。また、目的説ないし意思説を細分化し①防衛の唯一の動機説②防衛の十分な動機説③防衛の不可欠な動機説④防衛の十分又は不可欠な動機ないしは防衛の理由説(侵害意思排除説)とし、判例の専ら攻撃の意思に出た場合に防衛の意思を否定することを④説で説明する見解もある(香城敏麿「正当防衛における防衛の意思」小林=香城編「刑事事実認定(上)300頁以下)。この見解は判例分析の類型化から主張されているが、防衛行為の動機や攻撃の意思の強弱を判断要素とするのはあまりに精巧な理論であり、現実の心理状態として把握して、正当防衛の成立範囲を決めるのは困難ではないだろうか(前田雅英・刑法総論講義第4版342頁参照。そもそも「攻撃意思」にしろ「動機」にしろ、その比較するための心理的要素、具体的な立証対象としての心理的事実がなんなのか不明瞭である。)。結局規範的要素、評価概念として防衛の意思を理解する(評価根拠事実としての客観的状況証拠による認定)、あるいは、防衛の意思の「判断基準」として、故意における動機説の応用のようにみえる。故意の裏面ないし故意阻却事由として防衛の意思を理解する私見からは、侵害排除説の考えは興味深いが、ここまで精密に基準化しなくても判例の結論は維持できると思われる。
2 積極的加害意思の判例理論の展開について
端的にいえば、積極的加害意思の判例理論は、戦前から戦後に通じて喧嘩闘争事案を通じて形成された正当防衛の成立を制限ないし否定する判例理論である。つまり積極的加害意思は、正当防衛の消極的要件、正当防衛の成立を阻却する事由と位置付けられる。
現在の積極的加害意思の判例理論の理解としては、以下のようになる。
(1) 急迫性を欠く場合(急迫性阻却事由としての積極的加害意思)
「侵害の急迫性は、当然又はほとんど確実に侵害が予期されただけで失われるものではないが、その機会を利用し積極的に相手方に対して加害行為をする意思で侵害に臨んだときは失われる」(最決昭和52・7・21)。この積極的加害意思は、反撃行為に及ぶ以前の時点での意思内容の問題であるといわれる。
(2) 防衛の意思を欠く場合(防衛の意思阻却事由としての攻撃意思)
反撃行為時点において「攻撃的意思」が防衛の意思と並存しうるが(最判昭和60・9・12)、攻撃の意思が防衛の意思を凌駕する場合(もっぱら攻撃の意思で反撃行為に出た場合)は、防衛の意思が否定されると解されている。この「もっぱら攻撃の意思」というのが積極的加害意思と同じ心理状態をいうのはか不明だが、単に両者が反撃行為前か反撃行為時かの違いかにすぎないのならば、同じものとみてよいのであろう※2(各種判例解説をみても、積極的加害意思と防衛の意思を否定する攻撃の意思を等値しているようにみえるが、明示するものはない。例えば、侵害の予期はなかったが、機会があれば積極的加害しようと思っていた場合で、現に加害行為に及んだ場合は、急迫性が肯定され、防衛の意思の存否の問題となるが、単なる攻撃意思の存在では防衛の意思は否定されず、もっぱら攻撃の意思での反撃行為の場合は、防衛の意思は否定されることになるようである。)
(1)の急迫性阻却事由としての積極的加害意思であるが、これ判例をみればわかるとおり、「意思」だけで急迫性を否定しているのではない。①侵害の予期、②積極的加害意思、③侵害に臨むことの3要件を要求している。また、主観的な①②の判断は侵害前の客観的な反撃準備行為、行動といった客観的事実(間接事実)から慎重に認定すべきともいわれている。また、①の要件についても、素手でなぐってくるだろうと思っていたところ、予想外に刃物を持ち出して相手が攻撃をしかけた場合は、予想外の危険が生じた時点で新たな「急迫性」を認めてよいであろうし、事前に悪しき心情要素である「積極的加害意思」があったからといって、その後の行為に正当防衛の成立の余地を一切認めないのは妥当ではないであろう。つまり急迫性を否定する積極的加害「意思」の強調は避けなければならない。さらに理論的な問題点として、①②③の要件を具備するとなぜ「急迫性」を否定することになるか。判例は、この点、結論を示すだけで何ら理論的説明をしていない。
「急迫」の国語的意味は「[名](スル)1 物事が差し迫った状態になること。せっぱつまること。「事態が―する」2 敵などが急速に迫ってくること。」とされる(WEB大辞泉参照)。学説は、客観的に「急迫」を解釈すべきとし(「侵害の危険が切迫しているかどうかという客観的観点から定められる」とする客観説。大塚・前掲331頁など)、判例が①②を考慮することを批判する。しかし、行為者が侵害を予期していれば(①)、行為者にとって予定通りだから「差し迫った」とはいえないという文理解釈は可能である。しかし、判例は①だけで急迫性を否定するのではなくさらに②③があって急迫性を否定するのである。「急迫」の国語的意味にふくませることはできないから、結局判例は、「急迫(ただし①②③の場合は除く)」という明文のない消極的要件を作り出したことになる。これは正当防衛制限の被告人不利益解釈で罪刑法定主義上の疑義が生じかねない。目的論的解釈による許された拡張解釈(違法性阻却事由の場合は限定解釈となろう)の論理で正当化がなされるか理論上は吟味する必要があろう(なお、刑法の行為規範性を強調する行為無価値論的見解からは、このような裁判所による積極的な法創造による行為規範形成が罪刑法定主義との関係でどのように理解されるのかは、あまり議論されていないようである。)。
この点、急迫性と積極的加害意思との関係を「侵害回避義務」論から理論的に説明をしようとする見解が、有力であり、裁判官の中でも支持するものも多い。この理論は難解なので、次回「防衛の意思の考察(下)」で解説したい。
※2 積極的加害意思・攻撃意思との関係
侵害を予期し、積極的加害の意思をもって、反撃態勢を整え、相手の攻撃を待ち受け、現に相手の攻撃が開始されたときに、反撃行為に出た場合は、積極的加害意思は、反撃行為時点にも継続して存在しよう。判例によれば、急迫性がなくなり、防衛の意思を判断する必要がないのであるが、積極的な「加害意思」は「攻撃的意思」を含んでおり、「積極的な」加害意思は「もっぱら」攻撃の意思と概念上重なってくる。判例は、攻撃意思と防衛の意思の並存をみとめるがゆえに、積極的加害意思を急迫性の問題に位置させ、防衛の意思との関係を切断しようとしたのであろう。しかし、暴行が反撃行為であれば、暴行の(構成要件的)故意は、攻撃意思、加害意思でもあり、防衛の意思とも並存するし、「攻撃」「加害」という言葉の意味は特別の意味をもたない。重要なのは「積極的」「もっぱら」といった抽象的形容部分、刑法解釈的にいえば抽象的規範的要素にウェイトがあるといってよい。そうなると積極的加害意思の判例理論の実態は、「意思」的要素から出発して、正当防衛を否定するための規範的要素(消極的要件)定立とその類型化による判断基準の明確化、状況証拠による認定論による客観化へ変貌しているとも評価できる(裁判官の各種論文にその傾向がうかがえる)。